一
文久元年三月十七日の夕六ツ頃であった。半七が
「いい陽気になりました」と、お粂はまだ白い歯をみせて笑いながら
「いいえ、どこへも······」と、お仙も笑いながら答えた。「なにしろ、内の人が忙がしいもんだから、あたしもやっぱり出る暇がなくってね」
「兄さんもまだ······」
「この御時節に、のんきなお花見なんぞしていられるものか。からだが二つあっても足りねえくらいだ」と、半七は云った。「お花見の手拭きや日傘をかつぎ込んで来ても、ことしは御免だよ」
「あら、気が早い。そんなことで来たんじゃないのよ」と、お粂は少しまじめになった。「兄さん、ゆうべの
「末広町······。なんだ、ぼやか」
「冗談じゃあない。ぼやぐらいをわざわざ御注進に駈けつけて来るもんですか。じゃあ、やっぱり知らないのね。燈台
「ゆうべのことなら、もうおれの耳にはいっている筈だが······。ほんとうに何だ」と、半七も少しまじめになって向き直った。
「それを話す前に、実はね、兄さん。この二十一日に
「なんだ、なんだ。お花見はいけねえと初めっから云っているじゃあねえか。それよりも、その末広町の一件というのは何だよ」
「だから、兄さん」と、お粂は甘えるように云った。
「お粂さんも
「姉さんばかりでなく、誰か五、六人ぐらい誘って来て······。ね、よござんすか」
芸人には
「よし、よし、そりゃあ種次第だ。ほんとうに種がよければ、十人でも二十人でも、五十人でも百人でもきっと狩り集めてやる。まず種あかしをしろ」
「きっとですね」
念を押して置いて、お粂はこういう出来事を報告した。ゆうべ末広町の丸井という質屋へ恐ろしい
度胸のいい返事に、侍どもは再び顔を見あわせていたが、やがて、その一人が重そうにかかえている白木綿の風呂敷包みを取り出して、長左衛門の眼先に置いて、これを
それが彼等をおどろかしたのは、単に人間の首であるというばかりではなかった。それは日本人の首とはみえなかった。髪の毛の紅い、
攘夷の軍用金を口実にして、物持ちの町家をあらし廻るのは此の頃の流行で、
しかしそれが勘ちがいであったことを、番頭も初めて発見した。かれらはいわゆる攘夷家の群れではなくて、ほんとうの攘夷家であるらしかった。彼等は口のさきで紋切り型の
この報告をうけ取って、半七は溜息をついた。
「ふうむ。そりゃあ初耳だ。おれはちっとも知らなかった。だが、丸井ではなぜそれを黙っているのかな。そういうことがあったら、この時節柄、きっと届け出ろということになっているんだが······。わからねえ奴らだな」
「それがね、兄さん」と、お粂は更に説明を加えた。「その浪人たちが引き揚げるときに、おれ達の企ては中途で洩れては一大事だから、今夜のことは決して他言するな。万一これを洩らしたら同志の者どもが押し寄せて来て、主人をはじめ一家内をみなごろしにするから
「それをおまえが又どうして知った」
「そりゃあ神田の半七の血を分けた妹ですもの」
「ふざけるな。まじめに云え。御用のことだ」
丸井の秘密をお粂が知っているにはこういうわけがあった。丸井の店の初蔵という若い者がお粂のところへ時々に遊びにくるので、お粂は飛鳥山の花見に加入のことを頼むと、初蔵は一旦承知して帰ったが、きょうの午過ぎになって急に断わりに来た。かれは師匠に怨まれるのを恐れて、ゆうべの出来事をいっさい打ちあけた。何分にもこの矢先きでは店を出にくいから、かならず悪く思ってくれるなと、彼はしきりに云い訳をして帰った。単に違約の云い訳のためならば、まさかそんな
しかしこのことが自分の口から洩れたと知れては、自分も迷惑、初蔵も迷惑するであろうから、兄さんに
「姉さん。二十一日にはきっとですよ。ぜひ五、六人さそってね」
二
半七は夕飯を早々にすませて、すぐに末広町の丸井の店をたずねた。丸のなかに井の字の
「どうもゆうべは飛んだことだったね」
むかしから質屋はとかくに犯罪事件にかかり合いの多い商売であるから、丸井の番頭は半七の顔をよく
「もうお耳にはいりましたか」と、彼はすこし眉をよせながら云った。
