目次
物のいわれ(上)
[#「(上)」は縦中横] そばの根はなぜ赤いか
猿と蟹
狐と獅子
蛙とみみず
すずめときつつき
物のいわれ(下)
[#「(下)」は縦中横] ふくろうと烏
蜜蜂
ひらめ
ほととぎす
鳩
物のいわれ(上)
[#「(上)」は縦中横] そばの
根はなぜ
赤いか
一
あなたはおそばの木を
知っていますか。あんなに
真っ
白な、
雪のようなきれいな
花が
咲くくせに、一
度畑に行って、よくその
根をしらべてごらんなさい。それは
血のように
真っ
赤です。いったいおそばの
根は、いつからあんなに
赤く
染まったのでしょうか。それにはこんなお
話があるのです。
むかし、三
人の男の子を
持ったおかあさんがありました。
総領が
太郎さん、二ばんめが
次郎さん、いちばん
末っ
子のごく小さいのが、
三郎さんです。
ある日、おかあさんは、
町まで
買い
物に出かけました。出がけにおかあさんは、三
人の
子供を
呼んで、
「おかあさんは
町まで
買い
物に行って
来ます。じき
帰って
来ますから、三
人で
仲よくお
留守番をするのですよ。
戸をしっかりしめて、みんなでおとなしくうちの中に
入っておいでなさい。ひょっとすると
悪い
山姥が、おかあさんの
姿に
化けて、お
前たちをだましに
来ないものでもないから、よく
気をつけて、けっして
戸をあけてはいけません。
山姥はいくら
上手に
化けても、
声が、しゃがれたがあがあ
声で、
手足も、
松の木のようにがさがさした、
真っ
黒な
手足をしていますから、けっしてだまされてはいけませんよ。」
といい
聞かせました。すると
子供たちは、
「おかあさん、
心配しないでもいいよ。おかあさんのいうとおりにして
待っているからね。」
といったので、おかあさんは
安心して出て行きました。
ところがじき
帰って
来るといったおかあさんは、なかなか
帰って
来ないで、そろそろ日が
暮れかけてきました。
子供たちはだんだん
心配になってきました。「おかあさんはどうしたんだろうね。」とみんなでいい
合っていますと、だれかおもての
戸をとんとんとたたいて、
「
子供たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。お
前たちのすきなおみやげを、たんと
買って
来たからね。」
といいました。
けれども
子供たちは、しゃがれたがあがあ
声をしているから、おかあさんではない。
山姥が
化けて
来たにちがいないと
思って、
「あけない、あけない、お
前はおかあさんじゃあないよ。おかあさんはやさしい
声だ。お
前の
声はがあがあしゃがれている。お
前はきっと
山姥にちがいない。」
といいました。
ほんとうにそれは
山姥にちがいありませんでした。
山姥は
途中で、おかあさんをつかまえて
食べてしまったのです。そしておかあさんに
化けて、こんどは
子供たちを
食べに
来たのです。けれども、
子供たちが
入れてくれないものですから、
困って、
村の
油屋へ行って、
油を一
升盗んで、それをみんな
飲んで、
喉をやわらかにして、また
戻って
来て、とんとんと
戸をたたきました。そして、
「
子供たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと
買って
来たからね。」
といいました。
こんどはそっくりおかあさんと
同じような、やさしいいい
声でした。けれども
子供たちはまだほんとうにしないで、
「じゃあ、
先に手を
出してお
見せ。」
といいました。
山姥が
戸のすきまから手を
出しましたから、
子供たちがさわってみますと、それは
松の木のように
節くれだって、がさがさしていました。
子供たちはまた、
「いいえ。あけない、あけない。おかあさんはもっとつるつるして
柔らかな手をしている。お
前は
山姥にちがいない。」
といいました。
そこで
山姥は
裏の
畑へ行って、
芋がらを
取って、手の
先にぐるぐる
巻きつけました。
そして
山姥は三
度めにうちの
前に
立って、とんとんと
戸をたたいて、
「
