加茂の光長は
月の無い静な晩であった。庭の
静な跫音がすぐ傍で聞えたので、光長はちょと顔を左のほうへ向けた。其処には切灯台の
「おお、酒を持って来たか、其処へ置くが好かろう」
女の童は静に傍へ寄って来て、口の長い素焼の銚子を光長の前へ置くなり、黙って引きさがって往った。
光長は思い出したように空になった瓦盃の銚子の酒を
光長の頭はみょうに重どろんでいた。何を考えるにも億劫で、それで何もかも面白くなくて、
「やっぱり、俺は体のせいだ」
光長はそう云うことを思うのも苦しくなって、坐っているのが億劫になって来たので、盃を置くなり、体をごろりと横に倒して、左の手に頭を支えながら庭の方へ顔を向けた。涼しい風がもそりもそりと動いて来た。光長は気もちが好かった。
「好い気もちだ」
暗かった庭が次第に明るく見えて来た。芒の穂の縞目がはっきり見えるような気がして、光長はその芒の叢に眼をやっていた。と、強い風が吹いて来たようにそれがさわさわと動きだした。犬か猫かなにかそうした物が寝ているのではないかと思って、じっと眼を据えたところで、その中から這いでて来たように一人の少年が起ちあがって、それが
光長はじっと少年の容子を見ていた。と、物の気配がして今度は萩の繁みの中から黒いまん円い影が見えて来た。光長はいよいよ大人が這いながら出て来たところだと思った。もし盗人であったら一矢に射殺してやろうと思った。彼は座敷に立てかけてある弓のことをすぐ考えた。考えながらその黒いまん円い影に注意した。それは背のひくい横に肥った少年であった。彼は痩せた少年を追って来るように、ひょこひょこと歩いて来たが、痩せた少年の傍へ往くなり、いきなりそれに組みかかって往った。すると痩せた少年はそれを組ませずに突き倒そうとした。
光長は盗人の用心のことを忘れてしまって、不思議な少年の
「どうしても人間の子供でない」
二人の少年は組んずほぐれつやっていたが、力が合っているのか
「何者だ」
光長は思わず声を出した。と、二人の少年はびっくりしたように両方に離れるとともに、痩せた方は芒の繁みの方へ往き、肥ったのは萩の繁みの方へ往ったが、そのまま二人とも見えなくなった。
「
光長が声を出して呼ぶと、しもての縁側に跫音がして、釣り刀をした背の高い侍の一人がのそのそと来てひざまずいた。
「怪しい小供が二人、萩と芒の中へ入った、引っ捕えて来い」
侍はそのまま立って庭へおりて往った。光長は起きあがっていた。
侍は萩と芒の繁りの中へもう
「何者も見当りませんが、如何いたしましょう」
光長はやはり今の少年は人間ではないと思った。
「見えねばそれで好い、捨てておけ」
光長はその翌晩も縁側へ出て一人で酒を飲んでいた。酒を飲みながら時々前夜の怪しい少年のことを考えていた。そして、また酒も厭になったので横に寝そべって庭の方を見ていた。その晩も涼しい風が吹いて虫の声が静に聞えていた。
光長は睡くなったのでうつらうつらしていたが、何か物の気配がしたので眼を開けてみた。庭では痩せた少年と肥った少年が、昨夜と同じように角力を執っていた。
光長はそれを見るなり、そっと体を起して両手を立て、音のしないように座敷の中へ入って往った。
右の方の壁の傍には、張った弓をかけ、下へ立てた

庭では二人の少年が未だ組んだり離れたりして一生懸命になっていた。光長はその二人がいっしょになったところを見るといきなり矢を放った。矢は二人を合せて縫うたように見えたが、そのまま二人の姿は見えなくなった。光長は二本目の矢を弓に仕かけながら声を立てた。
「
遠くの方で返事があったが、暫くすると庭の方に灯が見えて二人の侍が来た。
「小供の形をした曲者をしとめた、そのあたりを捜して見よ」
光長が矢を持った手を庭の方にさした。侍は庭の中を彼方此方捜して歩いた。矢が落ちているだけで何も見えなかった。
翌朝になって光長は