手提鞄の右肩に赤白の円い飛行会社のレベルがはられた。「航空ユニオン。27」廻転するプロペラーの速力を視覚に印象させるような配列法でこまかく、赤白、赤白。
[#ここから2段組み、横書き、底本では前後の文とは改行しない]
巴里。 ロンドン。 リオン。 マルセーユ。
9.オーブル通 ヘイマーケット パレス・ホテル 1.パーベル通
[#ここで2段組み終わり]
レベルは射的店の風車に似ている。
四時間前、鞄は巴里の飛行会社で白エナメルの計重器の上にあった。いまそれはロンドンのただなかにある。ホテルの古風なセセッション式壁紙の根っこに置いてある。
少しばかりの着物の束を押しつけてオリーブ色の手帳、大日本帝国外国旅券NO・084601が入っていた。あっちこっちで引くり返され端がささくれ始めた第七頁には携帯人の写真、第十五頁に英国旅券掛の紫スタンプが七シリング六ペンスの皇帝ジョージの横顔の上に押してあった。そして書いてある。三週間以内ノ英国滞留ヲ許可ス、と。
手に赤い厚紙切符を握り日本女は
ロンドンは八月の太陽の下に
八月のロンドンの空気は乾燥している。毛織物を食う虫はこの空気中では湧かないのだそうだ。だが、かわいた空気はざらついた。そして喉の奥を引っかいた。そういう空気を押し破って下町から山の手に、山の手から下町へ陸続進む
泰然として
色とりどりにふんだんな野菜がある。
白レースを額の前につけ黒絹靴下できりっとした給仕女である。
そしてタイル張の床の上でそういう給仕女もテーブルにむかって坐っている客達も一種特殊な技術でたくみに各自の声の限度を調節してやっている。
||何を上りますか?
給仕女の声は自然であって自然でない。
||冷肉とサラドを貰いましょうか。
それはミセス・XX《エッキスエッキス》の地声だ。が、
こういう話しっぷりそっくりな中流住宅がロンドン市いたるところで目についた。むずかしいことはない。三ペンス払って
小指にはまった指環が暑い日光に光ってひっこんだ。日本女の前にレモンをそえたドーヴァ
ドーヴァ鰈のフライは、頭から食べてもしっぽから食べても、靴をぬいで食べないかぎり英国の徳義には触れぬ。魚は新鮮である。胃はからだ。片身がきれいにとれると美しい骨格が現れた。が、黄色鮮やかなレモンの皮に向ってひろげた魚族の骨の真中に、日本女は小さい小さい飛行機の機影が映っているように感じた。ドーヴァ海峡の海の水を霧の上空からみおろすと紫がかった灰色だった。海の面に毎日飛行機の影がとぶ。影は水をとおす。水の中を泳ぐ魚の体の上にもうつる。フォークをひかえて、日本女はしばらく近代魚類体中の飛行機をロンドンに於て生新に感覚し、それからそれを引っくりかえし愛情を感じつつ皆食べてしまった。
ホワイト・チャペル通の右側は掘じくり返し積み上げたコンクリート道路工事の塹壕である。乗合自動車、貨物自動車、荷馬車。互に待ち合わせ強烈な爆音中で時間の感覚を失いながらのろのろ進行した。
横丁にずらりと露店が出ている。バナナ、駄菓子、古着、ボタン紐、道路工事に面する大通のペーヴメントにはほこり、古新聞のほご、繩片、煙草の吸殼等が散っている。子供を片腕にかかえ、袋を下げた神さんが行く。白粉と紅との下から皮膚の垢を浮出させた十八ばかりの可憐に粗末な造花、安女店員がいそぎ足で通る。手のついたブリキ罐をぶら下げ格子木綿の服を着た男の子供が、格子木綿の女の子の服を着た弟の手を引っぱって行った。子供はどっちも帽子なしである。ポヤポヤした彼らの薄赫い髪の毛を八月の土曜日の太陽がすき透した。コーセット店のショー・ウィンドウが埃をかぶっている。山の手では見られない古風な紐じめ大コーセットが桃色である。
気がぼっとする穿鑿機の爆音のうちへ、或はその中から、通行人は歩道へぎっしりだ。ひどいぼろ服に鳥打帽や古山高を後へずらしてかぶり、カラーなしの男たちがあっちに二三人、こっちに一塊り立って、ぼんやり働く人間の群の方を眺めている。英国の登録されたる失業者総数凡そ百二十六万人弱。
選挙のとき労働党は民衆に約束した。「労働党はただちにそして実際的に失業問題に処すべき無条件誓約を与える」数年間にわたっての失業救済事業案が出た。幼年者補助養老扶助年限が繰下げられた。しかし同時に統計は示している。労働党治下の失業保険掛員は七月一杯だけで、保守党時代よりさらに多く、五千人の失業者にたいして補助をこばんだ、と。イギリス労働組合保険連盟は「本気で職業を求めていぬ」という微妙な心理的理由によって失業保護を拒絶する権利をもっている。同じ労働組合の協定によって鉄道従業員、木綿羊毛織工及炭坑夫は国家の工業をたすけるべく数パーセントの賃金切下げを決定された。従業員の賃金を2・1/2パーセント切下げているうちに、鉄道事務員組合書記エー・ジー・ワークデン氏のところでは年俸二百五十ポンドが年俸千ポンドに上昇しつつある。
||大通からコムマアシャル街へ入ると人通りもへった。穿鑿機の音響は遠く息苦しい空気のかなたにある。しばらく行く。右側に古風な軒燈が一つ。軒燈には黒字で「トインビー・ホール」。トインビー・ホールはオックスフォードおよびケムブリッジ大学卒業生によって経営される知らぬ者のない英国セットルメント事業の本山である。暗い円天井の壁門の内側に一枚の貧児夏期学校へ寄附募集のビラがはられている。ビラは古い。破れている門を抜けると内庭がある。つたの青々からんだ塀と建物が静かに内庭を囲んでいた。「貧民法律相談所」矢のしるしが建物の裏を示している。
内庭にも受付にも人がいない。受付の横から狭い廊下があっちへ通っていて、箒を持った働き女の姿が見えた。日本女はその働き女を呼び止めた。長方形白封筒を渡した。暫くすると別なやや知的表情のある女がその奥の暗い方から出て来た。日本女と話して引込んだ。今度はその女自身が白封筒を手にもって戻って来た。
||今日は土曜日でもう誰もいないからおめにかけることが出来ません。月曜日にいらして下さいな。
||土曜日の午後は休みなのですか?