子供たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと
買って
来たからね。」
といいますと、
子供たちは中から、
「じゃあ、手をお
見せ。ほんとうにおかあさんだか、どうだか、
見てやるから。」
といいました。
山姥はまた
戸のすきまから手を
出しました。こんどは手がつるつるして
柔らかだったので、それではおかあさんにちがいないと
思って、
子供たちは
戸をあけて、
山姥を中へ
入れました。
二
おかあさんに
化けた
山姥は、うちの中に
入ると、さっそくお
夕飯にして、
子供たちがびっくりするほどたくさん
食べて、
今夜はくたびれたから
早く
寝ようといって、いつものとおり
末っ
子の
三郎を
連れて、
奥の
間に
入って
寝ました。
太郎と
次郎は
二人で、おもての
間に
寝ました。
夜中にふと、
太郎と
次郎が目を
覚ましますと、
奥の
間でだれかが、
何だかぼりぼり
物を
食べているような
音がしました。それは
山姥が、
末っ
子の
三郎をつかまえて
食べているのでした。
「おかあさん、おかあさん、それは
何の
音ですか。」
と、
太郎が
聞きました。
「おなかがすいたから、たくあんを
食べているのだよ。」
と、
山姥がいいました。
「わたいも
食べたいなあ。」
と、
次郎がいいました。
「さあ、
上げよう。」
と、
山姥はいって、
三郎の
小指をかみ
切って、
子供たちの
居る
方へ
投げ
出しました。
太郎がそれを
拾ってみると、
暗くってよく
分かりませんけれど、
何だか
人間の
指のようでした。
太郎はびっくりして、そっと
布団の中で、
次郎の
耳にささやきました。
「
奥に
居るのは
山姥にちがいない。
山姥がおかあさんに
化けて、
三郎ちゃんを
食べているのだよ。ぐずぐずしていると、こんどはわたいたちが
食べられる。
早く
逃げよう、
逃げよう。」
太郎と
次郎はそっと
相談をしていますと、
奥ではもりもり
山姥が
三郎を
食べる
音が、だんだん
高く
聞こえました。
その
時次郎は
布団から
頭を
出して、
「おかあさん、おかあさん、お
小用に行きたくなりました。」
といいました。
「じゃあ、
起きて
外へ出て、しておいでなさい。」
「
戸があきません。」
「にいさんにあけておもらいなさい。」
そこで
太郎と
次郎は
逃げ
支度をして、のこのこ
布団からはい
出して、
戸をあけて
外へ出ました。
空はよく
晴れて、
星がきらきら
光っていました。
二人はお
庭の
井戸のそばの
桃の木に、なたで
切り
形をつけて、
足がかりにして木の上まで
登りました。そしてそっと
息を
殺してかくれていました。
いつまでたっても、きょうだいがお
小用から
帰って
来ないので、
山姥はのそのそさがしに出て
来ました。
明け
方の
月がちょうど
昇りかけて、
庭の上はかんかん
明るく
見えました。けれどもきょうだいの
姿はどこにも
見えませんでした。さんざんさがしてさがしてくたびれて、のどが
渇いたので、
水を
飲もうと
思って、
山姥が
井戸のそばに
寄ると、
桃の木の上にかくれているきょうだいの
姿が、
水の上にはっきりとうつりました。
「
小用に行くなんて人をだまして、そんなところに
上がっているのだな。」
と、
山姥は木の上を
見上げて、きょうだいをしかりました。その
声を
聞くと、きょうだいはひとちぢみにちぢみ
上がってしまいました。
「どうして
登った。」
と、
山姥が
聞きますから、
「びんつけを木になすって
登ったよ。」
と、
太郎がいいました。
「ふん、そうか。」
といって、
山姥はびんつけ
油を
取りに行きました。きょうだいが上でびくびくしていると、
山姥はびんつけを
取って
来て、
桃の木にこてこてなすりはじめました。
「それ、
登るぞ。」
といいながら、
山姥は
桃の木に
足をかけますと、つるり、びんつけにすべりました。それからつるつる、つるつる、
何度も
何度もすべりながら、それでも
強情に一
間ばかり
登りましたが、とうとう
一息につるりとすべって、ずしんと
