少年探偵三浦三吉
永く降りつづいた雨がやっとやんで、半月ぶりにカラリと空が晴れわたった。晴れると同時に、陽の光はジリジリと暑さをもって来た。
ここは東京
少年探偵の
「ああ、いい気持だ」
と三吉少年は胸を叩いて
「オヤッ!」
少年は驚きの声をあげた。
怪事件?
三吉少年はコップを下に置くと、テーブルの下を探って
だがセードは床から一
見るとセードのあった穴から太い金属の円柱が下りて来た。セードはその円柱の先についているのだ。円柱には二つの穴があった。三吉は眼を穴にあてた。そして円柱の横についているヨーヨー位の大きさの受話器をとって左の耳にあてた。人の話声がする。
「では明日中にどうぞ」
「大丈夫です。
少年はクスリと笑って受話機をかけ、円柱に手をちょっと
すると側の
地底機関車
「三吉、大事件だ。お前も働かせてやる」
とグリグリ眼の男はイキナリ言った。
「大変威張ってたね、大辻老」
と三吉少年は天井を指さして笑った。天井から下りて来ていたのは、この事務所の応接室を
「こいつがこいつが」と老人らしくもないがグリグリ眼の大辻
「面白いね」と三吉少年は手をうった。
「なにが面白いものか」と眼をグリグリとさせて「荷物の一部がなくなっているんだ。しかも一番急ぎの大切な荷物が」
「その荷物というのは、なーに?」
「地下鉄会社が買入れた
不思議も不思議!
ホラ探偵
「地底機関車というのは、素晴しく
「なぜ?」と三吉少年は
「それを作った技師が急死したからだ」と、ここで大辻老は得意の大眼玉をグリグリと動かした。「地下鉄では青くなっている。是非早く探してくれというんだ。それでわしのところへ頼みに来た。ヘッヘッヘッ」
「あんなこといってら。先生に頼みに来たんだよ。誰が大辻老なんかに······」
「ところが、ヘッヘッヘッ。||先生は今フランスへ出張中だ。先生が手を下されることは出来ないじゃないか。そうなれば、次席の名探偵大辻又右衛門先生が出馬せられるより外に途がないわけじゃないか。つまりわしが頼まれたことになるのじゃ。オホン」
大辻老はそこで大将のように
「ああ、うまい。ここの井戸は深いせいか、実によく冷えるなア」
三吉にはそれも耳に入らぬらしく、折悪しく帆村名探偵の海外出張中なのを
怪盗「岩」
「岩が帰ってくるそうじゃ」
そういったのは警視総監の
「なに、岩が、でございますか」
とバネじかけのように椅子から飛び上ったのは
「ここに密告状が来ている」
総監は
「うーむ」と課長は函を
非常警備につけ!
十三日というと、帆村探偵事務所へ、芝浦沖に沈んだ地底機関車が行方不明になった事件を頼みに来た
本庁の無線装置は気が変になったように電波を出した。東京と横浜との水上署の警官と刑事とは、直ちに非常招集されて港湾の警戒にあたった。陸上は陸上で、これ又、各署総動員の警戒だった。空には警備飛行機が飛び交い、水中には水上署が秘蔵している潜航艇が出動した。空、陸、海上、海底の四段構えで、それこそ針でついたほどの隙もなく二重三重に守られた。
大江山捜査課長は部下を率いて、
「フネデトウキョウヘカエッテクルゾ······東京へ帰るというからには、芝浦へ着くのか、それとも横浜に着いて東京へ入るのか」
課長は大いに迷った。しかし
さて今や、当日たった一
コレヤ丸入港
停まるを遅しと一艘のモーターボートが横づけになった。ドヤドヤと
「やあ御苦労さまです」と船長が迎えた。
「無線で命令したことは御承知でしょうな」と捜査課長は鋭くいった。
「はい。船客は一人も降りていません」
その言葉を課長は
「船客だけじゃない、船員もですよ」
「それは勿論ですとも。しかし
「なに、先刻とはいつです」サッと課長の顔は青ざめた。
「先刻港外へ水上署の汽艇をおよこしになったじゃありませんか。そして取調べがあるからといって機関長だけを······」
「ばッばかなッ」皆まで聞かず大江山課長は
矢のように機関長室へ駈けこんだ課長は、三分と経たない間に、又矢のように甲板へ飛び出して来た。
「
そのとき、一人の船員が叫んだ。「あれッ、あすこへ
消えた機関長
「どこだ、どこだ」
大江山課長は双眼鏡を借りて指さされた
「あッ!」課長は
壮烈な海上追跡が始った。逃げる汽艇は東京の方へ進んでゆく様子に見えた。しかし課長がこんなこともあろうかと選定して置いた快速のモーターボートは、
「こらッ!」
大江山課長は
その
折からの
海底に消えた地底機関車はどうした?
機関長に化けていた強盗紳士岩は、どうして逃げ、どこへもぐりこんでいるだろうか? 少年探偵三吉はどこへ行ったか?