||そうです。すっかり休みます。
なるほど! 銀行会社の休日にはセットルメント事業も休日だということは知らなかった。内庭に立って古色蒼然たる蔦を眺めていたらこれも歴史的な金網入りの窓の奥に真白いテーブル掛が見えた。そこで新聞を読みつつ午後の茶を飲んでいるところの一紳士の横顔が見えた。
||休みの土曜の午後か。ロンドンの困窮せる人はすでにこの習慣を知っているのだろう。だから勤めの休みな土曜日の午後はトインビー・ホールへ来ず、いつか別な日に勤めを休むか早びけかにして来るんだろう。しかし、その目でモスクワを見て来た日本女はロンドン人のように忍耐強くない。
門を出ると往来に面した掲示板に、九月二十三日開始の成人教育プログラムがはり出されていた。経済、文学、歴史、英語、仏語、独語、劇、雄弁術、美術、音楽、民族舞踊、応急救護法。一科目料金五シリング。ここでは経済という字が中世風のゴシック書体で書いてあった。
下半身にはズボンがある。上半身ははだかのところへじかにぼろ外套を引っかけた十四五の少年が角に立っている。並んで山高を頭にのせた中爺がいた。中爺は帽子を脱いでその中を見ながら片手でごしごし頭をかいた。帽子をまた頭へのせた。ペッ! 地面へつばした。そのとき半はだかの少年はのろのろ歩き出して傍の半分壊れた板がこいの横へ入った。崩れた煉瓦がごたごたかためてある。その中へ入って往来からは彼の姿が見えなくなった。
通行人の六割はそこへ吸い込まれる。ホワイト・チャペル通へ出た角の
雑踏にもまれる店内の空気は、ヨーロッパわきがにかかっている。眼鏡部から動かぬヴィクトリア時代の
鉄柵の奥に散歩道があった。左右が花壇だ。草は溢れる緑だ。樹も緑だ。緑の草原は自然の起伏をもって丘となり原となり、英国のオリーヴ色がかって緑の深い樹蔭をそこここに持っている。自家用自動車専用道路が公園を貫いて走った。その道の上、アルバート・ホールの海老茶色大釜みたいな建物の屋根を見渡すところに、大理石のヴィクトリア・アルバート記念塔が立っていた。ヴィクトリア女皇と、その夫との生涯は公園の記念塔においてきわめて美的感覚に欠如した植民地擬人群像に集約されてしまっている。
しかしこれはみんな公園の往来に近い側のことである。
公園の奥にはりすがいた。そこのにれ、かしは大木だ。りすはロンドンでも野獣らしい敏捷さでしっぽで釣合をとりとり頭を逆さまにしてにれの大木の垂直線をかけ下りた。枝から枝へ飛び移ってキキキと叫んだ。一人の紳士がステッキを腰の後へかって梢を見上げ、舌を鳴らしながら南京豆をのせたてのひらをさし出した。りすは野生な注意深さを失っていない。キキと叫び、南京豆を見下し、尻尾をピク、ピク、動かしている。にれの葉が散った。その音がきこえる。
ベンチは散歩道にそって並んだ。緑色に塗った賃貸し椅子は居心地よい草原のいたるところにあった。若い母親が草原へ布をひろげはだかにした赤坊を遊ばしている。母親自身も靴をぬぎ、草の上へ、赤坊の横へころがった。そばの賃貸し椅子には脱いだ外套がかかっている。
カーキ色のうわっぱりを着た番人が公園を歩きまわった。椅子の賃は一日三ペンスである。
山の手公園にその他あるものは書籍。パイプ。犬。||人は英国のこういう公園の中にあって英国の
英国人は公園に北方民族の気質をよく現している。英国人は世界の大商人、政治家になり紳士というものになったが彼等は殺した牛を丸焼きにして食った味と弓矢を背負って山野を歩きまわった心持を血とともに失わない。イギリス人は公園をそこでは自然対人間の割合が100:30の比率であることを心がけている。人間のうちにあっては、例えばスノーデンがヘーグでは100パーセントの英国人で英国の利害を主張している時、それを支持するロンドン中流男女は、自然的公園の樹蔭をスコッチ・テリアをつれパイプとともに散策しつつ彼らの沈着な
草原は低い鉄柵で囲まれている。
鉄柵に片脚ひっかけ、平行棒をまたぎそこなったようなかっこうで一人の酔っぱらいがふらついていた。垢の光沢だけが見える服だ。カラーはない。鳥打帽をかぶっている。鉄柵から華やかな喫茶店のひよけ傘まではただ数歩の距離だ。四十がらみの一見まごうかたないその失業酔っぱらいは鉄柵の上でふらふらしながら満足した人々の群を眺めていた。永いこと眺めた。それから帽子を手に持ち、やっこら鉄柵をこっちへ越した。そして直ぐテーブルの傍の草原へ来て仰向にころがった。