地びたにころげ
落ちました。
すると
次郎が上から、
「ばかな
山姥だなあ、びんつけをつけて木に
登れるものか。なたで
切り
形をつけて
登るんだ。」
といって
笑いました。
「そのなたはどうした。」
と、
山姥が
聞きますから、
「なたは
井戸のそこに
入っているよ。」
と、
次郎はいってまた
笑いました。
山姥は
井戸のそこをのぞいてみましたが、とても手がとどかないので、くやしがって、
物置から
鎌をさがして
来て、
桃の木のびんつけを
削り
落として、
新しく
切り
形をつけはじめました。
山姥が
桃の木に
切り
形をつけはじめたのを
見て、きょうだいは
心配になってきました。そのうちどんどん
山姥は
切り
形をつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい
音をさせながら
登って
来ました。
子供たちは
困って、だんだん
高い
枝へ、
高い
枝へと、
登って行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで
登って行って、もうこれより
先へ行きようがない
所まで
登りましたが、やはり
山姥はどんどん上まで
登って
来ます。
困りきってしまって、
二人は
大空を
見上げながら、ありったけの
悲しい
声をふりしぼって、
「お
天道さま、
金ン
綱。」
とさけびました。
すると、がらがらという
音がして、
高い
大空の上から、
長い
長い
鉄の
綱がぶら
下がってきました。
太郎と
次郎はその
綱にぶら
下がって、するする、するする、
大空まで
登って
逃げました。
山姥はそれを
見ると、くやしがって、
同じように
空を
見上げて、
「お
天道さま、
腐れ
縄。」
と
大声を
上げてわめきました。
するとすぐ、ぼそぼそという
音がして、
高い
大空の上から、
長い
長い
腐れ
縄がぶら
下がってきました。
山姥はいきなりその
縄にぶら
下がって、
子供たちを
追っかけながら、どこまでもどこまでも
登って行きました。するうち
自分のからだの
重みで、だんだん
縄が
弱ってきて、
中途からぷつりと
切れました。
山姥は
半分縄をつかんだまま、
高い
大空からまっさかさまに、ちょうど大きなそば
畑の
真ん
中に
落ちました。そしてそこにあった大きな石にひどく
頭をぶっつけて、たくさん
血を
出して、
死んでしまいました。その
血がそばの
根を
染めたので、いまだにそれは
血のように
真っ
赤な
色をしているのです。
猿と
蟹 ちょうど
田植え
休みの
時分で、
村では
方々で、にぎやかな
餅つきの
音がしていました。山のお
猿と川の
蟹が、
途中で
出会って
相談をしました。
「どうだ、あの
餅を
一臼どろぼうして、
二人で
分けて
食べようじゃないか。」
さっそく
相談がまとまって、
猿と
蟹は
餅を
盗み
出すはかりごとを
考えました。
一
軒のうちへ行ってみると、うち
中の人が
残らずお
庭へ出て、ぺんたらこ、ぺんたらこ、
夢中になって
餅をついていました。お
座敷には
赤んぼが
一人寝かされたまま、だれもそばには
居ませんでした。
蟹はその
時、のそのそと
縁がわからはい
上がって
行って、
赤んぼの手をちょきんと一つはさみました。すると
赤んぼはびっくりして、
痛がって、「わっ。」と火のつくように
泣き
出しました。お
庭に出ていた人たちは、どうしたのかと
思って、びっくりして、
臼も
杵も
残らずほうり出して、お
座敷へかけつけますと、もうその
時分には、
蟹はのそのそ
逃げ
出して行ってしまいました。みんなは
赤んぼがどうして
泣いたのか、さっぱり
分からないので、ぶつぶついいながら、またお
庭へ
戻って行きますと、つきかけの
餅が
一臼そっくり、
臼のままなくなっていました。みんなは二
度ばかにされたので、くやしがって、
外へ
追っかけて出てみましたが、こんども
何も
見えませんでした。
蟹は
坂の上まで行って、
猿の
来るのを
待っていますと、
猿は大きな
臼をころがしながらやって