怪盗の秘密室
水底に沈んだ地底機関車を、あとから潜水夫を入れて探してみると、奇怪にも影も形もなく消え失せている。一方、怪盗「岩」が外国から帰ってくるという密告があったので、警視庁の連中は横浜港まで出かけ、岩の乗った汽艇に追いついたが、不思議に岩の姿はどこにも見当らなかった。
何とまあ奇怪な事件が
||さてここはどこだか判らないが、奇妙にも窓が一つもない室である。荒くれ男が五六人、
「おい
岩が部下に仕事を命じたとなると、これは実に
魔手は伸びる
岩は片目をキョロキョロ廻しながら
「どうだ。でかい所を
岩は巨体をゆすぶり、天井を向いて、カンラカラカラと笑った。部下は只もう
「そのかわり、仕事としてはこの上もなくむつかしいのだ。いざという時までは、これっぱかりも他人に
しかし誰も席を立とうとしない、誰も皆英雄なのだろうか? 大変な英雄たちもあったのである。
その時どこからともなくごうごうと恐しい響が近づいて来た。オヤッと思ううちに、今度はだんだんと遠のいていった。
部下の一人が立ち上って壁の額を外すと、驚いたことに、その裏に四角いスクリーンが現れて、その上には今しも遠ざかってゆく地下鉄電車の姿が映っているではないか。
「いまのが地下鉄の始発電車ですよ」
「よしッ。仕事に掛ろう!」
「岩」はスックと立上った。
大辻珍探偵
こちらは珍探偵大辻又右衛門だ。
水のボトボトたれる潜水服を抱えているけれど、あまり時間が長く
「フガ······フガ······うわッ······うわッ······うわうわうわうわーッ」
まるで
「なんてまア遅いんだろう。いやになっちゃうなア。名探偵は
どうやら大辻又右衛門、風邪をひいたらしい。
とたんに
「おッ。呼んでいるな。さては敵か味方か。とにかく寒くてやり切れないから上陸、上陸······」
大辻探偵は潜水服を
潜水服を預けた男
「その恰好はどうしたの?」
「なアんだ。三吉か」大辻又右衛門は胸をなで下した。
「潜水服でもぐっていたのかい?」
「うんにゃ」と大辻は正直に首を振り、「お前が命じたとおり月島の海岸に立って海面を見張っていたよ。すると傍へ大きな男が寄って来てね、『まさかのときには、こいつで探したがいいでしょうから、貸してあげます』とこいつを貸してくれたのだよ」と潜水服を指さした。
「大きい男? そしてどうしたの」と三吉少年は
「俺は有難うと礼をいったが、どうして着るのか分らない。ついでに教えてくれと頼むと、『今先生をよこすから、これを
三吉は笑いだしました。
「何を笑うんだい。これが役に立つことを知らないね」
「だってその潜水服、始めから濡れていたんだろう?」
「そうさ」
「じゃ駄目だよ。その服は海中で使ったばかりだったんだ。大きい男というからには、岩にちがいない。ほーら御覧、赤字で岩と書いてあるじゃないか。僕たちは、馬鹿にされているんだよ」
懐中電灯で照らすと、なるほどそのとおりの
怪盗「岩」の逃げた路
三吉は、ズバリと結論を下した。
「岩の奴は、汽艇の中で発見されなかったろう。それは、
「そうかなア。先生をよこすといっていたけれどね」
「先生も生徒も来るものか。それよりか足跡でも探してみようよ」
懐中電灯をたよりに、附近を探してゆくと、砂地に深くそれらしい一風変った靴跡が残っているのを発見することができた。
「やあ、しめたしめた」三吉は用意の
「どうだ三吉。俺は遊んでいるようでいて案外手柄を立てるだろう。名探偵はこうでなくちゃ駄目だ。この靴型も俺の手柄だから、俺が持っていることにするよ」
大辻は三吉の手から岩の靴型をひったくるように取った。そうこうするうちに東の空に次第に
ほのぼのとあたりが
波がザブリザブリと石垣を洗っている。その時だった。
「はてな?」
砂地にうずくまっていた少年探偵三吉は、そう
追跡急!