赫黒い顔のついたぼろだ。
雀はテーブルのまわりでこぼれた菓子の粉をついばみピョンピョンとんでねている酔っぱらいの髪の毛のそばまでまわった。
酔っぱらいは草の上へひっくる返っていた。やはり永い間そうやっていた。やがて交る交る膝をついて立ちあがりふらつきながら鉄柵へもどった。然しそこをあちらへは出られない。片手をあげて鳥打帽をぐいと額の上へかぶりなおした。満足した人々はいい装をして静かに草の上で茶を飲んでいる。酔っぱらいはあるき出した。給仕が盆をかついでとおる道の上を||テーブルとテーブルと、ひよけ傘とひよけ傘との間の道を黙ってふらつきながら歩きだした。人々は自然な要求で酔っぱらいの方を見た。が、風体を見ると彼等は云い合わせたように一目で眼をそらした。品のいい話声。茶碗の音。笑声さえするそれは不思議な無人境だ。酔っぱらいは黒い存在と自身の重圧に苦しみながら動いて行った。
行手のプティング・グリーン(球遊びリンク)で英国家庭の見本が午後を楽しんでいる。二人の息子をつれた夫婦と元気な老母づれの青年は軽くクラブを振りながら小さい球を草の間の穴へ打ちこんだ。
セント・ジェームス公園にも、グリーン公園の草原にも、彼等のからだのまわりの草の上へ煙草の吸殼を散らしながらほとんど一日そこで日に当っている失業者がたくさんあった。或者は眠った。草へ腹ん這いに突伏して眠った。減った靴の裏へロンドンの八月の草がそよいだ。グリーン公園の横通りでロスチャイルドが数十万ポンドの費用で邸宅修繕をしていた。だが、その起重機の音は公園の樹蔭までは響かない。||
書店のショー・ウィンドウ裏の新聞雑誌売場。一八六九年創立の『グラフィック』。一九〇七冊目の『スケッチ』その他。吊したり積んだり斜かいに立てたりした刊行物の洪水の奥に、ダブル・カラーの男が胸から上だけ出して立っている。男の手にある小型の雪掻きのような道具が小銭をのせて引込み、新聞と釣銭をのせてふたたび現れ、活溌に印刷物の上を往復した。印刷術の進歩と六ペンス・ロマンスに対する欲求の膨張が売子と買いての距離を広くした。伸びる手の長さでは間に合わなくなったんで、こんな道具が出来た始末である。
日本女はそこで或る朝『デイリー・ヘラルド』を買おうとした。売切れた。翌朝また出かけた。また無い。売子は代りに『タイムス』を小型雪掻きの上へのせ突出した。
見事な紙に二十四頁刷ってあるタイムスは四ペンスである。これもたまにはいい。何故ならTHE《ザ》という定冠詞とTIMES《タイムス》という名詞の間に獅子と馬の皇帝紋章が楯をひろげている第一面の下は、全部個人広告欄だ。外国人は時々それを見ることによって、少くともローヤル・アカデミー会員の描いた肖像画展覧会に於けると等しく、英国のあらゆる位階勲等を学ぶことが出来る。包紙としてもなかなか丈夫で役に立った。然し日本女は『デイリー・ヘラルド』を欲しいと思う。
ホテルの玄関は石張りである。そこへ若い女が膝をついてしゃぼんをつけたブラッシュと雑巾を手にもって床洗いをしている。鍵番の爺さんに日本女は明日の朝から『デイリー・ヘラルド』を配達して呉れと云った。するとその金ボタンの大入道は小さい日本女を見下しつつ、云った。
||それは労働党新聞です、
||知っている。それがほしいんです。
||デイリー・ヘラルドを?
||そうです。
||かしこまりました。
翌朝室の戸をあけたら、靴の上にきちんとのっかっているのはデイリー・メイルだ。
||貴方デイリー・メイルをよこしたのね。玄関へ行って日本女は云った。
||あれならいらない。デイリー・ヘラルドよこして下さい。······きっと、ね?
||かしこまりました。
次の朝は||もう何にもよこさない。
ラムゼー・マクドナルドの髯の大さはこの頃一種の目立ちかたをして来た。政権をとっては左であり得ず、またそのような「分らず屋」でもないことを英国の資本主義と保守とに向って事実上表明しつつある労働党が、山の手では今なおかくの如く左翼であり得るのだ!
