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かの日の歌【一】

漢那浪笛




南の国の黄昏たそがれ、

空は紅き笑ひを残して静かなり。

想思樹の葉のねむたげにうなだれ、

かすかなるうめきをやする。


ああ淋しみ、心をなす、植民地の黄昏たそがれ

椰子の並木を縫ひて、

灯火ともしびは紅き花と見まがう。

その時我が耳に訪づれし悲歌の哀さよ。


     ※(蛇の目、1-3-27)


小暗き森の奥に、

時々もれくる鬱憂うつゆう月影つきかげ

木の葉は眠りより醒めて、

あやしき夜色やしよくふるへ出す。


忽ち響く恐ろしき獣の声!

よろづのものは皆醒めはてぬ。

声かれて歯白ろき、獣と思へば、

吾はたゞ恐怖の為めに伏して在るのみ!


     ※(蛇の目、1-3-27)


白き墓たちならぶ国!

まへには荒磯ありそ潮騒しおさい·········

絶えず訪づれ、

うしろには歓楽の歌きこえて、

また墓石を濡す、

哭泣の哀れも湧く。

こゝにして、悲しめる者相集あひつどひ、

匂ひよき酒を椰子の実に盛り、

互にくちをすぼめて飲む時の

うれしさよ!

死は遂に吾れを慰め、·········

人生のきはみをのぞき見る。


     ※(蛇の目、1-3-27)


小鳥は、秋の空にさ迷ふ、

吾れは、一つの悲哀をとらへ、

小さき胸にくまなく乱る。

迷ひ、悲しみ、何の益ある、

小鳥よ来れ!手に手をとりて、

花咲き笑ふ南へさらむ。






底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会

   1991(平成3)年6月6日第1刷

初出:「琉球新報」

   1911(明治44)年10月30日

※初出時の署名は「浪笛生」です。

入力:坂本真一

校正:良本典代

2016年12月9日作成

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