「むむ、すこし聞き込んだことがある。そこで、番頭さん。あいつらのきまり文句で、これを他言すると仕返しに来るの、火をつけて焼き払うのというが、そんな心配は決してねえから、何もかも正直に云ってくれねえじゃあ困る。なまじい隠し立てをして、あとで飛んだ引き合いを食うようなことがあると、却って店の為にもならねえ」
「はい、はい、ごもっともでございます」
相手が相手であるから長左衛門も正直に申し立てるよりほかはないと覚悟したらしく、半七に対して一々明確に答えたが、事件の道筋はお粂の報告とおなじことであった。浪士は覆面をしていたので、その人相はよく判らなかったが、どちらも三十格好の男であるらしかった。いくらか作り声をしているらしいので、これもよくは判らなかったが、その
「このごろ
半七は黙って聴いていた。もう此の上に詮議もないらしいので、今夜はこれだけにして長左衛門に別れた。勿論、二度と押しかけて来るようなこともあるまいが、彼等が今夜にも万一出直して来たら、すぐに自分のところへ知らせてくれ。決して隠して置いてはならないと、くれぐれも云い聞かせて帰った。
家へ帰ると、子分の松吉が待っていて、ゆうべ深川富岡門前の
「しようのねえ奴らだ」と、半七は舌打ちした。「実は今もそれで末広町まで足を運んで来たんだ」
「じゃあ、末広町にもそんなことがあったんですかえ」
「そっくり同じ筋書だ」
その説明を聴かされて、松吉も舌打ちした。
「まったくしようがねえ。そんなことをして方々を押し歩いていやあがる。だが、親分。生首を持って歩いているようじゃあ、そいつらは本物でしょうか」
「そうかも知れねえ」
半七はかんがえていると、松吉は紙入れから小さい紙に包んだものを大切そうに出してみせた。それは
「これは近江屋の入口の土間に落ちていたのを拾って来たんですよ」と、松吉は得意らしく説明した。「なにか手がかりになるものはねえかと、わっしも
「むむ」と、半七はその紙を手の上に拡げて見た。「異人の首の髪の毛らしいな」
「そうです。そうです、奴らが首を持ち出して
「いや、悪くねえ。いい見付け物だ。おめえにしちゃあ大出来だ。そこで、深川へ押し込んだのはゆうべの何どきだ」
「五ツ頃だそうですよ」
「まだ宵だな。それから末広町へまわったのか。ひと晩のうちによく稼ぎゃあがる」と、半七は再び舌打ちした。「なにしろ、これはおれが預かっておく」
「ほかに御用はありませんかえ」
「そうだな、まずこの髪の毛をしらべて見なけりゃあならねえ。すべての段取りはそれからのことだ。あしたの
松吉を帰したあとで、半七は一本のあかい毛をいつまでも眺めていた。それがほんとうの異人の髪の毛であるか、あるいは何かの薬か絵の具で染めたものであるか、それを確かめた上でなければ、どうにも見当のつけようがなかった。
半七はあくる朝、八丁堀同心の屋敷をたずねて、神田と深川の出来事を報告した。世の中のみだれている江戸の末であるから、それがほん者の攘夷家か偽浪士か、八丁堀の役人たちにも容易に判断をくだすことが出来なかった。いずれにしても半七の意見に付いて、まずその髪の毛を鑑定させることになって、ある蘭法医のところへ送って検査させると、それは日本人の毛髪を薬剤や顔料で染めたものではないらしい。さりとて
例の偽浪士がどこかの墓をあばいて、死人の首を取り出して、その髪の毛を塗りかえるか、あるいは一種の
「それじゃあ
半七は自分の意見をのべて、奉行所の許可をうけて、その月の二十一日に江戸を出発することになったので、お粂は兄嫁を花見に誘い出すどころではなかった。
「兄さん。御機嫌よろしゅう。途中も気をつけてね」
その声をうしろに聞きながら、半七は子分の松吉をつれて朝の六ツ半(午前七時)頃に神田三河町の家を出た。ほかの子分たちも
「親分。今頃の旅はようがすね」と、松吉はのんきそうに云った。
「まったくだ。これで御用がなけりゃあ猶更いいんだが、そうもいかねえ。まあ、浜見物をするつもりで出かけるんだな」
「そうですよ。わっしは是非一度行って見たいと思っていたんですよ」