「トロカデーロ」の喫茶室は昼でも人工の間接照明だ。眉毛を描いたピエロが赤絹の飾帯を横へたらしてロマンスを唄っている。種々なサンドウィッチ、菓子、果物サラドの全行程をリプトン紅茶とともに流し込んで、丈夫な群集にピエロが描いた細い眉をあげながら
だが、彼女の皮膚はきっと冷っこいのだ。それは若々しい彼女自身がしなやかな一つの楽器ででもあるようにああやって立ってヴァイオリンを顎の下へ当てがってる工合でわかる。
この時百貨店スワンの五階で、マニキン学校卒業の一人の美しいマニキンが着換のため急いで
これ等はどれもチャーリング・クロスから遠くないところにある情景だった。チャーリング・クロスは古本屋通である。交通機関が立てるちりは古本屋の店頭で
古本屋の向い側に一軒衛生薬具販売店があった。ショー・ウィンドウにいろいろゴム製品と封された薬品が並べられていた。黒のむぎわら帽をかぶり紺の
衛生薬具販売店の男は藍色のパンフレットを五冊大きな封筒に入れその女に渡した。女は去り、濡れたコンクリート床へさっきの紙切がとんではりついた。「産児制限。無代進呈。女性への忠言、産児制限、効用並害悪、良人と妻の便覧、妻の知識、以上五冊の有益なる医学書を最も有効にして無害なる産児制限具の図解カタログとともに無代進呈す。チャーリング・クロス九五番。衛生薬具販売店」。
『労働者生活』購読者はその死亡広告に現れる平均年齢六十九歳というタイムスの読者のように家庭医というものは持っていないのだ。だからこれは衛生薬具店の商売法として合理的な性質を帯びた一つの儲け方なのだ。が、それ等のパンフレット第三冊にある哀切な笑えぬ笑い、近代の貧乏について果して何人の英国諧謔家がその同感をよせているであろうか。「衛生的貧者の友」と名づけられるゴム製品がある。それは強靱な厚いゴムによって作られ、特殊な装置によってそれ一つを伸せばワッシャブル・シースとなって夫のため、巻きちぢめればペッサリーとなって妻のため「かくて数年間使用に堪ゆ。資力に限りある者にとっては最も適当、実用的なるものなり。」
日本女は再びトインビー・ホールの受付へ白封筒とともに現れた。そして水色の服を着た受付の若い娘の後について育児相談室、職業相談室その他を見て廻った。月曜日だ。が、主事は留守だ。相談をもって来る筈の人々も留守だ||どの室にも誰も来ていない。がらんとした室の奥にテーブルがあり、その前で鼻眼鏡をかけたレディが一人で何か記入している。九月になれば講義の始る狭い講堂ではちりをかぶった床几が夜明け前のカフェーだ。窓からさし込む八月の午後の光が灰色の壁の上に逆に立った床几の脚の影を黒くうつしている。何とも云えずあたりは静かである。
別棟に真中が磨滅した石の階段がついている。階段は危っかしく暗い。そこを登る時はすっと涼しくなった。左手に木の低い戸が半分開いて年とった女の声がした。内部も天井が低く室全体が陰気で暗かった。黒くよごれた裸のテーブルと床几が並んで粗末な白い茶碗がそこここに出ている。暗い奥に前垂をかけた働き婆さんが二人だけいて天井に声を反響させながらしゃべっていた。トインビー・ホールへ来る「彼ら」は二ペンスの茶をこの中で飲ませて貰うことが出来た。
||これは改良する余地がありますね。すると水色服の娘は直ぐ快活に答えた。
||けれど無いよりはこれでもましなんです。
中庭に隣接した高い赤煉瓦の建物の裏を見上げた。鉄のバルコンと無数の洗濯ものがそこにある。青々と蔦のからんだ建物は云わば主家である。民衆教育の開拓者トインビーが十九世紀にここを建てて以来の細い廊下がその内部をぐるぐるうねっている。窓は鉛条入りのはめきりガラスで当時からとざされたまんまだ。教会内陣めいたその廊下の壁にいくつも写真がかけてある。案内の娘はそれを指しながら満足気に説明するであろう。
||これが一九三〇年[#「三〇」に「ママ」の注記]にとられたものです、それからこれが昨年の。真中に坐ってらっしゃるのが今の監督です。
それから、
||あら! ここに日本の女の方もいますよ!
確にそれは日本婦人だった。日本女子大学卒業生型の日本女性代表だ。||が、大体これらの写真はおかしい。一枚の成人教育課程終了者群の写真も無い。
||ここで働いている方たちの食堂です。(オックスフォードやケムブリッジ大学には、月千五百円つかう学生だってある。)
娘は隅のテーブルへ連れて行ってアルバムをひろげ日本女の署名を求めた。
往来に面した掲示板に今日は成人教育プログラムともう一つの紙が貼られている。
ホワイト・チャペル通の交叉点を過ると、街の相貌がだんだん違って来た。家並が低くなった。木造二階家がよろめきながら立っている。往来はひろがり、タクシーなんか一台も通らない。犬もいない。木もない。そして人も少い。太陽だけが頭のテッペンから眉毛の抜けたような街を照りつけている。先の見とおしばかりきく一種の臭いのする白昼の街を
こんな街に向って「
そばのくぐり門を入ると左側に二つ並んでテニス・コートがあった。硬球だ。黄色い運動服を着た女学生と白ズボン、白シャツの青年が愉快そうにテニスをやっている。門外の告示に書いてあった。テニス・コート使用料一時間二シリング。電話
その辺には誰もいない。温室のようなガラス張の天井があちらに見えた。
携帯品あずけ所と洗面所は清潔だ。
いくら笑っていても日本女は英国人の愛するお伽噺の女主人公美しきシンデレラではなかった。既に過去何十年間かこの
門の方へ出て来ると、黒い水着を丸めて手に持った少年が番人に六ペンスはらって入って来た。水浴だ。黄色い運動服の女学生の姿は、一時間二シリング分だけネット裏で美しい。
人通りのない鉄柵に沿った暑いがらんとした通りをアイス・クリーム屋が通る。手押車にブリキ罐だ。
||JOES《ジョース》 ICE《アイス》! JOES《ジョース》!