三吉の見つめる五百メートル彼方の路に、今しも大きい貨物自動車が、十台ばかり列を組んでユラユラと動きだしているのだった。
「大辻さん、あれを御覧よ」と三吉は後を振返った。
「貨物自動車だね。新品のようだ。あれだけあれば、自動車屋としても結構食べてゆけるがなア」とどこまでも慾が深い。
「あの自動車隊は立派すぎると思わない? 何を積んでいるのかわからないが、皆ズックの
「よし、
二人は
四五分経つと、いい
「チェッ。まだ大通へ出られないのかなア」
「早く
「ああ、しめしめ。あっちからボロ貨物自動車がやって来た。オーイ、オーイ」
「オーイ。乗せてってくれよオー」
やっと二人はボロ貨物自動車を停めることができた。運転手に頼んで、荷物を積みこむ後の函の中へ乗りこませて貰った。
「お礼はたんまりするから、僕のいうように走らせてくれ給え」
「さあそれは||」と運転手は考えていたが、
「一つ中のお客さんに相談して下さいよ」
中のお客さん? 二人は驚いて後をふりかえって見ると、今まで一向気がつかなかったが、その函の片隅に薄汚い洋服を着た中年の男が、
怪トラックの行方
睡っていると思った洋服男は、実は睡っていなかった。
「わしは反対じゃ。わしは理科大学の地質学講座を持っている
「こいつ大きな口を利く男じゃな。
と大辻は飛びかかりそうだ。
「待てったらお待ちよ大辻さん。この人は先生だから大きな口を利くんだよ」
と三吉は真鍋先生の方に向き、
「先生と知らなかったもんで、御免なさい。今私達の追掛けているのは向うにゆく十台の大貨物自動車なんです。あれは||」
「なアんだ、あのトラックかい」先生は眼をパチクリして、「あれなら追掛けてもよろしい」
「へえー」
二人はむきになって、貨物自動車隊を見失うまいとした。暁の街をスピードを早めて追い掛けたが、こっちはボロ自動車であるから、ともすれば
敵は深川を離れて京橋から日本橋を経て神田に入り、
「ヤレヤレ帰って来たかな」
真鍋先生は起き上った。
「なアーンだ」
三吉と大辻とは声を合わせて舌打をした。意地の悪い先生ではある。といってこれで疑問が消えたわけではない。
エンプレス号の金貨
「金貨百万ドルを積んだエンプレス号、東京湾沖に沈没す。奇怪なる船底の大穴」
またまた大事件だ。
このニュースが出たのは、あの日の午前中だった。お昼ごろに、また驚くべき追加ニュースが出た。
「金貨百万ドル、行方不明となる。潜水夫の報告に係官驚く。魔の海東京湾。国際問題起らんか」
イヤ大変だ。
地底機関車が海底に沈んで、それがどこかに見えなくなったという怪事件から、まだ幾日も経っていないのに、又同じような場所で大事件が持ち上った。警視庁の
一体誰がやったのだ。どうしてやったのだ。
理科大学の広い校庭では一面に
この土は月島から掘ってきたもの。真鍋先生はこの地盛を
「僕の思っていたとおりの大事件だ。これからはもっともっと凄いことがあると思うよ」
「これは大変なことになった。帆村先生にフランスから帰って頂くことにしてはどうかな」
大辻は岩の靴型を握る手を震わしながら、いよいよ本音の
「驚くなんてみっともないよ」
と三吉は大きい男をたしなめた。「僕たちは警視庁の連中よりは早く、事件の正体に向きあっているのだよ」
「事件の正体?」
「そうだ。これを御覧よ||」
そういって三吉は地盛をした一
怪盗の怪電話
世界に一つしか無い地底機関車の
岩は地の底へ巧みに作られた自分の
非常な早朝だのに、警視庁の大江山捜査課長のところへ、ジリジリと電話がかかってきた。
「ああ、もしもし。大江山ですが······」
「大江山さんだね」
と相手は
「大汽船エンプレス号が百万
「なッ、なにをいう。何物かッ貴様は||」
「岩だ!」電話はハタと切れた。
理科大学の
「岩だ。それ||」
と、命令一下、かねてこんなこともあろうかと用意して待っていた特別警察隊は、ラジオを備えた警視庁自慢の大型追跡自動車で、
そのころ三吉と大辻とは、理科大学の
月島海岸から十台のトラック隊を追跡して行った二人は、思いがけなくも、本郷の理科大学の中へ着いたので驚いたわけだった。
そして、そこまで送ってくれた自動車の中から、一人の怪人物がノコノコおりてきたが、これがいま鉱物学者として世界に響いている、真鍋博士だったので、二度びっくりだった。博士はスタスタと研究室へ入ってしまった。
(二度あることは、きっと三度ある)
と
「この盛土はおかしいね」と三吉少年は叫んだ。
「そういえばおかしいね」と大辻も目をショボショボさせて叫んだ。「どうやらベルダンの
「そうじゃないよ。形のことじゃなくてこの青い土のことさ」
「ほほう、この青い土がおかしいって? 青い土がおかしいなら、この辺の赤い土はおかしくないかね、黒い土なら、さあどうなるかな」
大辻のいうことは、いつもトンチンカンだ。
日本橋特有の青土
「僕、この青い土のことで、ちょっと知っているのだよ」
「はて、何を知っているのじゃ」
「この前、地下鉄工事が僕んちの近所であった。僕んちは日本橋の真中だ。始めは赤い土、黒い土ばかりだったが、ある日珍しく、この青い土が出た。僕は珍しかったので、工事をしている監督さんに
「ふんふん」
「すると監督さんは、この青い土は、全く珍しい土で、東京附近でも、この日本橋の地底だけにしか無い土だ。その日本橋も、日本銀行や三越や三井銀行のある
「そりゃおかしい。だってこの土は、トラックで月島から運んでくるものじゃないか。してみると、あの辺の土だと考えていい、日本橋室町附近の土が、月島から掘りだされて本郷へ運ばれるというのは、こりゃ信ずべからざることでアルンデアル」