来ました。
「どうだ。うまくいったじゃないか。さあ、
食べよう。」
と、
蟹がいいますと、
「うん、なかなか
重いので
骨が
折れたよ。だがこれですぐ
食べては、
楽しみがなくなっておもしろくないなあ。どうだ、この
臼をここからころがすから、
二人であとから
追っかけて行って、
先に
着いた
者が
餅を
食べることにしよう。」
と、
猿がいいました。
すると
蟹は口からあぶくを
吹きながら、
「
猿さん、それはだめだよ。
駆けっくらをしたって、わたしがお
前にかなわないことは
分かりきっているではないか。そんないじの
悪いことをいわずに、
仲よく
半分ずつ
食べよう。」
と、こういいましたが、
猿は
聴かないで、
「いやならよせ。おれが
一人で
食べてしまう。
重い
思いをして、
臼をかついで
来たのはおれだからなあ。」
といいました。
「だって、わたしだって
赤んぼを
泣かして、みんなをだまして、お
前にしごとをさせてやったのじゃないか。」
と、
蟹がいいました。でも
猿は、
「ぐちをいうな。それよりか
駆けっくらで
来い。」
といって、かまわず
臼を
坂の上からころがしました。
臼はころころころがって行きました。
猿もいっしょに
追っかけて行きます。しかたがないので、
蟹もむずむずあとからはって行きますと、ちょうど
坂の中ほどまで行かないうちに、
餅は
臼の中からはみ
出して、
道ばたの木の
根にひっかかりました。そして、
臼ばかりころころ下までころげて行きました。そんなことは
知らないものですから、
猿もいっしょに
臼を
追っかけて、どこまでもころがって行きました。
蟹は
途中、木の
根に白いものが
見えるので、ふしぎに
思ってそばへ
寄ってみますと、つきたての
餅でしたから、「これはうまい。」と
思って、
一人でおいしそうに
食べはじめました。
猿はせっかく下まで
駆けて行ってみると、
空臼だったものですから、がっかりして、
「こらこら、
早く
餅をころがさないか。」
と下からどなりました。すると
蟹はあざ
笑って、
「つきたての
餅が
坂をころがるものか。
今に
堅くなってお
鏡餅になったら、ころがしてやろう。」
といいました。
猿は
腹を立てましたが、
自分からいいだして、したことですから、しかたなしに
蟹にあやまって、おしりの
毛を
抜いて
蟹にやって、
半分餅を
分けてもらいました。それでいまだにお
猿のおしりには
毛がなくなって、
蟹の
手足には
毛が
生えているのだそうです。
狐と
獅子 むかし、
日本の
狐がシナに
渡って、あちらのけだものたちの
仲間に
入ってくらしていました。
ある
時、けだものたちが、大ぜい
森の中に
集まって、めいめいかってなじまん
話をはじめました。するとみんなの
話を
聞いていた
獅子が、さもさもうるさいというような
顔をして、
「だれがなんといったって、
世界中でおれの
威勢にかなう
者はあるまい。おれが
一声うなれば、十
里四
方の
家に
地震が
起こって、
鍋釜に
残らずひびがいってしまう。」
といいました。
すると、
虎が
負けない
気になって、
「なんの、おれが
一走り
走れば、千
里のやぶも
一飛びだ。くやしがっても、おれの
足にかなうものはあるまい。」
といいました。
その
時、
日本の
狐も、
負けない
気になって、
「どうして、からだこそ小さくっても、
君たちに
負けるものか。」
といばっていいました。
すると、
獅子がおこって、
「
生意気をいうな。ちっぽけな
国に
生まれた
小狐のくせに。よし、そこにじっとしていろ。一つおれがうなってみせてやるから。きさまのちっぽけな
体なんか、ひとちぢみにちぢんで、ごみのように
吹ッ
飛んでしまうぞ。」
こういいながら、
獅子はおなかに
力を
入れて、
一声「うう。」とうなりはじめました。さすがにいばっただけのことはあって、それはほんとうに、そこらに
居る
者の
体ごと、
吹き
飛ばしそうな
勢いでしたから、
狐はあわてて、
地びたに小さな
穴をほって、その中に小さくなって、もぐり
込みました。そして、うなり
