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かの日の歌【二】

漢那浪笛




     ※(蛇の目、1-3-27)


音なき秋の空をながめて、

木の葉は淡き吐息といきをもらし、

色みな、悲しきメロディなり。


時のまに/\泣きすぐる風に、

調べはいたく、狂ひわなゝき、

自然の胸の痛みは、更に深し。


黄ばめる木の葉は、翼をふるひ、

暗をもりたる、谷をみおろし、

渦まきながら、果ては消えゆく。


     ※(蛇の目、1-3-27)


こゝちよき南の朝、


空は薔薇ばら色の絹をのべ、

いろ鳥の歌は、若かき恋のごとく、

たまの響きをもてふるへり。


眼ざめし軟風、払手柑の花咲く

泉のほとりに、たわふれば、

かぐわしき名香、四方に散じ、

草葉にむすぶ露も、はら/\と散る。


あわれ、ユウカリ樹の下に、

たをやの髪を手にまきて、

若かき恋の別れを告げし、曙も、

今は、浮刻うきぼりの如く、空にうつらふ。


     ※(蛇の目、1-3-27)


なぎたる海の如き小夜さよなか。

香ひよき酒にさめて、

物すごき森の奥に、

極楽鳥の声をきくとき、

心は新らしき悲しみの眼をひらく。


南極星のなゝめに傾むき、

椰子の葉影にふるゝ頃まで、

色あせし唇に、「かの日の歌」をなせど、

たへなる音もなく、息は糸のごとく衰ろへ、

果敢なき涙して、喜びは吾れをさかりゆく。


     ※(蛇の目、1-3-27)


涙ぐみたる植民地の空。

あぢきなき労働を終へて、

榕樹の影にいこ黄昏たそがれよ!


息ふかき鐘の音は、愁人の声を偲ばせ、

収穫とりいれしさゝやかな穂束ほづかをながめて、

·········かたパンを食ふに似たる生活くらしを思ふ。






底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会

   1991(平成3)年6月6日第1刷

初出:「琉球新報」

   1911(明治44)年11月3日

※初出時の署名は「浪笛生」です。

入力:坂本真一

校正:良本典代

2016年12月9日作成

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