古本屋みたいな窓の中はぎっしりの本だ。あなたの運命を自身で判断しなさい。手相占の本もある。ボール札が紐でつる下っている。
諸君ノ図書館ヲ利用セヨ。
古本屋は
屋根にトタン板を並べた鋳鉄工作所から黒い汚水と馬糞が一緒くたに流れ出して歩道の凹みにたまっている。
内部は何があるのか解らぬ古コンクリート塀がある。
からからした夏の太陽ばかりがこれらゆがんで小さい人間のいろんな試みの上に高くて、路幅は広くて、真直な行手は空っぽだ。人々はここで何を食べ着るのか。そんな種類の店がいたって少ない。
この裏から
公園には樹があった。
樹は青い。樹の下にベンチがあった。両肱の間へ頭を挾んでベンチへまるまって寝ている男がある。
パイプのない口をぼんやりつぼめて、爺が地べたを見ている。
日向では婆さん連が並んで、黙って、ロンドンの紫外線少い夏を吸い込もうとしている。日向だと空気中に何だか匂いがした。
円い池があった。遠浅で下は砂だ。子供等が膝の上まで水に浸って遊んでいる。
ヴィクトリア公園の池でほっぺたのこけた顔色わるい子供達は玩具がないから脚で水をバジャバジャ蹴ったり、棒切れで仲間に水をはねかしたりした。笑わず遊んだ。大人みたいな様子の女の児の白い下着の裾が水に濡れた。垢じんでるところを濡れたので尻の上まで鼠色にくまがひろがった。水の中へ立ったまんま、十ばかりの男の子がずっと自分より背の高い子を顎の下から突上げた。突かれた方のは、やっと立ってる位のちびの頭の毛を掴んで水へ突込みそうにしてはギャアギャア云わせていたのだ。池の岸に赤セルロイドのしゃぼん箱のふたがころがっていた。
池を眺めて並木路が通っている。木の根っこのこぶに腰かけて半ズボンの男の子が靴下を穿きかけている。前に両方の紐でくくりつけた靴がほうり出してある。
そばでもう一寸年の小さいのがやっぱり同じ作業をやっているのに低いかれたどす声で何か云っている。
||何だって? なぐるぞ。
同じ低いどす声で云って顔を動かさず靴下を引っぱり上げている。
木の箱へ何かの鉄たがで工面したような輪が四つくっついている。繩一本地面にのたくっている。それで引っ張るように、木の箱の中へ赤坊が入っていた。額に横皺の出たしなびた赤坊が入れてあった。赤坊もそれより大きい子供たちもここではロシアのバラライカを逆に立てたような顔付をしていた。逆三角は人間の顔ではない。だから見る者の心臓にその形が刺さった。耳の横や食い足りない思いをして居る大きな口のまわりに特に濃く、そして体全体に異様にねっとり粘りついている蒼黒さは
並木路のまんなかを一人の男の子が小便しながら歩いて来る。
子供の生活に興味を示しているような大人はこの辺に一人もいなかった。小さい稼がぬ人間と稼いでも稼いでも碌な飯の食えない人間と稼ぎたくても稼ぐに道のない人間とがあるだけだ。
ヴィクトリア公園を二分する道路のあちら側に鉄門があって、そっちに草原がひろがっていた。おふくろのを仕立直したスカートをつけたお下髪の女の子そのほかが草原で遊んでいる。草原は禿げちょろけだ。短い草が生え、ところどころ地面が出ている。賃貸し椅子はない。人間につれられて駈けつつ首輪を鳴らす犬はいない。
公園の外を一条の掘割が流れている。橋の欄干にひじをかけて男が二人どこかでテームズ河に流れ入るその水の上を眺めている。鉄屑をのせた荷舟が一艘引船で掘割をさかのぼって行くところである。舟をひいているのは馬だ。一人の男がよごれた背広で馬の横、コンクリートの上を歩いて行った。
再び二階建の家。家の裂目から気違いのようにでこぼこした小屋が飛び出て居た。家。家。赤煉瓦の家。
街角。赤襟巻の夕刊売子がカラーなしの鳥打帽をつかまえて云っている。
||ペニー足りねえよ!
||うむ······ねえんだ。
||持ってるって云ってやしねえ。だが、俺にゃペニー不足におっつけて手前あくるみ食ってやがる。ペッ!
白手袋の巡査がびっくりして振向く夕刊売子の腹にビラが下ってる。「又々大胆不敵なる強盗現る

||ねえ、旦那。あっしゃもうこれで一年以上お情金で食って来たんだがその方の昇給って奴はねえもんかね?
こういうエハガキを売るビショップ町ではキャベジ一つ一ペンスである。二三ペンスで茶色に乾いた燻製魚が一匹食える。調子っぱずれなラッパの音がした。よごれくさった白黒縞ののれんの奥だ。看板に「
ピカデリー広場行の
デパアトメント・ストアだ。家具大売出し! 十八ヵ月月賦!
「キリストは生きている!」教会だ。
「質」
「古着」
高い建物と建物との隙間に引込んで煤けきった大鉄骨が見えた。黒い、日のささぬ鉄骨の間に白いものを着た子供が動いていた。工場裏に似たそれは
チラリと水がはがね色に光った。掘割だ。高架鉄道
タクシーがちらほら走った。
おや、しゃれた
汽船会社が始まった。また汽船会社がある。何とかドック会社がある。船舶保険株式会社がある。再び汽船会社だ。
その建物全体がそのまま金庫みたいな外観をもっていた。窓に金色の楯に王冠をかぶった獅子と馬とが前脚をかけた例の皇帝紋章が打ってある「大英宝石商会」である。
続いて堅牢な石の外壁に沿って走り
貧乏人町


ヨーロッパの買占人、紐育ウォール・ストリートでは、アスファルトとギャソリンくさい空気の中で著名なる経済学者ベブソン氏を不安ならしめつつ、未曾有の貸出と買占が行われている。
ベルファストでは英国
「国際経済統制の権衡の大部分はアメリカ合衆国に移動した。戦時中アメリカが集積した債務はこの移動の一原因にすぎぬ。アメリカの莫大なる天然資源、素晴らしい国内消費、不断に展開しつつある繁栄。これらもまた考慮に入れなければならない。西欧の資本家は利潤と返還資金を待望している。英国がこれらを供給しなければならぬ。
それ故労働組合運動は経済単位としての英国国家組織のなされる提案に密接な関係をもって従わなければならぬ。」
ソラ、巡査が手をあげたぞ!
