昭和五十二年の夏は、たいへん
ことに七月二十四日から一週間の暑さときたら、まったく話にならないほどの暑さだった。
ものすごい暑さは日本アルプスの深い山の中を別あつかいにはしなかった。アルプス山中の
うばガ谷の万年雪のことは、むかしから一番面積のひろいものとして、よく人に知られていた。それはまるで氷河のようにこちこちに固まった古い雪であったが、それさえこんどの暑さで両側からとけだし、日に日にやせていった。登山者たちがおどろいたのもむりではない。
「こんなところに流れがあったかね」
「いや、知らないね。地図でみると、どうしてもここは、うばガ谷のはずなんだが?」
「でも、へんよ。地図からはかって、ここはどうしてもうばガ谷よ。この地図をごらんなさい。ほら、この岩」
「なるほどなあ、あれはたしかに三角岩だ。これはおどろいた。おい君、有名な万年雪が今年はすっかりとけてしまったんだぜ」
その人は、とつぜんことばを切って、目を
「||何だろう、あれは。······あそこを見たまえ、何だかしらないが、大きなまるい
彼はおどろきをこめて、前へのりだしながら
「なるほど。見えるよ。大きな球だ。ぴかぴか光っているね。
「ふしぎだ。とにかくそばへ行ってみよう」
「おいおい、待ちたまえ。あれは危険なものじゃないか」
「そういえば、昔の写真に出ている
「ふん、機雷に似たところもあるけれど、機雷は海の中にあるもので、こんな山の中にあるはずがない」
四人の登山者は、それから谷間をつたわって、下手へおりていった。みんな何となくおそろしいが、しかし自分たちで発見したものだから、ぜひその正体をたしかめたかった。
ようやくそばへ近よることが出来た。
沢のまん中に、
「や、字が書いてある」
たしかに字が書いてある。書いてあるというより、字を
×取扱注意。扉Aを開け×
それだけのことが書いてある。
はて、この球は一たい何であろう。
四人の登山者の
もう登山どころではない。このふしぎな金属球の中をのぞいてみないと、承知ができなかった。
「とにかくこの球は、万年雪がとけて、その下から出て来たものだよ。もっと上にあったのが、ころがりだして、ここまで来て
「火星からなげてよこしたものじゃないか。開けると、中から火星人の手紙かなんか入っているんじゃない?」
「火星からじゃないよ。だってこのとおり×取扱注意、扉Aを開け×と、日本文字で書いてあるんだから、これは日本でこしらえたものにちがいない」
「早く、その扉Aというのをあけてみた方がよかないでしょうか」
「そうだ。それがいい。そうしよう」
扉Aというのはどこかと、球の
するとそのふたみたいなものが開いた。金属板の上には、やはり
*
この中には
昭和二十二年八月十三日
*たいへんな拾い物だ。この球の中には、少年が冷凍されているのだ。二十年たったら、ふたたび世の中へ出て来たいのだという。
二十年どころか、もう三十年もたっている、早く出してやらなくてはならない。しかし人間を冷凍する技術が、今から三十年も前にすでに考えられていたとは、大した発見である。と、登山者の一人であるカンノ博士はおどろいた。
相談の結果、この大きな拾い物は、東京へ持ちかえることとなった。
博士は、
二十分ほどすると、空から一台のヘリコプターがゆうゆうと下りて来た。頼んだのりものであった。カンノ博士たちは、ハンカチーフをふった。
とちゅう相談の結果、拾った金属球はヤク大学の生理学部の大講堂へ持込み、そこで開くことにきめた。カンノ博士は、その学部の教授だった。
他の三人は博士の友人だったが、婦人は通信技術者、男の一人は音楽家、もう一人は小説家だった。
いよいよ金属球を開く日が来た。
大講堂は大入満員だった。
ここは階段式になっていて、まわりの座席は高く、
カンノ博士とあと五人の人だけがついたての中に入った。そして金属球の扉Aの中にあった注意書のとおり、その底をやぶって電気のプラグを出し、それに指定どおりの交流電気を送りこんだ。それはちょうど午前十時だった。
