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樹木とその葉

枯野の旅

若山牧水




   ○


乾きたる

落葉のなかに栗の實を

濕りたる

朽葉くちばがしたにとちの實を

とりどりに

拾ふともなく拾ひもちて

今日の山路を越えて來ぬ


長かりしけふの山路

樂しかりしけふの山路

殘りたる紅葉は照りて

餌に餓うる鷹もぞ啼きし


上野かみつけの草津の湯より

澤渡さわたりの湯に越ゆる路

名も寂し暮坂峠


   ○


朝ごとに

つまみとりて

いただきつ


ひとつづつ食ふ

くれなゐの

酸ぱき梅干


これ食へば

水にあたらず

濃き露に卷かれずといふ


朝ごとの

ひとつ梅干

ひとつ梅干


   ○


草鞋よ

お前もいよいよ切れるか

今日

昨日

一昨日をとつひ

これで三日履いて來た


履上手はきじやうずの私と

出來のいいお前と

二人して越えて來た

山川のあとをしのぶに

捨てられぬおもひもぞする

なつかしきこれの草鞋よ


   ○


枯草に腰をおろして

取り出す參謀本部

五萬分の一の地圖


見るかぎり續く枯野に

ところどころ立てる枯木の

立枯のならの木は見ゆ


路は一つ

間違へる事は無き筈

磁石さへよき方をさす


地圖をたたみ

元氣よくマツチ擦るとて

大きなる欠伸あくびをばしつ


   ○


頼み來し

その酒なしと

この宿の主人あるじ言ふなる


破れたる紙幣とりいで

お頼み申す隣村まで

一走りて買ひ來てよ


その酒の來る待ちがてに

いまいちど入るよ温泉いでゆ

壁もなき吹きさらしの湯に






底本:「若山牧水全集 第七卷」雄鷄社


   1958(昭和33)年11月30日発行

入力:柴武志

校正:浅原庸子

2001年5月3日公開

2005年11月10日修正

青空文庫作成ファイル:

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