声がやむと、ひょいと中から
飛び
出して
来て、
「なんだ、
獅子さん、
大そういばったが、それだけのことか。ごみのように
吹き
飛ばされるどころか、このとおり
貧乏ゆるぎもしないよ。」
とさんざんにあざけりました。すると
獅子は、こんどこそ、ほんとうに
体中の
毛を
逆立てておこって、
力いっぱい
意気張って、
一声「うう。」とうなりますと、あんまり
力んだひょうしに、
首がすぽんと
抜けてしまいました。
狐は、そこでいよいよとくいになって、こんどは
虎に
向かい、
「どうしたね。わたしにさからえば、
獅子だってこのとおりだ。
君もいいかげんにおそれいるがいいよ。」
といいますと、
虎はなかなか
承知しないで、
「よし、そんなら千
里のやぶを、かけっこしよう。」
といいだしました。
狐は
困った
顔もしないで、
「うん、いいとも。」
といって、さっそく
競争の
支度にかかりました。やがて一、二、三のかけ
声で、
虎と
狐は
駆け
出したと
思うと、
狐はひょいとうしろから
虎の
背中に、のっかってしまいました。
虎はそんなことは
知りませんから、むやみに
駆けるわ、
駆けるわ、千
里のやぶもほんとうに一ッ
飛びで
飛んで行ってしまいますと、さすがに
体中大汗になっていました。するとそれよりも
先に
狐は、ひょいと
虎の
背中から、
飛び
降りて、二三
間前の
方で、
「おいで、おいで。」
をしていました。それで
虎も
勝負に
負けました。
狐は大いばりで
獅子の
首を
背負って、
日本に
帰って
来ました。これが、
今でも、お
祭りの
時にかぶる
獅子頭だということです。
蛙とみみず
むかし、むかし、
大昔、
神さまが大ぜいの
鳥や、
虫やけだものを
集めて、てんでんが
毎日食べて、
命をつないでいくものをきめておやりになりました。
何万という
生き
物が、ぞろぞろ
神さまの
所へ
集まって
来て、めいめい、おいい
渡しを
受けました。その中で、
蛇は、いちばんおなかをすかしきっていて、ひょろひょろしていましたから、だれよりもおくれて、みんなのあとからのたりのたりはって行きました。すると、そのあとから、
蛙がぴょんぴょん
元気よくとんで
来ました。
蛙はずんずん
蛇を
追いこして、
「
蛇さん、ずいぶんのろまだなあ。おいらのしりでもしゃぶるがいい。」
と
悪口をいいながら、またずんずん
行ってしまいました。
蛇はくやしくってたまりませんけれども、どうにもならないので、だれよりもいちばんあとにおくれて、のろのろついて行きました。
蛇が
神さまの
前に出た
時は、
大抵の
生き
物が、それぞれ
食べ
物を
頂いて、にこにこしながら、
帰って行くところでした。
神さまは、
蛇がおくれて
来たのをごらんになって、
「どうしてそんなに
遅くなったか。」
とお
聞きになりました。そこで
蛇は、おなかがへって、どうにも
早く
歩けなかったこと、
途中で
蛙があとから
追いついて
来て、おしりでもしゃぶれといったことを
残らず
訴えました。すると
神さまは、
大そうおおこりになって、いったん
帰りかけた
蛙をお
呼びもどしになりました。そして、
蛇に
向かって、
「
蛙がおしりをしゃぶれといったのならかまわない。これから、おなかのへった
時には、いつでも
蛙のおしりからまるのみにのんでやるがいい。」
とおっしゃいました。そこで
蛇は
大そうよろこんで、いきなり
蛙をつかまえて、おしりからひとのみにのんでしまいました。これで
蛇の
食べ
物がきまったので、
神さまがお
帰りになろうとしますと、小さな
声で、
「もし、もし。」
と
呼びながら、
地の中から出て
来たものがありました。それは、目の
見えないみみずで、目が
不自由なものですから、こんなに
来るのに
手間をとってしまったのです。
「もし、もし、
神さま、わたくしは、
何を
食べたらよろしゅうございましょうか。」
とみみずがいいました。
神さまのお手には、なんにももう
残ってはいませんでした。そこで、めんどうくさくなって、
「
土でも
食べていろ。」
とおっしゃいました。すると、みみずは
不足そうな