その
「待っていましたよ、小杉君。われわれは君を
と、カンノ博士がいった。
「わたしたちがお世話しますから、安心していらっしゃいね」
スミレ女史がいった。
かわりはてた
「二十年たったら、世の中がどんなに変っているか、それを見たかったから、こんな
と、小杉少年は、まわりの人たちに話した。
「ああ、お話中しつれいですが、じつは二十年じゃなく、あなたが冷凍されてから三十年たっているのですよ。ことしは昭和五十二年なんですからね」
「おやおや、三十年もぼくは
少年の
正吉のそんな話を、みんなはおもしろく聞いた。そしてモーリ博士の
少年は思いのほか元気であった。例の四人組の外に、東京区長のカニザワ氏と大学病院長のサクラ女史が少年をとりまいていたが、少年は三十年前の話をいろいろとした。そして三十年後の東京がどんなに変っているか、あまりに変っているのでそれを見物しているうちに気がへんにならないであろうかと心配したりした。
「大丈夫です。あたしがついていますもの。すぐ手あてをしてあげます」
と、
「ねえ、小杉君。君はまず、はじめにどこを見物したいですか」
と、カンノ博士はきいた。
「そうですね。まず第一に見たいのは、三十年前に、ぼくの住んでいた東京の銀座をみたいですね。同じところを歩いてみたいです」
少年は、なつかしげに銀座の名をいった。
「よろしい。ではすぐ出かけましょう。しかし、あなたは少々おどろくことでしょう」
一同は正吉を
「ここは見なれないところですが、銀座の近くでしょうか」
「さよう。銀座までは三キロばかりはなれています。しかしすぐですよ、動く道路にのっていけば······」
「なんですって。何にのるのですか」
「動く道路です。そうそう、あなたの住んでいた三十年前には、動く道路はなかったんでしょうね。そのころは電車や自動車ばかりだったんでしょう。今はそんなものは、ほとんどなくなりました。その代りは動く道路がしています。道が動くのです。五本の動く道路が並んでいるのです。昔あったでしょう。ベルトというものがね。あれみたいに動くのです。歩道に平行に五本並んでいて、歩道に一番近いのが
ようやく外に出た。日光がかがやいていた。それまでは地下にいたことが分った。なつかしい日光、うまい空気! しかし変だ。
「ここはどこですか。みたことがない野原ですね」
「ここが銀座です。あなたの立っているところが、昔の銀座四丁目の
「うそでしょう。······おやおや、
林と草原の間に、妙にねじれた塔や、低い緑色の
「あのまるいものは、住宅の屋上になっています。塔は、
正吉はたしかにおどろいた。あのにぎやかな銀座風景は、今は全く地上から姿をけしてしまったのだ。
近づく
「まだ、戦争をする国があるんですか」
正吉少年は、ふしぎでたまらないという顔つきで、案内人のカニザワ区長にきいた。
「やあ、そのことですがね、まず戦争はもうしないことに決めたようです」
「戦争をするもしないも日本は
正吉はあのころ
「正吉君のいうことは正しいです。しかしですね。その後また大きな戦争がおこりかけましてね||もちろん日本は関係がないのですがね||そのために、おびただしい
「どういうんですか、その重大警告というのは······」
「その一つはですね、いま戦争をはじめようとする両国が用意したおびただしい原子爆弾が、もしほんとうに使用されたときには、その
カニザワ東京区長は、そう語りながら、ハンカチーフを出して、顔の
「で、戦争は起ったのですか、それとも······」
「もう一つの重大なことがらは」
と区長は正吉の質問にはこたえず、さっきの続きを話した。
「連合科学協会員は最近
「へえーッ。するとその星には、やっぱり人間が住んでいて、その人間が星を運転しているんですね」
「ま、そうでしょうね||だからわれわれは、もう
「ああ、なるほど、なるほど、そのとおりですね」