大辻先生は、そこで例の大きなドングリ眼をグルグルと廻して見せた。
「だけど大辻さん、何か訳さえ考え出せると、おかしいと初めに思ったことも、おかしくなくなるのじゃないかね。日本橋の土が、なぜ月島から掘りだされるかという訳さえつけられればね」
「そんな訳なんかつくものかい」
「だけど||」と三吉少年は口ごもった。
||もし地底機関車が活動していれば······と口先まで出たのをやっと
足跡を追いて
「それよりも、この靴型さ」
大辻珍探偵は、岩の足跡から取った白い
「大辻さんは何だかその靴型を
「なーに大丈夫。ほらごらん、ここに三つの足跡が、この
大辻探偵は、いよいよ大事そうに、靴型を地面へおろしました。
「これはどうだ」と第一の足跡につけ「これは合わないぞ。これは真鍋博士の足跡だが、博士は岩ではない」
「ぷッ」三吉はふきだした。「博士は岩じゃないよ」
「ところがそうとも安心していられないよ。さて第二の足跡。これは小さい足跡だ。これでは合うはずがない。これも大丈夫」
「それは誰の足跡だい」
「これはお前の足跡じゃ」
「僕の足跡? まあ
「もう一つ、これが第三の足跡。おやおや、これは大きすぎて合わない。これも岩ではなさそうだ」
「その足跡は誰の?」
「これはわしの足跡さ」
「なんだって」
「つまりわしは、岩じゃないということさ。どうだ、ちゃんと理窟に合っているじゃろう」
「なーんだ。あたり前じゃないか」ワッハッハと、二人は腹を
エンプレス号の怪火
「もう見えそうなものだが」
大江山捜査課長は、矢のように走っている自動車の上から、横浜港と思われる方向を、望遠鏡で探していた。
「課長」と叫んだのは、ギッシリ詰めこまれた武装警官の一人だった。「あすこに、変な煙が立ち昇っています。火事じゃないでしょうか」
「なに煙? おお、あれか」
見ると、やはり海の方角に、煙突の煙にしては、すこし量が多すぎる真黒な煙がムクムクともちあがっている。
「はてな、おい、通信員。横浜警察をラジオで呼び出して、
ジイ、ジイ、ジイ。
横浜の警察はすぐに呼び出された。
「おお、こっちは警視庁の特別警察隊。お尋ねしますが、海の方角に、煙が立っていますが、あれは何です」
「さあ、まだ報告が来ていませんが||」といって横浜の方では答えたが「ああ、ちょっと待って下さい。今報告が入りました。あッ大変です。たいへんたいへん」
「たいへんとは?」
「港内に
ああ、エンプレス号の怪火。果してそれは過失か、それとも······。
一度危機は去る
「さあ急げ、全速力だ!」
大江山課長は、車上に
「もっと速力を出せ。出せといったら出さんかッ」
課長は満面を
「もうこれで一杯です。これ以上出すと、
「壊れてもいいから、やれッ。岩に、また一杯喰わされるよりはましだッ」
もう目を明いていられぬような速力だ。自動車は
やっと、
「金貨は?」課長は叫んだ。
「安全に
「そうか。では正金へ行こう」
一行の自動車は、正金へ又動き出した。二分とかからぬうちに、銀行の大玄関についた。
「金貨はどうした?」課長は又叫んだ。
「地下金庫に入れました。御安心下さい」
そこにいた警部が、
「そうか。それで安心した」
と課長は言葉と共に、額の汗を拭った。
暗闇の警備
その夜の正金銀行の警戒ほど厳重なものは無かったと思われる。
特別警察隊の腕きき警官が三十人と、横浜の警察の警官と刑事とが五十人と、合わせて八十人の警戒員は、大江山捜査課長の指揮のもとに、それこそ蟻のはい出る隙もないほどの大警戒に当った。
夜はシンシンと更けた。
「大丈夫かい」
「大丈夫にもなんにも、人一人やって来ないというわけさ」
警戒員同志が、暗闇の中でパッタリ突きあたると、お互いの顔を懐中電灯で照らし合いながらこんな会話をした。
「異状なし」
「全く異状ありません」
かくて夜明けが来た。東の空が、ほの明るくなって来た。
「夜が明けるぞ。とうとう、岩はやってこなかった」
「あいつもやきが廻ったと見える。昨日のうちに貰うぞといっときながら、
だが課長だけは心配が抜けなかった。今日になって、金貨の顔を実際に見ておけば、本当に安心出来ると思った。
「よし、金庫を開けよう」
ああ金貨百万
正金銀行の大金庫は、入れるのには簡単だったが、開くのには大変骨が折れた。それは容易に盗み出されないためだった。
ようやく、ギーと最後の室が開いた。もうあとは最後の文字盤を合わせて、ハンドルをぐっと引張ればよい。
大江山課長はじめ警察の人々、銀行の人々は、思わず
ガチャン、ガチャン、ガチャン。||
ハンドルを握って引張ると、ビール
金貨は?
「あッ」
「おお、金貨が見えない」
不思議だ、不思議だ。金貨が重さで一
全くのところ、この金庫室には誰も入らなかったのに、それだのに金貨は煙の如くに
大江山課長の顔は、赤くなったかと思うと、こんどは反対に土のように青ざめた。
怪盗岩は、約束をほんとうに果したのだった。
少年探偵三吉は、どこで何をしているか。岩は、あの大金をどうして運び出したか、そしてまたどこへ使おうというのか。
ルンルンルンルン、どこからともなく響いてくるエンジンの音||あれは
少年探偵の疑問
「岩」という怪盗は、さきに世界に一つしかないという地底機関車をさらっていったが、それから間もなく、今度はエンプレス号の金貨百万
少年探偵三吉は、珍探偵大辻又右衛門と一緒に、この事件の探偵にあたっている。
大辻の方は、「岩」の足型を
「日本橋室町附近にしかないといわれるこの青い土が、どうして月島から掘り出されるんだろう?」
と、これが三吉の大疑問だった。
さて「岩」は、どこに潜んでいる?
