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老狐の怪

田中貢太郎




 志玄しげんという僧があったが、戒行かいぎょうの厳しい僧で、法衣も布以外の物は身にけない。また旅行しても寺などに宿を借らないで、郭外こうがいの林の中に寝た。ある時縫州城ほうしゅうじょうの東十里の処へ往って墓場へ寝た。ところで、その晩は昼のような月夜で四辺あたりがよく見えた。ふと見ると、木の下に一疋の狐がいて、それが人のするように、傍にある髑髏どくろを頭の上に乗っけて首を振り、そして落ちた物はやめて、他の髑髏を取って乗っけたが、三四回目に落ちないのが乗っかった。すると狐は傍の草の葉をちぎって、それを体につけだしたが、見る見る若い美しい女になった。

 その時馬の鳴声が聞えて、一人の男が馬に乗ってやってきた。それを見ると狐の女は、路の傍へ立って泣きだした。馬に乗っていた男は、女の泣いているのを見ると馬からおりて、

「なぜこんな処で泣いてる」

 と言って聞いた。狐の女は、

「私は易州の者でございますが、北門の張という人の許へ縁づいておりましたところで、去年になって夫に死なれ、財産もなくなったので、困って親の処へ帰るところでございますが、歩が遅いものでございますから、日が暮れて困っております」

 と言った。

 その男は易州の軍人であった。

「易州なら私の帰るところだ、きたない馬でかまわなければ、乗せて往ってあげよう」

 と言った。女は喜んで礼を言うので、軍人は女を抱いて馬に乗せようとした。それを見ると、志玄が出て往って、

「あなたの馬に乗せようとしている女は、人間じゃありません、狐の化けた奴ですよ」

 と言った。軍人は怒って、

「和尚さん、そんなことを言ってこの方をいては困ります」

 と言った。志玄は、

「あなたが真箇ほんとうにしないなら、正体を現わしてお目にかけましょう」

 と言って、印を結んで真言を唱え、錫杖を振りあげて、

「早くもとの形にならないか」

 と言うと、狐の女は悶絶して倒れ、元の狐となって血を吐いて死んだ。そして、体には髑髏や草の葉がついていた。






底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社


   1987(昭和62)年5月6日初版発行

底本の親本:「支那怪談全集」桃源社

   1970(昭和45)年発行

入力:Hiroshi_O

校正:noriko saito

2004年11月3日作成

青空文庫作成ファイル:

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