「それが両国によく分ったと見えましてね、爆発寸前というところで戦争のおこるのは、くいとめられたんです。お分りですかな」
「それはよかったですね。しかし、そんならなぜ、あのようにたくさんの
正吉には、そのわけが分らなかった。
「いやあれは、あたらしく
「ああ、そうか。あの星人とかいう連中も、原子弾を使うことが分っているのですね」
「多分、それを使うだろうと学者たちはいっていますよ||それに、もう一つああいう
「それはどういうわけですか」
「それは、ですね。わが地球人類の中の悪いやつが、ひそかに原子弾をかくして持っていましてね、それを飛行機につんで持って来て、空からおとすのです」
「どうしてでしょうか」
「どうしてでしょうかと、おっしゃいますか。つまり昔からありました、
そういってカニザワ区長は、警戒塔を指さした。
「いやあ、三十年後の強盗団はさすがにすごいことをやりますね」
と、正吉少年はおどろいてしまった。
すばらしい
区長さんの話によると、人々は地下に家を持って、安全に暮しているが、事件や戦争のないときにはこうして、大昔の
「じゃあ、前のような地上の大都市というものは、どこにもないのですね」
「そうですとも。昔は六大都市といったり、そのほか中小都市がたくさんありましたが、いまは地上にはそんなものは残っていません。しかし、地の中のにぎわいは大したものですよ。これからそっちへご案内いたしましょう」
正吉は、区長たちの案内で、ふたたび地下へ下りた。
地下といえば、正吉の地下鉄の中のかびくさいにおいを思い出す。
だが、区長たちに案内されていった地下街は、まったく違っていた。陰気でもなく、じめじめなんかしておらず、すこしもかびくさくない。またむしあついことなんか、すこしもなかった。それからまた、いきがつまるようなこともなかった。
だから、まるで気もちのいい山の上の
「それは、ですね。この地下街を建設するためには、あらゆる衛生上の注意がはらってあって私たちが気もちよく暮せるように、いろいろな
「ああ、あれがそうなのですか。広告塔と空気浄化器と二役をやっているのですか」
十メートルくらいの高さの美しい広告塔だった。赤、青、紫、橙、黄などのあざやかな色でぬられ、そして、ぐるぐると回転している、目をうばうほどの美しい塔だった。
「それから
「それはいいですね。
と、正吉は声をくもらせて、はなをすすった。
「どうしました、正吉さん」
と、大学病院長のサクラ女史が、うしろからやさしく正吉の顔をのぞきこんだ。
「ぼく······ぼく」
と正吉はいいよどんでいたが、やがて思い切っていった。
「ぼく、急にぼくのお母さんに会いたくなりました。ぼくがあの
正吉少年のこのなげきは、たいへん気の毒であった。カニザワ氏とサクラ女史とカンノ博士の三人は、ひたいをあつめて何か相談していたが、やがてカニザワ区長が正吉にいった。
「もしもし、正吉君。われわれに、すこし心あたりがあるんです。うまくいくと、君のお母さんに会えるかもしれませんよ」
「えっ、ほんとですか。しかし母は、もう死んでいますよ」
「いや、そのことはやがて分りましょう。これから町を見物しながら、そちらへご案内してみましょう」
正吉は、区長たちからなぐさめられて、すこし元気をとりもどした。
町を案内してもらったが、なるほどじつににぎやかであり、また
しかし、この町はほこりは立たず、紙くずはなく、
町は、
「あの天井には、太陽光線と同じ光を出す
「ああ、あれはほんとうの空じゃなかったのですか||うん、そうだ。地面の中にもぐっていて、青空が見えるはずがない」
正吉は、うっかり思いまちがいしていたことに気がついて、顔があかくなった。しかし、それほどほんものの秋空に見えるのだった。
区長は、正吉を、りっぱな本屋につれこんだ。奥は住宅になっていた。いわゆるアパートメント式の住宅であった。そのうちの一軒の前に立った区長は、扉をこつこつと
「あっ、あの声は······」
