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短歌習作

宮本百合子




涙ぐみてうるむ瞳を足元に

  なぐれば小石うち笑みてあり

かんしやくを起しゝあとの淋しさに

  澄む大空をツク/″\と見る

ものたらぬ頬を舌にてふくらませ

  瓦ころがる抜け歯の音きく

うすらさむき秋の暮方なげやりに

  氷をかめば悲の湧く

角砂糖のくずるゝ音をそときけば

  若き心はうす笑する

首人形遠き京なるおもちや屋の

  店より我にとつぎ出しかな

はにかみてうす笑する我よめは

  孔雀の羽かげ髷のみを出す

物語り思ひ出つゝ我髪を

  切りて作りぬ細き指環を

生れ出て始めてふるゝ三味の糸

  うす黄の色のなつかしきかな

調子なき思のまゝをかきならす

  ざれたる心我はうれしき

そぼぬれし雄鳥のふと身ぶるひて

  空を見あぐる秋雨の日よ

秋の日をホロ/\と散る病葉の

  たゞその名のみなつかしきかな

気まぐれに紅の小布をはぬひつゝ

  お染を思ふうす青き日よ

泣きつかれうるむ乙女のの如し

  はかなく光る樫の落葉よ

蛇の目傘塗りし足駄の様もよし

  たゞ助六と云ふさへよければ

助六の紅の襦袢はなつかしや

  水色の衿かゝりてあれば

真夜中の鏡の中に我見れば

  暗きかげより呪湧く如

呪はれて呪ひて見たき我思ひ

  物語りめく折もあるかと

紫陽花のあせたる花に歌書きて

  送りても見んさめたる心

カサ/\と落葉ふみつゝ思ひ見る

  暗き中なる白き芽生へよ

我部屋の天井にある雨のしみ

  磐若のかほの恐ろしきかな

何高が雨のしみとは思へども

  頭の真上にあるが恐ろし

幼き日ざれ書したる片わきに

  ペン/\草は押してありけり

色あせてみにくき花となりしかど

  萩と云う名のすてがたきかな

雨晴れし後の雨だれきゝてあれば

  かしらおのづとうなだるゝかな

ぜんまひの小毬をかゞる我指を

  見れば鹿の子を髪にのせたや

夜々ごとに来し豆売りは来ずなりぬ

  妻めとりぬと人の云ひたり

意志悪な小姑の如シク/\と

  いたむ虫歯に我はなやめり

亡き人のたまを迎へて鳴くと云ふ

  犬の遠吠我はおびへぬ

あるまゝにうつす鏡のにくらしき

  片頬ふくれしかほをのぞけば

   ひな勇を思ひ出して

ソトなでゝ涙ぐみけり青貝の

  螺鈿らでんの小箱光る悲しみ

紫のふくさに包み花道で

  もらひし小箱今はかたみよ

振長き京の舞子の口紅の

  うつりし扇なつかしきかな

姉妹の様やと云はれ喜びし

  京の舞子のひな勇と我れ

紫陽花のあせそむる頃別れ来て

  迎へし秋のかなしかりしよ

たゞ一人はかなく逝きしひな勇は

  いまはのきはに我名呼びきと

我名をば呼びきと低うくり返せば

  まぶたのうらは熱くなり行く

思ひ出でゝひな勇はんと低うよべば

  白粉の香のにほふ心地す

いつの世にか又めぐり会ふ折もあるかと

  螺鈿小箱を秘めておきけり






底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社


   1986(昭和61)年3月20日初版発行

※底本解題の著者、大森寿恵子が、1913(大正2)年頃の執筆と推定する習作です。

入力:柴田卓治

校正:土屋隆

2008年2月28日作成

青空文庫作成ファイル:

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