今のうちだ。つっきれ!
が、日本の新聞までその写真をのせるパレスタインの「欺きの壁」とは一体何だろう? 何故英国は、大英博物館わきに本部をもつジオニストのために軍隊を動かし、ジオニストに武器を与え、何故アラビア人は殺されたのか?今のうちだ。つっきれ!
ANNO||ELIZABETHAE||
ANNO||VICTORIAE||
ANNO||VICTORIAE||
ロスチャイルドを親方にして民族国家をパレスタインに建設しようとする
不熱練 熱練
志.片. 志.片.
猶太人 ······4/2|5/2 6/3|8/4
アラブ人······1/3|2/1 3/1
交通機関の血圧上昇がやや緩和された。フリート町だ。新聞社町である。ジョソン博士が志.片. 志.片.
猶太人 ······4/2|5/2 6/3|8/4
アラブ人······1/3|2/1 3/1
ハイド
オックスフォード広場で、勤帰りを待伏せる春婦が、ショー・ウィンドウのガラス面に自分の顔を、内部にこの商品を眺めつつぶらつき、やがて三十分もするとロンドン市中、あらゆる地下電車ステーションの
が、諸君!
ロンドンの勤労者諸君! 諸君はロンドン地下電車に積み込まれて疾走しつつ、頭の上にどんなロンドン市地図が展開しているか果して知っているか? 大都会の植民地
或る日、
或る日、
幅ひろい雨がロンドンに降った。夏の終りだ。ペーヴメントを濡し薄い女靴下をびっしょりにして降る雨は、自動車がほろの上にしぶきを立てつつ孤独に走る両側で夏の緑をずっぷり溶かした。
驟雨が上る。翌日は蒸し暑い
空は灰色である。雨上りのテームズ河に潮がさし、汽船が黒、赤、白。低い黒煙とともに流れる。架橋工事の板囲から空へ突出た起重機の鉄の腕が遠く聳えるウェストミンスタア寺院の塔の前で曲っている。河岸でも葉は黄色かった。トラックのタイアに黄葉が散ってくっついて走った。
PELL《ペル》||MELL《メル》は古風な英国の球ころがし遊びの名である。
古来英国人は実によく球で遊んで来た民族だ。潮流の加減で冬でも霜ぶくれにならぬ草原と地震なきゆるやかな丘の斜面が彼らのところにある。遊牧時代のある日、そういう丘の斜面を一つ円っこい石が転り落ちたのだろう。羊の皮を下腹に巻きつけたMR《ミスター》・ジョンブルの祖先が野蛮なる青春の歓喜に満ちてそれを追っかけ、拾い、また丘のかなたへ叫びながら投げかえした。木の枝で打ち飛ばした。木の枝の切端は専門家がそれについて数頁の説明を費すであろう現在のゴルフの打杖に迄進化した。球を小さくして青羅紗の上へ転して見る。大きい円い奴をふっ飛ばして一つの跳躍する球が人体集団をいかに制約するか、金を儲けて見物する。しゃれたチョッキで見事な馬にのって球のかっ飛しっこをする。||いろんな道具でいろんな工合に球をころがして遊んでるうちに英国人に地球までがあしらい切れる、つまりは一つの大きな球ではないかと云う風に感じられた時代もあったのではなかろうか。
ロンドンのPELL《ペル》・MELL《メル》は有名なクラブ通りである。各々のクラブは会員共通の利害を意味する有形無形の現代的球を中心に、外国人がその会員として推挙されるとそれを一種の名誉に感じる程度の結晶をなしている。
ロンドンの全人口が毎土曜ゴルフをやりに出かけるのではない。証拠に、こう云う文句がある。「おい、あの紳士は、フランス語、イタリー語にゴルフ語しゃべくるぜ」
ジュネ

||

||一杯やる前に遺言に署名せよ。(サミュエル・ジョンソン)貴君の遺言中に当院への遺贈を記入されんことを。
||何処にあるか。
何をしているか。
何を必要としているか。

ミス・エラリン・メイシーは社会組織のひびから発するこの!《エクスクラメーション》を事務家的才能で把握し婦人雑誌に写真ののる成功者となった。慈善的催しを組織する専門職業婦人がロンドンに数人ある。彼女もその一人である。美しい耳飾をたらし、白い歯の上で英語語彙中のある部分||慈悲とか同情とか社会的意義とか云う言葉をへらしつつ着々自身の経歴に重みを加えている。
満ち足れる人々から一シリングでも多い寄附を得るためには彼らを極めて快く楽しませなければいけない。演劇園遊会。三つの芸術(文学、音楽、美術)の舞踏会。||そこにミス・メイシーの頭脳がいる。婦人水着の新型がニューボンド通に現れるより遅くも早くもない時に
八月某日。デイリイ・ミラアに面白い記事がある。ロンドン市の「疲れた婦人の休養所」の一つがX嬢その他数人の献金によって数年来経営されて来た。ところが最近ロンドンに疲れた女が殖え、よく繁昌する。一日退職軍人その他から成る委員が集った。そして決議した。「当院が今日の如く隆盛におもむいた以上さらに有料寝台を増して、その利益配当を最初犠牲的社会奉仕をしたX嬢その他出資者に分つのが最も合理的な感謝手段であると思惟す」と。
もっとも決議に出資者らが何と答えたかは出ていない。出資婦人達はオスワルド・モーズレイ一族みたいに写真班に追廻されないというだけの違いでやはり南フランスの海岸でも歩いているのである。
英国で日本人は違う。日本人のまんまさすらい廻って
S・M氏夫妻は日本に於ける彼の店がつぶれた後ロンドンへ来た日本人である。