扉が内にひらいた。家の中から顔を出した
「まあ、これは区長さん。それにサクラ先生に······」
「今日はめずらしい客人をお連れしました。ここにおられる少年に見おぼえがありますか」
区長にいわれて、老女は正吉を見た。
「まあ、正吉ではありませんか。うちの正吉だ。まあまあ、正吉、お前はどうして······」
老女は、正吉の母親であったのだ。
「お母さん」
正吉と母親とは
「お母さん、よく長生きをしていてくれましたね」
「正吉や。お母さんは一度
「人工心臓ですって」
「見えるでしょう。お母さんは背中に
正吉は見た。なるほど母親は、背中に妙な四角い箱を背おっている。
それが人工心臓なのか。正吉は目をぱちくり。
人工心臓は、ほんとの心臓と違って、人間のつくった機械だから、ずっと大きい。だから胸の中にはいらず背中にそれをくくりつけてある。
胸の中から二本の
昔あったジェラルミンよりもっと軽い金属材料と、すぐれた
「こんなものをぶら下げていると、かっこうが悪くてね。正吉や、お前が見ても、へんでしょう」
と、母親は笑った。
なつかしい母親の笑顔だった。
「かっこうなんか、どうでもいいのですよ。その人工心臓の力によって、もっともっと長生きをして下さい」
「お医者さまは、あたしの悪い心臓を人工心臓にとりかえたので、これだけでも百歳までは生きられますとおっしゃったよ」
「百歳とは長生きですね」
「いいえ。お医者さまのお話では、もっと長生きができるんだよ。百歳になる前に、もう一度人工心臓を新しいのにとりかえ、それからその外の弱ってきた内臓をやはり人工のものにとりかえると、また
「じゃあ、お母さん、そういう工合にすると二百歳までも、三百歳までも、長生きができることになるじゃありませんか。うれしいことですね。お父さんなんか昭和二十年に死んじまって、たいへん損をしたことになりますね」
「ほんとうにおしいことをしました。お父さまももう十五、六年生きておいでになったら、わたしと同じように、ずいぶん長生きの出来る組へはいれるのにねぇ。そうすれば、お母さんは、今よりももっと幸福なんだけれど······」
正吉の母は、早く亡くなった正吉の父親のことをしのんで、そっと涙をふいた。
そのときだった。りっぱなひげをはやした三十あまりになる
「あ、お母さん。ここへ、兄さんが
「あたしの兄さんは、どこにいらっしゃるの」
正吉はその話を聞いて、目をぱちくり。
「おお、お前たちの兄さんはそこにいますよ。ほら、そのかわいい坊やがそうですよ」
母親は正吉を指した。
「えっ。この少年が、僕の兄さんですか。ちょっとへんな
「まあ、ほんとうだわ。写真そっくりですわ。でも、わたしの兄さんがこんなにかわいい坊やでは、兄さんとおよびするのもへんですわね」
「正吉や。こっちはお前の弟の
「やあ、兄さん」
「兄さん、お目にかかれてうれしいですわ」
「ああ、弟に妹か||」
といったが、正吉も全くへんな工合であった。
びっくり
思いがけない母親とのめぐりあいに、正吉少年はたいへん元気づいた。見しらぬ世界のまっただ中へとびこんだひとりぼっちの心細さ||というようなものが、とたんに消えてしまった。
「これからどこへつれていって下さるのですか」
と、正吉はカニザワ区長やサクラ院長などをふりかえって、たずねた。
「君がびっくりするところへ案内します。ちょっぴり、教えましょうか。日本の新しい領土なんです。ハハハ、おどろいたでしょう」
「日本の新しい領土ですって。それはへんですね。日本は戦争にも負けたし、また今後は戦争をしないことになったわけだから、領土がふえるはずがないですがね」
「そう思うでしょう。しかしそうじゃないんです。君がじっさいそこへ行ってみれば分りますよ」
「近くなんですか」
「いや、近くではないです。かなり遠いです。しかし高速の乗物で行くからわけはありません」
正吉は区長さんのいうことが理解できなかった。土地がせまくなったところへ、海外から大ぜいの
