ある日同窓の友達と酒を飲んでいたが、夜になったところで友達の一人がからかった。
「君は豪傑だが、この夜更けに十王殿へ往って、左の廊下に在る判官をおぶってくることができるかね、できたなら皆で金を出しあって君の
その陵陽には十王殿というのがあって、恐ろしそうな木像を置いてあるが、それが装飾してあるので生きているようであった。それに東の廊下にある判官の木像は、青い顔に赤い鬚を
しかし朱は困らなかった。彼は笑って起ちあがって、そのまま出て往ったが、間もなく門の外で大声がした。
「おうい、鬚先生を
同窓生は起ちあがった。そこへ朱が木像をおぶって入ってきて、それを
「おい、どうか元へ返してきてくれ」
朱はそこでまた酒を取って地に
「私はがさつ者ですから、どうかお許しください、家はつい
と言って、そこでまたその木像をおぶって往った。
翌日になって同窓の者は約束どおり朱を招いて飲んだ。朱は日暮れまでいて半酔になって帰ったが、物足りないので燈を明るくして独酌していた。と、不意に
「俺は死ななくちゃならないのか、昨日神聖をけがしたから、殺しにきたのだろう」
判官は濃い髯の中から微笑を見せて言った。
「いや、そうじゃない、昨日招かれたから、今晩は暇でもあったし、謹んで達人との約を果そうと思って来たところだ」
「そうか、それは有難い」
朱はひどく悦んで、判官の衣を
「天気が温かいから、冷でいいよ」
朱は判官の言うとおりに酒の瓶を
そして朱は判官に、
「あなたの姓名を知らしてください」
と言った。判官は、
「僕は陸という姓だが、名はないよ」
と言った。そこで古典の
「制芸を知っておりますか」
陸は、
「よしあし位は知っておる」
と言って文章の談をし、それから
それからというものは、陸は二日目か三日目にきたので、二人の間は、ますます親密になった。時とすると酒を飲んでいてそのまま倒れて寝て往くこともあった。朱が文章の草稿を見せると陸が朱筆で消して、
「どうも佳くない」
と言った。ある夜、朱が酔うて
「何の怨みもないのに、なぜ僕を殺すのだ」
陸は笑って言った。
「
陸はしずかに
「それはなんだろう」
と言って聞いた。陸は、
「それは君の心だよ、君の文章の拙いのは、君の心の毛穴が塞っているためだから、冥途に在る幾千万の心の中から、佳いのを一つ選びだして、君のために
と言って起ちあがり、扉を閉めて出て往った。朝になって朱は布を解いて見た。創口の縫い目はぴったりと合って糸筋のような赤い痕が残っていた。
その時から朱の文章が非常に進んで、眼にふれたものは忘れないようになった。数日して朱はまた文章を作って陸に見せた。陸は言った。
「いい、この文章ならいい、だが、君は福が薄いから、大いに名を
郷科とは郷試で、各省で行う試験であった。そこで朱は問うた。
「それはいつあるだろう」
陸は言った。
「今年あるよ、君はそれに優等で及第するよ」
間もなく郷試があったので、朱もそれに応じてみると第一等の成績を得、秋の本試験には
「君に腸を易えてもらって非常な恩を受けているが、も一つ頼みたいことがある、聞いてもらえるかね」
「どんなことだね」
「君は腸をかえることができるから、顔をかえることもできるだろう、僕の妻は、少年の時から夫婦になっているもので、体はそんなに悪くはないが、いかにも顔が
陸は笑って言った。
「いいとも、すこし待っていてくれたまえ」
それから数日して夜半に陸が来て門を叩いた。朱は急いで起きて往って内へ入れ、
「それは何だね」
と朱が訊いた。陸は懐から包みを出して、
「君にこの間頼まれたものだよ、ちょいと佳いのがなくて困っていたが、やっと今晩佳い美人の首を手に入れたから、君の頼みをはたすことができるよ」
と言った。朱がそれを開けて見ると血のべとべとした女の頭であった。陸はそこで、
「早く、早く、急ぐんだよ、そして人を起してはいけないよ」
と言って居間に入ろうとしたが、夜は入口の扉をきちんと締めてあるので朱は困っていた。と、陸が来て片手で押した。扉は手に従ってしぜんと開いた。そこで細君の寝室へ入った。細君は体を横にして眠っていた。陸は美人の頭を朱に持たして、自分は靴の中から匕首のような刃物を出し、細君の頸にあてがって瓜を切るように切りはなした。頭はころりと枕の傍へ落ちた。陸は急いで、朱の持っている美人の頭を取って切口にきちんと合わせ、そして後ろにしっかりと押しつけたが、これがすむと枕を肩にあてがい、朱に言いつけて細君の頭を静かな所に埋めさせて帰って往った。
朱の細君はその後で眼を醒ましたが、頸のまわりがすこし麻れて、顔がこわばったような気がするので手をやってみた。するとその手に血がついたのでひどく駭いて、
その時
朝になって女の死骸にかけた
「きさま達の番のしかたが悪いから、犬に喰われたのだ」
呉侍御は郡守に訴えた。郡守は日を限って賊を探したが、三箇月しても捕えることができなかった。そのときになって朱の家の細君の頭の換ったことを呉侍御にいう者があった。呉侍御は不審に思って、
「お前が殺して
朱は言った。
「妻は睡っていてかえられたものです、実に不思議ですが、その理由がわからないのです、僕が殺したというのは
呉侍御は朱の言葉を
「どうしたらいいだろう」
陸は言った。
「なんでもないよ、呉侍御の女に言わしたらいいよ」
その夜呉侍御の夢に女があらわれて、
「私を殺したのは、
と言った。夢が醒めて呉侍御がそれを夫人に話すと、夫人もやはりそれと同じ夢を見ていた。そこで呉侍御は女を殺した悪人のことを官に告げた。官で人をやって詮議をさすと果して揚大年という者がいたので、捕えて
朱は後に三たび