数ヵ年住んでいる。すでに質素なアパアトメントの壁はどんな紙で貼られているか見えなくなった。そんなにうんと経済に関する各種の書籍が集められた。M氏は多く読み、英国労働組合内に友人を持ち、ロンドンに於けるインド留学生集会に招かれて自治論を
ロンドンでなら、しかし、いつでもM氏夫妻に会えるとは限ってない。国際連盟の労働会議があると、夫妻はジェネ

ロンドンにおれば、また相当来客がある。M氏程まだ充分イギリスを内臓へ吸収せぬ後輩、あるいははるばる官費で英国視察に来た連中が時間と語学の不足から彼のもとへ駈け込み、
時に例えば某学校長のような訪問客さえある。校長君の意見によると英国を英国たらしめたのは何よりも英国の
||今更そんなものいくら見たってしょうがありゃしませんよ。今日では英国人自身が
そして、きわめて純粋な英国式解釈で、一般大英国人の社会奉仕の観念につき、商魂につき強固な社会的訓練および
ある夕方、日本女がその客間に坐っている。彼女はロンドン表通りに於て他人である自分を感じる。すなわち、英国人の
M氏は、
||こないだも、あの有名な醤油の某々の息子がやって来てねえ。
これは興味ある話題である。
||いろいろ話していったが、若い者が相当いろいろ苦しんでるんだな。彼が云うにゃ自分なんか決して人の思うような贅沢な暮しなんかしていないんだ。それでてうまく行かない。何とか考えは無いかと云うんだ。だから僕が云ってやったんだが、本気で何とかする気だったら先ず自分がすっぱだかになって見せないじゃあ駄目だ。組合を認めて、代表を出させて、年に一遍正直な
合理的だと云うこととある人間にとってそれだと好都合だと云うこととは二つの別なことである。日本女はそう思う。が、M氏は自身見て疑わぬ。訓練ある英国
||君と私とは心理状態が違う。だからたがいに歩み合って協調しようと云うのがイギリス流さ。ところが君と私とは心理状態が違う。だから独裁がいるってのが彼らの考えかただから、妙さ!
妙な考えかたをするという点においてはイタリーのファッシズムとロシア・プロレタリア独裁が氏にとって全く相ひとしきものである。
「英国人の着実な商魂が実際においてどれだけの働きをしているかと云うことは、炭坑夫安寧協会の仕事を見ても分る。炭坑主が一頓について一ペンスだけ出して独立な大きいビジネスをやってるんだ。」
しかし、その同じ着実な商魂が考え出した英国炭坑における
ペンネン通十三番地。
||御承知のような現状で坑夫組合はこの学校で三十人前後教育するために年三四千ポンドを負担するに堪えなくなったのです。昨今の形勢では折角それらの人々を教育してもかえって逆な利益の為に利用されることになってしまうので、残念ながら断然閉鎖に決心しました。
西日が表戸の真鍮板と売家の広告の上に照っている。真鍮板の「労働大学」という字がキラキラ往来に向って光った。
日曜日である。店はしまっている。閑静な通りを
聖ピータア寺院の石だたみでよごれた鳩の群が餌をひろっていた。子供づれの男女が立って紙の中からパン屑をまいてやっている。日曜以外の日ここの大石段は常に大勢の何時になったらそこをどくのか分らないような連中で占領されていた。或る者は石段にかけ、ひろげた膝に肱をつっかって頭を手の中へ埋め込んでた。すっかり扉の下まで登り切ったところでごろりと長く横になってる者もある。大石段は目的のない人間のいろんな
今日は日曜で大石段はすっかりからりとしている。
||宗教とはいかなる禁制をも意味しない。ただ諸君とおよび諸君の光栄ある子孫の一生のための秩序、原則としての宗教あるのみである。
出口のやっと一人ずつ通れる柵の左右に僧が立って口をあけた喜捨袋を突きつけた。
ハイド・パアクの騎馬道では艷やかな馬と人とがひるまえの樹の下を動いていた。おさげの少女である。山高帽と黒い乗馬服の長い裾との間に現代英国女性の容貌がはっきりはまっている。数騎の男も混ってだくを打たせたり馬上からかがんで柵越しに散歩道の知人と握手したり自由にかつ調和を保って動いている。日曜の教会礼拝時間後から午餐までハイド・パアクのこの騎馬道とそれに沿う散歩道は上流の社交場である。怪我をするなら上流の人だけがする唯一のところなのだ。騎馬巡査が二人その辺を行ったり来たりしている。||
一時近くなると騎馬道の上にも人影がまばらになる。柔かい砂が樹の下に遠くかなたまで続いて見通せた。二人の騎馬巡査は二三回その辺をまわると人気ない騎馬道を気持よさそうに鞍の上で尻をおどらせながら駈け去った。もう警固のいる人間なんぞは来ないのである。ハイド・パアクのあっちこっちの門から子供連の夫婦||亭主は乳母車を押し妻は一人の子の手を引いていると云うような世帯じみた一団がぞろぞろ入って来る。警官音楽隊が音楽堂の中で軍楽を奏し始めた。肩の縫目の一寸ずったような絹服を着て非常に陽気な若い女づれ。花壇をいちいち眺めながら歩く指の太い婆さんと息子づれ。||日曜日の午後ハイド・パアクはハイド・パアクの附近に住みながら一週に一遍だけそこを散歩出来る連中||事務員。料理女。いろいろな家庭雇人の洪水である。
小みちも草原も人だ。人だ。
自然と人間の割合がこんなに逆になる日曜日彼らの主人達は、ハイド・パアクへなんか姿は現さぬ。
赤羅紗服地の見本みたいに念の入った恰好をした英国の兵士達が剣がわりの杖を小脇に挾みながら人通の繁いハイド・パアク・コオナアで横目を使った。そこでは