一昨年(安政六年)の六月二日に横浜の港が開かれると、すぐに海岸通り、北仲通り、本町通り、弁天通りが開かれる。
年の若い松吉は御用の旅で横浜見物が出来るのをよろこんで、江戸をたつ時から威勢がよかった。半七は去年も一度行ったことがあるので、まず大抵の見当はついていたが、日増しに開けてゆく新らしい港の町が一年のあいだにどう変ったかと、これも少なからぬ興味をそそられて、暮春の東海道を愉快にあるいて行った。
その頃は高島町の埋立てもなかったので、ふたりは先ず神奈川の
「三河町の親分じゃありませんか」と、彼はうす暗いなかで透かしながら声をかけた。
三
半七と松吉も立ちどまった。
「やあ、三五郎か、いいところで逢った。実はどっかへ宿を取って、それからおめえのところへ行こうと思っていたんだ」と、半七は云った。
「そりゃあ丁度ようござんした。松さんもいつも達者で結構だ。まあ、なにしろ往来で話も出来ねえ。そこらまで御案内しましょう」
三五郎は先に立って行った。かれは高輪の弥平という岡っ引の子分で、江戸から
「どうも皆さんに御無沙汰をして相済みません。ところで、おまえさん達は唯の御見物ですかえ。それとも何かの御用ですかえ」
「まあ、御用半分、遊び半分よ」と、半七は何げなく云った。「なにしろ、ここもむやみに開けてくるらしいね。江戸より面白いことがあるだろう」
「まったく急に開けて来たのと万国の人間があつまって来るのとで、随分いろいろの変った話がありますよ」
この間もロシアの水兵が二人づれで、神奈川の近在へ散歩に出て、ある百姓家で
こんな話をそれからそれへと聴かされて、半七も松吉もこみ上げて来る笑いを止めることが出来なかった。話す人も聴く人もしきりに笑いながら
「だが、そんなおかしい話ばかりでなく、いろいろのうるさいこともありますよ。なにしろ異人ばかりでなく、日本でも諸国からいろいろの人間が寄りあつまって来ていますからね。どうも
「そいつらはどうした。みんな引き挙げたか」と、半七は
「それがいけねえ」と、三五郎は
かれの話によると、横浜でも去年の暮ごろから軍用金押借りの一と組が横行する。勿論、それがほん者か偽者かよくわからないが、いつでも二人づれで異人の
半七と松吉は顔を見あわせた。
「それで、おめえはその生首というのをどう思う。そこらの異人で、そんなに首を取られた奴があるのか」と、半七は又
「あればすぐに知れる筈ですが······」
「それじゃあ近い頃に病気で死んだ者があるか」
「それも無いそうです」と、三五郎は首をかしげていた。「それだからどうも判らねえ。わたしの鑑定じゃあ、きっとどこかの墓場あらしをして、日本の死人の首をなんとか巧くこしらえて来るんだろうと思うんですよ。嚇かされる方はふるえ上がっているから、それが異人か日本人か、碌な首実験が出来るもんですか。ねえ、そうじゃありませんか」
かれも半七の最初の鑑定とおなじ見込みを付けているのであった。しかし今の半七はそれに耳を貸すことは出来なかった。おなじ墓場あらしでも、或いは異国人の死に首を掘り出してくるのではないかという疑いはあったが、近ごろ病死した者がないとすれば、その疑いもすぐに煙りのように消えてしまわなければならなかった。半七は薄く眼をとじてただ黙っていると、三五郎の方から云い出した。
「そこで親分。おまえさんはほんとうに遊びですかえ。ひょっとすると今の一件が江戸の方へも響いて、その様子を見とどけに来たんじゃありませんか」
「はは、さすがに眼が高けえ。実はそれだ」と、半七も正直に云った。
「いや、ありがてえ。おまえさんが来てくれりゃあ千人力だ」と、三五郎は急に威勢が付いたらしかった。
「実はわたしも手古摺っているんだ。親分、
「いい智恵と云ってもねえが、見込みをつけて江戸から乗り込んで来た以上、ただ手ぶらでも引き揚げられねえ。そこで、三五郎。近い頃にどこかの異人館で物をとられたことはねえか」
「そうですね」と、三五郎は又もや首をかしげた。「物を取られた奴は幾らもあるが、どれもみんなこっちの人間ばかりで、異人館へ押し込んだ泥坊はないようですね」