博士の地震計
「そんなばか気たことがあるものかね」
そういったのは、鉱物学の
「そうだ、ばかばかしいや。おい三吉、もう
「いや先生」と三吉は一生懸命だ。「あの月島と日本橋室町とが、もし、地中路で続いていたとしたら、この
「そんな地中路はありゃせんよ」
「でも地底機関車を使えば作れますよ」
「地底機関車を見たものは一人もないじゃないか。そんなあぶなげな想像は、学者には禁物だ」
「じゃ、僕は地底機関車をきっと発見してきますよ」
「ばかなことを」
「とにかく先生。先生の考案された携帯用地震計を貸して下さい。それで地底機関車を探し当てて来ますから」
「それほどにいうのなら、あいているのを一台貸してあげよう」
とうとう博士は折れて、三吉のために携帯用地震計を貸し与えた。それは机の引出ほどの大きさの器具だった。
博士が室を出てゆくと、二人も立上った。
「三吉、そんなもの何にするのだよオ」
「これで僕が手柄を立てて見せるよ」
「手柄といえば」と大辻は急に思い出したように、岩の足型を出して、博士の残していった靴跡に合わせた。
「まだ岩は博士に化けていないや」大辻は
右の手首!
「親分じゃねえかな」
地下室で不安な顔を集めていた岩の子分は、サッと顔をあげた。入口の上につけた赤い電灯が、気味わるく点滅している||
コツ、コツ、コツコツ。
「うッ、親分だッ」
「親分は無事だったぞ」
子分たちは兎のように席から躍り出て、
「お帰りなせえ」「お帰りなせえ」
岩は
「親分、首尾は?」
奥の大椅子に身体を埋めた岩は、子分の声にハッと眼を開いた。
「百万弗は正に手に入れた。だが||」と岩は声を曇らせた。
「おれも相当な代価を払ってきた」
「なんですって、親分?」
「こ、これを見ろ!」
岩は痛そうに歯を食いしばって、右手をポケットから静かに出した。
「おッ、お親分、手首をどうしたんです」
手首が見えない。右の手首の形はなく、ゴム
「正金銀行の金庫の底に、爆弾が仕掛けてあったのだ。······そいつに手首を吹き飛ばされたのさ」
怪盗にしては、百万弗の代償にしろ、たいへん不出来ではないか。
恐しき相手
「俺ともあろうものが、かけがえのない手首をもがれるなんて。無念だッ」岩は手首のない右腕をブルブルふるわせて叫んだ。「どうだ、これを怪しいとは思わねえか。あの金庫のことは、ネジ
「そういえば親分」と兄貴株の紳士
「それだ」岩の顔は
ところがあれが警察のデマ、でたらめなんだ。正金銀行へ移したことは
警察にしちゃ、
「どう気がつくべきだったんです」
「爆弾に手首を吹き飛ばされ、痛いッと叫んだ瞬間に、俺は気がついたのだ。恐るべき俺の敵が、日本に帰ってきているということを||」
そういって岩はフッと押し黙った。怪盗岩が恐れる敵とは、そも何者か?
岩は何をする?
警視庁では千葉総監を囲み、捜査係官の非常会議が始っていた。遠く横浜警察の署長までが参加していた。
「では始めます」そういったのは大江山捜査課長だった。「岩はこれから何をするか、それについて皆さんの御意見を
私達は金庫の前面ばかりを注意していましたが、岩の方はその裏を
「一体岩は、そんな機関車を手に入れたり、百万弗の金貨を握ったりして、これから何をやろうと思っているのだ」
「さア||」といったなり一同は顔を見合わせて、誰も返事をするものがなかった。それほどこの答は難しかった。
「
と総監が口を
「それは名案」
と一同は
「では決死隊を編成して、これからすぐ地中に潜ることにしよう」と総監は決心の色をアリアリと浮かべた。
決死隊を募る
「さア、岩と地中で戦おうという勇士はいないかア。決死隊に加わろうという偉い者はいないかア」
大江山捜査課長は庁内の警官を集めて、一段高いところから叫んだ。
「よオし。私が参ります」と手をあげた若い警官がある。
「なに、お前やるかッ」
「私も参ります」
「私も是非やって下さい」
「気を付けッ」大江山捜査課長は九人の決死隊員を並べて号令をかけた。九人が九人、いずれも強そうな立派な体格の勇士ばかりだ。この中に岩が紛れこんでいては大変と、課長は一同をズラリと見廻したが、誰もかもチャンとしていた。
(まず安心だ)
と課長は心の中で思った。しかし念のために勇士たちの手袋をとって、その手を見ておくとよかったのであるけれど、岩が片手を爆弾でやられたことを知らぬ課長のこととて、それは気がつかなかった。
「穴掘り機械も取りよせてある。ほら、あの自動車に積んであるのがそれだ」
勇士たちは振りかえって課長の指さす方を見ると、なるほどガッチリした機械が車上に積まれてあった。
「それから、この決死隊のことを地中突撃隊と名付ける。隊長としては、この大江山が先頭に立って指揮をする」
ああ、大江山課長が進んで決死隊長になるというのだ。これこそ正に警視庁の非常時だ!