「ああ、そうそう」と正吉はいった。
「ねえ区長さん。
「そうですとも。もう地上では
「じゃあ農作物は、ぜんぜん作っていないのですか」
「そんなことはありません。さっきあなたがおあがりになった食事にも、ちゃんとかぼちゃが出たし、かぶも出ました。ごはんも出たし、ももも出たし、かきも出た」
「そうでしたね」
「では、まずそこへ案内しますかな。ちょうどよかった。すぐそこのアスカ農場でも作っていますから、ちょっとのぞいていきましょう」
アスカ
「ここです。はいりましょう」
大きなビルの中に案内された。こんな会社のような建物の中に、いったいどんな農場があるのであろうか。
が、案内されて三十年後の地下農場を見せられたとき、正吉はあっとおどろいた。
かぼちゃも、きゅうりも、いねも昔の三等
「このきゅうりを見てごらんなさい[#「ごらんなさい」は底本では「ごらんさい」]」
そこの技師からいわれて、正吉はそのきゅうりをみていた。
「おや、このきゅうりは動きますね。おやおや、どんどん大きくなる」
正吉はびっくりしたり、きみがわるくなったり、これは、おばけきゅうりだ。
「この頃の農作物は、みんなこのようなやり方で
「おどろきましたね」
「そんなわけですから、昔とちがい、一年中いつでもきゅうりやかぼちゃがなります。またりんごもバナナもかきも、一年中いつでもならせることができます」
「すると、
「えっ、なんとかおっしゃいましたか」
技師は正吉の質問が分らなくて問いかえした。正吉は、気がついてその質問をひっこめた。まちがいなく五十倍の増産がらくに出来る今の世の中に、遅配だの飢餓だのということが分らないのはあたり前だ。
動く道路を降りて
その窓から外をのぞいた。
「やあ、やっぱり水族館ですね」
うすあかるい青い光線のただよっている海水の中を、魚の群が元気よく泳ぎまわっている。こんぶやわかめなどの海草の林が見え、岩の上にはなまこがはっている。いそぎんちゃくも、手をひろげている。
「水族館だと思いますか」
区長さんが笑いかけた。
「よく見て下さい。今、
そういって区長は、窓の下にあるスイッチのようなものをうごかした。すると昼間のようにあかるい光線が、さっと水の中を照らした。その光は遠くにまでとどいた。魚群がおどろいたか、たちまちこの光のまわりは幾組も幾組も、その数は何万何十万ともしれないおびただしさで、集まって来た。
「これでも水族館に見えますか」
と、区長がたずね、
「いや、ちがいました。これは本物の海の中をのぞいているのですね」
遠くまで見えた。こんな大きな
「お分りでしたね。つまりこのように、わが国は今さかんに
「海底都市ですって」
「そうです。海底へ都市をのばして行くのです。また海底を掘って、その下にある重要資源を掘りだしています。大昔も、
正吉は海底都市から出かけて、ふたたび上へあがっていった。
とちゅうに
「あ、小学生の遠足ですね。君たち、どこへ行くの」
「カリフォルニアからニューヨークの方へ」
「えっ、カリフォルニアからニューヨークの方へ。僕をからかっちゃいけないねえ」
「からかいやしないよ。ほんとだよ。君はへんな少年だね」
正吉は、やっつけられた。
そばにいた区長がにやにや笑いながら、正吉の耳にささやいた。
「ちかごろの小学生はアメリカやヨーロッパへ遠足にいくのです。この駅からは、太平洋横断地下鉄の特別急行列車が出ます。
「そんなものができたんですか。航空路でもいけるんでしょう」
「空中旅行は、
「ふーン。すると今は地下生活時代ですね」
「まあ、そうでしょうな。しかし空へも発展していますよ。そうそう、明日は、羽田空港から月世界探検隊が十台のロケット
正吉は大きなため息をついてひとりごとをいった。
「三十年たって、こんなに世界や生活がかわるとは思わなかったなあ。こんなにかわると知ったら、三十年前にもっと元気を出して、勉強したものをねえ」
あとで分った話によると、例のモーリ博士は月世界探検に行ったまま、