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われは曙にさまよふ影なり、
亡びんとする或物なり、
亡ぶるを否み難きものなり。
われは珊瑚の色したる灰なり、
暮れゆく春の
われは
わななきて氷の上に傾く
おお、この崩れ落つる火の傷ましさ、
熱もなく、音もなく、寄る人もなく············
唯はかなげに、青みつつ薄赤し。
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わが行手こそ闇なれ、真冬なれ、
あまたの児を伴れし
苦痛へ、苦痛へ、氷の路へ············
「生」の嵐は無残の爪を垂れて我に掴みかかる。
我は常に
高く悲鳴し得ざる所以なり。
はた、我は
怨むべき
ただ恃むは、わが
水の底の
また恃むは、我に
やはか、我を棄てじ、
生き得る限り生きん、生返らん。
恥辱も寧ろ
我は、かよわく、蒼白き全身を
苦痛へ、苦痛へ、闇の路へ············
我は、かの「虚無」に
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ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
しき石路や、ぬかる路、
雨のふる日も晴れた日も、
樫を
堅い二つの
強い駱駝が根気よく
長い沙漠を行くやうに、
醜い
そことめあては無いながら、
亀の歩みを続けてく。
ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
彼れは
とくの昔に忘れてる。
青い
生れた日なんか思ひ出そ。
黒い苛酷な宿命の
悪病ゆゑに身は腐り、
親きやうだいに捨てられて
唯もう常に飢ゑてゐる。
以前は人を怨んだが、
そんな余裕も今は無い。
ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
その淋しそな、単調な
車の音に合せつつ、
断えず歌ふは歌でない、
慰めがたいたましひが
爛れた肉を噛み裂いて
おのが
唯くるしさと、ひもじさを
刹那々々に投げ出だす
荒い、短い、
ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
すべて忙しい世の中に
乞食の歌を誰が聞かう。
路ゆく人は目を
おまはりさんは叱り飛ばし、
わんぱくどもは石を投げ、
馬車、自動車は
地にへばりつく憂き身には、
風も邪慳に吹きつける、
雨もはげしく降りかかる。
ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
大川端をあるく時、
彼れは折々おもひつめ、
いつそ死のかと、楽しそに
水をば覗くこともある。
しかし、木賃の片隅に、
彼れの子供が待つことを、
思ひだしては、曇つてた
「ああ、生きてたい」かう云つて、
また漕いでゆく、ことことと············
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われにも家あり、
花もなく、光もなく、愛もなく、飾りもなく············
くろがねを
これ、わが家なり。
無限の苦痛に対して
早く、わが感覚は慣されたり。
わが家は地の底に建ちて、唯だ
石および氷よりも冷えし
われは黙々として妄動す。
そは効果あるか、無駄なるか、
われ知らず。
唯だ、妄動は我が今日のすべてなり、
我は久しく太陽を見ざれど、
恐らく、彼は音の如く天の半を横ぎるならん、
太陽のために賀す、既に汝の
わが
いみじき光を有つ多くの星も、はた、
かの最も高き空の奥に遊びつつ、
我に一瞥だも投ぐる
我は其等の星をも賀す。
我は知る、この
また知る、
なつかしきかな、狭く、つめたき
よさの・ひろし