「ほかに異人館から何か訴えて来たようなことはねえか」
「別にこうというほどの事もありませんが、たしか先月だとおぼえています。イギリスのトムソンという商館から奉行所の方へこんなことを内々で頼んで来ましたよ。自分のところで使っているロイドという若い番頭が、去年の夏頃から港崎町の
「そのロイドというのはどんな奴だ」
「なんでもイギリスのロンドンの生まれで、年は二十七だそうですが、日本語もちょいと器用に出来て、遊びっぷりも悪くないので、岩亀では評判がいいそうですよ」
三五郎は笑っていた。かれはこの問題に就いてあまり深い注意を払ってもいないらしかったが、半七は決してそれを聞き逃がさなかった。
「そのロイドという奴はいつも一人で出かけるのか」
「勝蔵というボーイがいつも一緒に出かけていたようです。それが主人に知れたもんですから、勝蔵の方は二月の末に暇を出されたそうです。どうで異人館奉公するような奴ですから、なんでも江戸の食いつめ者で、こいつがロイドを案内して行って、面白い味を教えたらしいんですよ。いくら異人だってこういう奴らにおだてられちゃあ、自然に泳ぎ出す気にもなりましょうよ。罪な奴ですね」と、三五郎はやはり笑っていた。
「その勝蔵という奴はそれからどうした。やっぱりここらにうろ付いているのか」
「さあ、どうですかね」
「それを早く調べてくれ。そいつにも誰か友達があるだろう。異人館をお払い箱になって、それからどうしたか。江戸へ帰ったか、こっちにいるか、よく突きとめて来てくれ。たいしてむずかしいこともあるめえ」
「あい。ようがす。なるたけ早く聞き出して来ましょう」
「しっかり頼むぜ」
ここの勘定は半七が払って、三人は料理屋の
「親分。その勝蔵という奴がおかしいんですかえ」と、松吉は四、五間あるき出してから小声で訊いた。
「むむ。もうこれで大抵判った。ロイドという奴を引き挙げりゃあ世話はねえんだが、異人じゃあどうも面倒だからな。まあ、いい。折角乗り込んで来た甲斐があった」と、半七は星あかりの空を仰いで笑った。
四
あくる朝、二人がまだ起きないうちに、三五郎が上州屋へたずねて来た。
「ばかに早えな。
「久しぶりで逢った親分に
半七は胸算で
「寅吉なんていうのは幾らもあるが、その商売は判らねえかしら」
「そうですね。ただ寅吉とばかりで、その商売までは知っている者がねえので困りました」と、三五郎は小鬢をかいた。
「ロイドと一緒に岩亀に入りびたっていたようじゃあ、勝蔵にも
「あります、あります。小秀という女で、勝蔵の野郎も
「いや、待て。むやみに騒いじゃあいけねえ」と、半七はさえぎった。「そういうわけなら女を調べるまでもねえ。ひょっとすると、当人がまた舞い戻っているかも知れねえ。
「それがようがすな。ここまで漕ぎ付けりゃあ、そんなに急ぐことはねえ」と、松吉も云った。
「きょうはゆっくり浜見物でもして、日が暮れてから仕事にかかるんですね」
そこらをひとわたり見物して、三人は夕方に帰って来た。
「どうします。真っ直ぐにあがりますか」と、案内者の三五郎は云った。「岩亀は遊ばなくってもいいんです。ただ見物だけでもさせるんですから、ともかくも見物のつもりであがってみて、それからの都合にしたらどうです」
「それもよかろう。ここへ来たら土地っ子のお指図次第だ」と、半七は笑った。
「よし原の花どきより賑やかだな」
そういう半七の袂をひいて、三五郎は俄かにささやいた。
「あ、あれ、あすこにいる奴がロイドです」
教えられてよく見ると、大きな柳の下にひとりの異人が立っていた。
「そこが岩亀ですよ」と、三五郎はまた教えた。
ロイドは岩亀の店さきから二、三間
「あの一人が勝蔵ですよ」
三五郎に教えられて、半七はうなずいた。かれは三五郎と松吉にささやいて、異人と二人の男とのあとを追ってゆくと、
先に立ってゆく三人はしきりに小声で話していたが、やがてその声が高くなって、ロイドは
「日本の人、嘘云うあります、わたくし堪忍しません」