大辻老の参加
十人の地中突撃隊が警視庁前に勢揃をして、いよいよ勇ましい出陣に移ろうというその時だった。そこへ
「オイ三吉どん」と大辻が真赤な顔をしていった。「僕等もこの地中突撃隊に参加させて貰おうじゃないか。この方が岩をとッ
「そうだね」と三吉は例の調子で黒い可愛い眼玉をクルクルさせていたが「僕は反対するよ」
「なに反対をする。この弱虫め!」
「僕はいままで探偵してきたことを続けてゆく方がいいと思うんだ」
「なんのかんのというが、実はこわいのだろう。わしはそんな弱虫と一緒に探偵していたくはないよ。帆村先生が帰って来て
「叱られるのは大辻さんだよ」
「いや、もう弱虫と、口は利かん」
とうとう三吉と大辻とは別れ別れになってしまった。
大辻老は決死隊に参加を許されると、いよいよ大得意だ。ふんぞりかえって、自動車に乗っている。ナポレオンのような気持らしい。しかも岩の足型を大事に小脇に抱えている。
「大辻さん。その足型を
「なアに大丈夫······おっとッとッ。お前とは口を利かぬ
仕度は出来た。突撃隊の自動車は一列に並んで出発した。横浜正金銀行さして······。
「はてな」の
三吉少年は一人残されたが、失望しない。
「すみませんが、ちょっと
そういって彼は日本橋
「一体、何を測るんだい」
「おじさんの家は大丈夫だということが分るんですよ」
「なにが大丈夫だって」
「それは今に分りますよ。フフフ」
こんな会話をしながら三吉は歩いて廻った。しかし三吉が室町方面に近付くに従って、彼の顔はひきしまってきた。
「はてな」と彼は日本銀行の地下室でいった。
「はてな」と又、東京百貨店の地階でいった。
「はてな」と彼はまた三井銀行の地下室でもいった。
三吉は、その三つの場所で、いつも休みなく伝わってくる小地震を感じた。それは地底のはるかの下から伝わってくるのであって、決して地上からではない。本当の地震はごくたまにやってくる。しかも強くひびくところはごく短い時間だけだ。しかしこの室町界隈では不思議な連続地震が起っている。
「これは何かあるぞ!」
しばらくの間、ジッと考え込んでいた三吉は、何を思ったか、地震計をしまうと、三井銀行の地下室を、アタフタと飛び出した。
一方、横浜正金から地中へもぐりこんだ十一人の決死隊はどうなったか。もう四十時間も経ったが、消息が分らなくなった。生か死か?
探偵競争
怪盗「岩」は、世界に一つしかないという地底機関車を動かして、何ごとか大きな悪事をくわだてているらしいのであるが、一体それは何だか、まだ様子がハッキリわからない。
大江山捜査課長はとうとう一大決心をかため、十人の警官から成る地中突撃隊を編成した。これを見ていたのが、「岩」の足型を抱えて放さない大辻珍探偵で、彼も勇ましくこれに加わって一行は十一人となった。早速、横浜正金銀行の金庫裏から地中にもぐりこんだ。
わが少年探偵三吉は、参加したいのを
地中の怪
地中突撃隊はどうなったか?
大江山隊長を先頭に、大辻珍探偵をビリッコに、一行十一勇士は勇ましくも
「さあ、こんどは穴が北に向いたぞ」
と磁石をしっかり手に持った大江山警部が叫んだ。
「はあ、もうこれで横浜の北東を十キロも来ました」
と測量係の警官が報告をした。こうして一行は今どの辺の位置にいるのかを、地図の上に鉛筆のあとをつけながら、たゆまず前進をつづけた。||しかし一向に、「岩」にも出会わなければ、その子分手下にもぶつからない。
「ねえ大江山さん」と大辻が後から声をあげた。「岩の奴は、あの大金を持って、外国へずらかったんじゃありませんか。それとも私達に
大辻老は、岩を鼠かなんかと間違えていた。一行の気がすこしゆるみかけた。
どどーン、ぐわーン。いきなり恐しい物音が、後の方にした。ハッと思う間もなく、恐しい風が一同の
「うわーッ、たいへんだッ」
「どうしたどうした」
「今通った道が
「なに帰れない」大辻老の顔色は紙のようにあせた。「帰れないとたいへんだ。早く掘って穴をあけといて下さい」
しかし隊長は一向号令を下さない。さすがは捜査課長だ。
「おお、ダイナマイトの小型のを仕掛けた者がいる。油断をするなッ」
「大丈夫です。大丈夫です」と一同。
「ダッ、ダイナマイトですって」大辻老は気が変になった鶏のように、一人でバタバタ
「崩れた箇所はあのままにしておいて、一同前進!」隊長は勇ましい号令を下した。
だッだッだッと、一行は小さく固まって、懐中電灯をたよりに、低い泥の天井の下をドンドン前進した。
「左、左、左へ曲れ」
「オヤ道が行きどまりだ。おかしいぞ」
「うん、これは一杯
と隊長の号令だ。
「番号」
一チ、二イ、三ン······。
「オヤ一名足りないぞ。誰がいなくなったのだッ」
確かに一名足りない。どこへ消えたというのだろう。その足りない男については、誰もかもどこの誰だかハッキリ知らなかった。一同は心臓をギュッと握られたように、
岩のいた証拠
「オイ大辻君。君の大事にしている足型は、こういうときに使わなくちゃ、使うときがないよ。ちょいと貸したまえ」