顔をして、
「
土を
食べてしまったら、
何を
食べましょうか。」
としつっこくたずねました。すると
神さまはかんしゃくをおおこしになって、
「
夏の
炎天にやけて
死んでしまえ。」
とおしかりつけになりました。そこで、みみずは
土を
食って
生き、
夏の
炎天に出ると、やけ
死んでしまうのだそうです。
すずめときつつき
むかし、すずめがせっせと
鏡に
向かって、おはぐろをつけていますと、おかあさんが
死んだという
知らせが
来ました。びっくりして、おはぐろを
半分つけかけたまま、すずめはおかあさんの
所へ
駆けつけて
行きました。
神さまはすずめの
孝行なことをおほめになって、
「すずめよ、
毎年これから
稲の
初穂をつむことを
許してやるぞ。」
とおっしゃいました。でもおはぐろは、つけかけたまま
途中でやめたので、すずめのくちばしは、いまだに下だけ
黒くって、上の
半分はいつまでも白いままでいるのです。
それとはちがって、きつつきは、おかあさんの
死んだ
知らせが
来ても、
鏡に
向かって
紅をつけたり、おしろいをぬったり、おしゃれに
夢中になっていて、とうとう
親の
死に目に
合わなかったものですから、
神さまがおおこりになって、
「お
前は木の中の
虫でも
食べているがいい。」
とお
申し
渡しになりました。それできつつきはいつも木の
枝から
枝を
渡り
歩いて、ひもじそうに
虫をさがしているのです。
物のいわれ(下)
[#「(下)」は縦中横] ふくろうと
烏 むかし、ふくろうという
鳥は、
染物屋でした。いろいろの
鳥がふくろうの
所へ
来ては、
赤だの、
青だの、ねずみ
色だの、るり
色だの、
黄色だの、いろいろなきれいな
色に
体を
染めてもらいました。
烏がそれを
見て、うらやましがって、もともと
大そうなおしゃれでしたから、いちばん
美しい
色に
染めてもらおうと
思って、ふくろうの
所にやって
来ました。
「ふくろうさん、ふくろうさん。わたしの
体を、
何かほかの
鳥とまるでちがった
色に
染めて
下さい。
世界中の
鳥をびっくりさせてやるのだから。」
と、
烏がいいました。
「うん、よしよし。」
とふくろうは
請け
合って、さんざん
首をひねって
考えていましたが、やがて
烏をどっぷり、
真っ
黒な
墨のつぼにつっ
込みました。
「さあ、これでほかに
類のない
色の
鳥になった。」
とふくろうはいいながら、
烏を
引き
上げてやりました。
烏はどんな
美しい
色に
染まったろうと、
楽しみにしながら、
急いで
鏡の
前へ行って
見ますと、まあ、
驚きました、
頭からしっぽの
先まで
真っ
黒々と、目も
鼻も
分からないようになっているではありませんか。そこで
烏は、よけい
真っ
黒になっておこりながら、
「
何だってこんな
色に
染めたのだ。」
といいますと、ふくろうは、
「だって
外に
類のない
色といえば、これだよ。」
といって、すましていました。
烏はくやしがって、
「よしよし、ひとをこんな目に
合わせて。
今にきっとかたきをとってやるから。」
とうらめしそうにいいました。
その
時から
烏とふくろうとは、かたき
同士になりました。そしてふくろうは
烏のしかえしをこわがって、
昼間はけっして
姿を
見せません。
蜜蜂 むかし、むかし、
大昔、
神さまがいろいろの
生き
物をお
作りになった
時に、たくさんの
蜂をお
作りになりました。そのたくさんの
蜂の中に、
蜜蜂だけが
針を
持っていませんでした。
蜜蜂は
不足そうな
顔をして、
神さまの
所へ行って、
「ほかの
蜂はみんな
針を
持っておりますが、わたくしだけは
針がありません。どうか
針をつけて
下さい。」
といいました。
「いいや、お
前は
人間に
飼われるのだから、
針はいらない。ぜひほしいというなら、
針をやってもいいが、
人間を
刺すことはならないぞ。もし
間違えて
刺したら、
針が
折れて、
命がなくなるぞ。」
と、
神さまがおっしゃいました。
「けっして
刺しませんから、どうぞ
針を
下さい。」
と、
蜜蜂がいいました。