「なにが嘘だ。さっきからあれほど云って聞かせるのが判らねえのか」
「判りません、判りません。あなたの云うことみな嘘です」と、ロイドは激昂したように云った。
「あの品、わたくし大切です。すぐ返してください」
「返せと云っても、ここに持っていねえのは判り切っているじゃあねえか」
こういう押し問答が繰り返された後に、勝蔵はロイドを突きのけて行こうとするのを、かれは追いかけて引き戻した。ひとりの異人と二人の日本人とは狭い田圃路で格闘をはじめた。それをみて、半七は子分らに声をかけた。
「異人は打っちゃって置いて、勝蔵ともう一人の奴を取っ捉まえろ」
三五郎と松吉はすぐに駈け出して行って、
これで問題は解決した。
異人の生首を引っさげて攘夷の軍用金をまきあげていた浪人組は、果たして勝蔵とその友達の寅吉であった。食いつめ者の勝蔵は江戸から横浜へ流れ込んで、トムソンの商館のボーイに雇われているうちに、日本の事情によく通じない外国人を誤魔化して、彼は少しくふところを
ロイドが馴染んだのは夕顔という若いおとなしい女であった。彼はこの日本のムスメに若い魂をかきみだされて、去年の夏頃から毎晩のように通いつめたので、商館から受け取る月々の給料は勿論、本国から幾らか用意して来た金も残らず港崎町へ運んでしまった。横浜に来ている同国人のあいだにも義理のわるい負債が
彼が先ず発議したのか、あるいは勝蔵が思い付いたのか、その辺の事情は確かでないが、勝蔵はロイドの発案であると主張している。いずれにしても二人がひそかに相談の末に、この頃はやる偽攘夷家の押借りをたくらんだのである。しかし偽者の多いことは世間でも大抵知って来たので、単に口さきで嚇したばかりでは睨みが利かないと思って、かれらは真の攘夷家であることを証明するためと、あわせて相手を威嚇するために、異国人の生首をたずさえてゆくことを案出した。勿論、ほんとうの生首などがむやみに手に入るわけでもないのであるが、それに
こうして出来あがった異人の首を、勝蔵がいよいよ持ち出すことになったが、自分ひとりでは工合がわるい。さりとてロイドを連れてゆくことが出来ないので、かれは江戸へ行って友達の寅吉をよんで来た。寅吉は深川に住んで、おもて向きは
トムソンを放逐されたことはさのみ驚きはしなかったが、自分たちの仕事が度重なって、奉行所の詮議がだんだん厳重になって来たのを勝蔵は恐れた。商館を放逐されたのも或いは奉行所から何かの注意があったのではないかと危ぶまれた。かれは寅吉と相談して、四月のはじめにひと先ず横浜を立ち退くことにしたが、その時ロイドには無断で商売道具の蝋人形を持って行ってしまったのである。江戸ではまだこの
ロイドはかれらの顔をみると、すぐに蝋人形をかえしてくれと迫った。ここには持っていないと云っても、ロイドは承知しなかった。人出入りの多いところでそんなことを云い合っていて、万一他人の耳にはいったらお互いの身の破減であるから、ともかくも表へ出てくれと勝蔵が云うと、ロイドは一と足先に出て往来に待っていた。勝蔵と寅吉もつづいて出た。三人は一緒に大門を出て暗い路をたどりながら話した。勝蔵はもう少し人形をこちらへ貸して置いてくれ、そうすれば、二、三百両の金をつけて戻すと云ったが、ロイドはそれを信用しなかった。無断で人のものを持ち出してゆくようなお前たちがその約束を実行する筈がないと彼は云った。しかしロイドの方にも同類の弱味があるので、勝蔵は多寡をくくって取り合わなかった。三人のあいだに遂に同士討ちの格闘が起った。かれらは自分たちのうしろに黒い影の付きまとっているのを知らなかった。
半七の縄にかかって、勝蔵と寅吉は白状した。かれらも最初は強情を張っていたのであるが、舶来の人形の首||この一句に
それについて、半七老人はわたしにこう語った。
「まえにも申す通り、異人の首がむやみに手に入るわけのものじゃあるまい。もしほんとうに首を取ったとすれば一大事で、とうに奉行所の耳にもはいっている筈です。だが、偽首となると髪の毛がわからない。その紅い毛は日本人の毛じゃあない。といって、