「イヤイヤイヤイヤ」と大辻は
「そんな意地の悪いことをいわないで······」
「どいたどいた、わしが探す。ホラ皆さん、足を出して······」
「失敬なことをいうな」
そんなにまで騒いだが、一名
「いませんよ。大丈夫です。隊長さん」
「じゃ、今まで来た軟かい道の上から行方不明の警官の足跡を探して、調べてみたまえ」
「はいはい」
大辻老は
「あッ、あった、あった。岩だ、岩だ」
「本当かッ」
一同は駈けつけた。
「なるほど、たしかに足型は合っている。岩の奴、警官に化けて、決死隊に加わっていたのだ。うーむ、ひどい奴だッ」
隊長はじめ一同は、狭い地中路の中で、歯ぎしり
「オイそんなに口惜しいかッ」
そのとき一同の背後に、鋭い声があった。
大辻老の狂乱
「なにをッ」
一同がふりかえると、五メートルほど向うに、どこからともなく照らしている電灯の光の下に、警官姿の大きな男が立っていた。右手の黒い革の手袋を取ると、物凄い
その手をしずかにあげて、覆面をパッと取ると、その下には大きな眼だけが、
「いま面白いところへ案内してやるッ」
「なにをッ」
そういう言葉の終るか終らないうちに、一同の立った足許がグラグラと
「うわーッ、いたいいたい」大辻老は起きも上らず、腰の
「大辻さん、岩の足型を持っているかい」
「うん、持っているとも」そういって大辻老は
「ほうほう、ここに白いものがこぼれているぜ」と懐中電灯を
そのころ、三吉少年探偵は、師の事務所に一人ポツンと、
「すると、どうしても、ここのところが怪しいわけだ」
と三吉は鉛筆の尻で、地図の上を叩いた。「よし、こいつはどうしてやるかな」
三吉は地図の上に、すべての注意を集めているようだった。もう少しよく気をつけているなれば、そのとき人気のない奥の方でカタリ、コトリと小さい音のするのが聞えたはずだ。鼠でも出ているのか。
いや鼠ではないようだ。この事務所には有名な大きな井戸のあることは、記憶のよい皆さんはご存じであろう。その井戸はいつも黒い大蓋がしてあるのだ。その黒い大蓋がひとりで、ソロソロと持ち上ってくるではないか。誰も井戸の側にはいないのに大蓋はスクスクと持ち上ってくる。化物屋敷か? それとも何者?
三吉は、いよいよ地図と夢中に首っぴきである。しかし彼の足は、床下から出た二つの踏み
三吉の大危難
ソロソロと持ち上った
もし人が見ていたなら、
岩は細心の注意を配って、ソロリソロリと隣の室をうかがった。
「うーむ」
岩はそれを見ると、満面を朱に染めた。
(
岩は胸の中でその呪わしい言葉を吐くと、静かに硝子戸に手をかけた。戸は細目に
三吉は一向気がついた様子もない。
「うぬッ」
ぱぱーン。ぱぱーン。
ついに引金は引かれたのだ。はげしい弾丸の雨の下、この近距離で、果して三吉は射殺を
岩の悲運
三吉の頭のところに最初、プスリと穴があいた。次に肩のところに······。
「あッ」
と鋭い叫声だ。叫んだのは三吉でなくして、それは「岩」だった。ガラガラと硝子板の壊れる響がした。
(しまった!)
三吉を射ったには射ったが、三吉が大きい魔法鏡にうつっているその三吉を射ったので、三吉の生命には
「これはいかん」
と思う間もなく、キリキリキリと音がして足が頭より上に上った。巨大な岩の身体が、天井に
「おッ、おッ、おのれッ」
もう
そのときどこからか、本物の三吉少年が現れた。
「オイ岩。もう駄目だぞ」
「なにを、この
「お前は室町の地下で、どんな大悪事を
「誰がいうものか。死んでもいわねえ。しかし日本国中の人間どもが
何事か大変なことが起りかけているのだ。三吉少年はハッと胸を
「よオし」
と叫ぶと、三吉少年は井戸の蓋をあけて、その中へいきなり身を躍らせた。
井戸を下りる三吉
怪盗「岩」は、少年探偵三吉のためにうまく一杯喰わされ、
勇敢にも少年探偵は、井戸の中へ飛びこんだ。飛びこんでみると、果してそこには、一条の縄梯子が懸っていた。
「やッ、こんなものを使って、岩のやつ、登って来たんだナ」
三吉はスルスルと、深い井戸の底の方へと下っていった。およそ四五メートルも下ったときのことだった。突然に彼の頬を、一陣の
「おやッ」
袋の鼠か?
(なんだろう?)
三吉は懐中電灯をパッと照らしてみた。するとそこには真四角な窓みたいなものが、壁のところにポカリと開いていた。生温い風が、その窓からスーッと吹いてきた。
(どこから風が上ってくるのだろう。この窓の下には、なにがあるのだろう?)しかしグズグズしている場合ではない!
「よオし、突進だッ」
三吉は自分で自分を
階段は間もなく
そのとき突然、頭上からピカリと強い光が
「おッ」
と三吉は身を縮めると共に、上を見上げた。ああ、どうしたというんだろう。さっき三吉の潜りこんだ窓が、真四角にポッカリ明るくなっている。そしてその窓口から、しきりに三吉の方を
一番下の階段に、少年の身体が僅かに隠れる程の、隙間があった。三吉は、まるで兎が穴へ潜っているような恰好で、その蔭にうつ
ギギーッ。三吉の耳許で、突然、金属の
九死に一生!