「それなら
針をやろう。」
と、
神さまがおっしゃって、
蜜蜂に
針を
下さいました。そこで
約束のとおり、
蜜蜂には
針はあっても、
人間を
刺しません。
刺せば
針が
折れて、
命がなくなるのです。
ひらめ
むかし、いじの
悪い
娘がありました。ほんとうのおかあさんは
亡くなって、
今のは
後から
来たおかあさんでした。それで
何かいけないことをして、おかあさんにしかられると、おかあさんが
自分をにくらしがってしかるのだと
思って、いつもうらめしそうに、おかあさんをにらみつけていました。
ところがあんまりおかあさんをにらみつけていたものですから、いつの
間にか目がだんだんうしろに
引っ
込んで、とうとう
背中の
方に
回ってしまいました。そして
娘はひらめというお
魚になってしまいました。
そういえばなるほど、ひらめというお
魚は、目が
背中についています。ですから
今でも、
親をにらめると、
平目になるといっているのです。
ほととぎす
むかし、
二人のきょうだいがありました。
弟の
方は
大そう
気立てがやさしくて、にいさん
思いでしたから、山へ
行ってお
芋を
取って
来ると、きっといちばんおいしそうなところを、にいさんに
食べさせて、
自分はいつもしっぽのまずいところを
食べていました。けれどもにいさんは目が
見えない上に、ひがみ
根性が
強かったものですから、「
弟がきっと
自分にかくしていいところばかり
食べて、
自分には
食いあましをくれるのだろう。ひとつおなかを
裂いて
見てやりたい。」と
思って、とうとう
弟を
殺してしまいました。
けれども
弟のおなかの中には、お
芋のしっぽばかりしかはいっていませんでした。
正直な
弟を
疑っていたことがわかると、にいさんは
大そう
後悔して、
死んだ
弟の
体をしっかり
抱きしめて、
血の
涙を
流しながら
泣いていました。
すると、
死んだ
弟の
体から
羽が
生えて、
鳥になって、
「がんくう。がんくう。」
と
鳴いて、
飛んで行きました。
「がんこ」というのはお
芋のしっぽということです。
弟は「お
芋のしっぽをたべている。」ということを、「がんくう。がんくう。」といって、
鳴いたのでした。
すると
兄はいよいよ
弟がかわいそうになって、これも
鳥になって、
「ほっちょかけたか、おっととこいし。」
と、
鳴き
鳴き
弟のあとを
追って
飛んで行きました。
毎年うの
花の
咲くころになると、
暗い
空の中で、しぼるような
悲しい
声で
鳴いて
飛びまわっているほととぎすは、人によって「がんくう。がんくう。」と
鳴いているようにも
聞こえますし、「ほっちょかけたか、おっととこいし。」と
鳴いているようにも
聞こえます。これは
鳥になったきょうだいが、やみ
夜の中で、いつまでも
呼び
合っているのだということです。
鳩 鳩もむかしは
親不孝で、
親のいうことには、
右といえば
左、
左といえば
右と、
何によらずさからうくせがありました。ですから、
親鳩は
子鳩に山へ行ってもらいたいと
思う
時には、わざと
今日は
畑へ出てくれといいました。
畑へ
下りてもらいたいと
思う
時には、わざと、
今日は山へ行ってくれといいました。
いよいよ
親鳩が
死ぬとき、
死んだら山のお
墓に
埋めてもらいたいと
思って、その
時もわざと、
「わたしが
死んだら、川の
岸の
小石と
砂の中に
埋めておくれ。」
といい
残しました。
親鳩に
別れると、
子鳩は
急に
悲しくなりました。そしてこんどこそは
親のいいつけにそむくまいと
思って、そのとおり
河原の
小石と
砂の中に、
親のなきがらを
埋めて、小さなお
墓を
立てました。
ところが川のそばですから、
雨がふって、
水がふえて、
河原に
水が
流れ
出すたんびに、
小石と
砂がくずれ
出して、お
墓もいっしょに
流れていきそうになりました。
子鳩はよけい
親鳩をこいしがって、ぽっほ、ぽっほといつまでも
悲しそうになきました。
せっかく
孝行な
子供になろうと
思っても、
親のいなくなったのを、
鳩は
今でもくやしがっているのだそうです。