それから三十年の歳月が経った。ある夜陸が来て、
「君の寿命ももう永くないよ」
と言った。そこで朱がその期間を問うた。
「いつ死ぬだろう」
「もう五日しかないよ」
それには朱も驚いた。
「救うてくれるわけにはいかないかね」
陸は言った。
「それは天の命ずるところだから、人間はどうすることもできないよ、それに達人から見ると、生死は一つじゃないか、生を楽しいとすることもなければ、死を悲しいとすることもない」
朱はなるほどとさとった。そこで葬儀の用意をして、それが終ったので盛装して死んで往った。翌日細君が
「わしは、あの世の人であるが、生きていた時とすこしもかわらない、寡婦になったお前と
細君はそれを聞くと一層悲しくなって慟哭した。その涙が胸まで流れた。朱は依々として慰めた。
細君が言った。
「昔から還魂ということがあります、あなたには霊があるじゃありませんか、なぜそれを用いてくださいません」
朱は言った。
「天[#「天」は底本では「朱」]の命数に違うことはできないよ」
「では、あなたは、冥途で何をしております」
「陸判官が推薦して、裁判の事務を監督する役にして、官爵を授けてくれたから、すこしも苦しいことはないよ」
そこで細君がまた何か言おうとすると、朱が止めて、
「陸公がいっしょに来てるから、酒肴の
と言って出て往った。細君がその言葉に従って酒肴の用意をして出すと、室の中で笑ったり飲んだりして、その豪気と高声は生前とすこしも違わなかった。そして夜半に往って窺いてみると

それから三日おきぐらいに来て、時おりは泊って細君と話して往った。家の中のことはそれぞれ処理した。子の
その時から朱のくるのが漸く
「これでお前達といよいよ
そこで細君が訊いた。
「何所へ往きます」
朱は言った。
「上帝の命を受けて、
母子のものがとりすがって泣いた。すると朱は、
「泣いてはいけない、もう小児も大きくなって、
と言って、緯をかえりみて、
「よく立派な人になれ、父の後を絶やしてはならんぞ、十年したら一度逢う」
と言ってそのまま門を出て往ったが、それから遂にこなかった。
後、緯が二十五になって、進士に挙げられ、行人の官になって、命を奉じて西岳華山の神を祭りに往ったが、
「お前が官について評判が好いので、わしも安心しているぞ」
と言った。緯はうずくまったなりに起きなかった。朱は車をうながして往ってしまったが、すこし往って振りかえり、
「その刀を持っていると出世するぞ」
と言った。緯が追って往こうとすると、朱の一行の車も人もひらひらと風のように動いて、みるみる見えなくなってしまった。緯は痛恨やや久しゅうして刀を抜いて見た。それは精巧な刀であったが、一行の文字を
緯は後、官が司馬となって五人の小児を生んだ。それは

「佩刀を渾に贈れ」
と言った。緯は父の言葉に従って渾に贈った。渾は後に都御史になって政治に功績があった。