扉は重いと見えて、ほんの少しずつ拡がっていった。
「お、親分?」
と三吉の頭の上で、太い声がした。
(もう駄目だッ)
と三吉は思った。敵も敵、岩の子分である。上からは岩が恐しい眼を
だがしかし、さすがは少年探偵として、師の帆村荘六から
「おお、気をつけろ。その辺に小僧が逃げこんでやしないかッ」
と上から岩がどなった。
「えッ」
と下にいる子分は、階段の下をジロジロと眼をくばった。しかし三吉の姿はどこにも見えなかった。階段の蔭にも、扉のうしろにも······。
「いませんぜ、親分」
「そんなことはないんだが······」と岩も不思議そうにまわりを見たが、やっぱりいない。「ハテナ。たしかにこっちへ来たはずなんだが」
「親分、もう時間がありませんぜ」
「そうか。いよいよ、もう始る時刻だったな。それじゃ小僧にかまってなどいられない。さア地底機関車に全速力を懸けて飛ばすんだ」
ああ、地底機関車。地底機関車は、その扉の向うにあるんだ。
三吉はどこへ消えたのであろうか。
解けぬロープ
三吉は、危い
三吉は見た! そこで彼は見たのである。噂には聞いたが、始めて見る地底機関車だった。
車体の後半分は、普通の汽車の運転台と大した変りはなかった。
「よいしょッ!」
と子分は飛びのって、運転手の席についた。岩も続いて乗りこんだ。
「親分、なんです。その足のところに
「これか」岩はチェッと
「そんな長いものを
「な、なにをッ」岩は子分をピシャリとぶんなぐった。「無駄をいわねえで全速力でやれッ」
子分は見る見る面をゴム
全速力の地底機関車
岩は機関車の出入口に近く、向うを向いて膝小僧を
「見ろよ見ろ、見ろ」
と、
三吉はじりじりと
(見ろよ見ろ、見ろ!)
彼は、岩の
ロープの端っこは、素早く機関車の
「もっと速力を出さねえか、コノ愚図野郎め」
岩は運転をしている子分の腰のところを蹴った。
「あッ痛テ。なにを親分······」
「き、貴様、おれに反抗する気かッ」
と立ち上ろうとした岩は、その瞬間、ロープが足に結びついていることを忘れていたので、立ち上るが早いか、ロープに足を
「うわーッ」
と叫び声を残すと、岩の身体は、もんどりうって、車外へ飛び出した。
「ざまア見ろッ」
と子分があざ笑う、その鼻先へニューッとピストルの銃口が······。
「あッ||て、てめえは······」
「小僧探偵の三吉だ。
あの現場とは、三吉の当てずっぽだった。そういえば、うまいところへ連れてゆくだろう。外では「岩」が全速力の機関車にひきずられて、眼も口も泥まみれになって、虫の息だった。地底機関車は、マンマと三吉少年に占領されてしまった!
地底の大鳴動
「間に合うか?」
とピストルの銃口を向うにして三吉は声をかけた。
「さア、もうあと三十秒です」
「もっと速力を出すんだッ」
もう二十秒、十秒、五秒······。
「地底機関車は壊れてもいい。もっと速力を出せッ」
「もう一ぱい出ています」
「そこを、もっと出せ!」
「ううッ。あッもう駄目だッ」
ピカピカピカッと白い
*
その翌朝、東京中は
なにしろ、一夜明けると、
黒山のようにたかった人々は目を
百貨店ビルディング紛失事件!
消えたビルディング
そうこうしているうちに、百貨店の消えたその敷地の一点がムクムクと動き出した。
「オヤッ。何か出たぞオ」
といっている群衆の目の前に、大砲弾の鼻さきのようなものが持ち上って来た。それは見る見る大きくなって、小山のような芋虫の化物みたいなものが現れた。
「うわッ、怪物だア······」
それッというので、人々は
そこへ矢のように駈けつけて来た一台の自動車。中から現れた一人のキリリとした紳士は、少年を見つけると、ツカツカと近づいた。
「三吉、大手柄だったね」
これは三吉の地底機関車が東京百貨店跡から地上に顔を出したのであった。
「ああ、帆村先生!」
それは、いままで外国にいたとばかり思っていた三吉の師、帆村荘六だった。
「岩はどうした」
「······」
少年は黙って短いロープの
吹上げられた地中突撃隊
「先生、これは一体どうしたというのでしょう」
三吉は不審の顔を、師の方へ向けた。
「これかね」帆村はニッコリ笑った。「これは岩が、室町の日本銀行をそっくり地下へ陥没させて、金貨を奪おうとしたのが、つい間違って東京百貨店を地下へ陥没させちまったのだよ。彼奴は、地底機関車を使って、百貨店の下へ
そういっているところへ、どこから出て来たか、大辻珍探偵が、大江山捜査課長はじめ地中突撃隊の一同と共にかけつけて来た。全身はビショビショだった。
「いやア、ひどい目に逢った。大地震があってネ、地中から吹き上げられたところが、日本橋の下のあの臭い
大辻老は、目の前に、百貨店が
とにかく、日本銀行は助かったが、陥没した東京百貨店をこれから掘りだすには、大変なことであろう。それはまたいずれ、地底機関車の御厄介にならねばならないだろう。