半本しか脚のない胴をすえて乞食がせっせとペーヴメントへ色チョークで鼻の脇の真黒な婦人像、風景等を描いていた。「
洗いざらしでも子供に着せる日曜着がある者がヴィクトリア公園に出て来て遊んでいた。入ったばかりの樹の下に路傍演説者が何人も札を下げた台を持ち出し、思想陳列をやっている。
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│基督顕示協会│
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│国際社会主義│
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諸君! 諸君は大戦によって何を得たか? 利益を得たのは誰であったか? 大体声が足りない。隅っこに引込んで樹の枝の下から肺活量の足りない声が休日の労働者のまばらなかたまりの上に散った。人気があるのは、
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│自由思想家│
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台をかこんでびっしり帽子のあるのや無いのがきいている。しゃべっている山羊髯は痩て蒼いが底艷のあるようなほっぺたに一種のにやにや笑いを浮べ、ゆっくりしゃべりつつ聴衆を見渡した。||たとえばだね、月夜の晩人のいない公園の小道で青年が一人の若いとてもたまらない女に出っくわしたとすると、どうだね。我々にしろ当然どうもある感覚を感じざるを得ない。(聴衆が笑う)ところでその感覚は肩から羽根を生やしたキューピットの仕業だと云う。本当かね? とんだ嘘八百だ! 青年は「男」で女が可愛い「女」だからじゃないか。生物学の仕業だ。弓の玩具なんぞふり廻してまだ一人前の男にもなってないキューピットの果して知ったことか? 聴衆はパイプを口からとって、地面へ唾をはいて、笑っている。
離れた草原で女たちが真上から日に照らされながら足を投げ出していた。子供がいれた胡麻粒みたいにその間をはねてる。路傍演説なんぞ聴く女はほとんどなかった。
池では貸ボートが浮いてる。一人や二人でのっているのはごく少い。五六人ずつで、水の上を動いて低い橋かげをくぐる時なんか歓声をあげている。
ハイド・パアクの池は広く、遠い河のようだった。みぎわを葦がそよいだ。
ヴィクトリア公園で池は狭い。一寸行くとボートは島みたいなものにぶつかったり、橋げたにすいつく。それでも、
乳母車。これを押す男女。子供。車輪付椅子、並木路は一杯である。或る女は日曜のエナメル靴を穿いたりしているのだが、この
ダリアばかり咲いた花壇の横で若いものがテニスをやっている。六つばかりの男の子が網にしがみついて見ている。飽きず見ている。二人の子をつれて先へ歩いていた親たちが道を角で立ち止ってこちらを見た。
||ジョーン!
網目へ両手の指三本引かけて鼻をおっつけたまま子供には呼声が聞えもしない。山高をかぶった父親が小戻りして来た。
||ジョン!
ぎゅっと子供の手首を引っぱって網からはがした。彼の背広の襟の折りかえしが糸になっていた。
午後のテームズ河を小蒸汽がさかのぼりつつあった。小蒸汽はキュー
ピカデリー広場でイルミネーションがちらつく時刻である。郊外からロンドン市へ向う街道という街道の上を自動車があらゆる型を並べて疾走した。そして月曜日の夕刊新聞は左の報告と記事とをのせるだろう。
「
ロンドンで自動車運転許可は郵便局へ五シリング払い込めば貰える。だが運転すべき自動車そのものはハロッズで売っている玩具でも五シリングよりは高い。
近代
この新型ヴァガボンドはすでに幾多の英国紳士を胆汗過多におとしいれた。明瞭な悪意がないと云うことと、しかも所有権被震撼者が神経消耗をやったあげく時には五日もかかる自動車修繕代を支弁しなければならぬと云うところに
「賃金は低下されなければならぬ」ボールドウィン。
「然り、だが仲裁裁判によって」マクドナルド。
飢餓審判と戦え!
賃金値下げに対してストライキせよ!
少数運動者大会が争闘へ指導する。
新年から我等の日刊新聞を。それを持たないうち我らは共産党じゃない。
先ず犠牲を!
ドイツ労働者は『
コヴェント・ガーデンはロンドン野菜市場だ。花野菜、かぶ、きゅうりの山から発散する巨大な青くささに向って一つのガラス窓がひらいている。窓の内に赤い布で飾られたレーニンの写真がある。反帝国主義戦争のパンフレットが並べてある。粗末な古い木の床の左右は本棚である。トルストイ、トゥルゲニェフ、チェホフ、ゴーリキー、リベディンスキー、グラトコフ。それらの英訳が各国の翻訳論文集や、ミル、アダム・スミスとともに立ててある。ここは本屋でもある。正面の勘定台に男が二人、一人は立ったまま何か読んでいる。黒い細いリボンを白シャツの胸にたらした女が大きな紙の上で計算している。勘定台の後横から狭い木はしごの一部が見えた。そっちは、だがまるで暗い。外からの光線で、見えるのは数段のはしごと横のきたない壁面だけだ。鳥打をかぶった青年がドドドドとかけ下りて来て、勘定台から切抜帳みたいなものをとりまた昇って行った。
店の内部に居るのは六七人である。互に背を向け合って静に本を探している。小さい男の子の手を引いて体格のいい四十がらみの労働者が入って来た。彼は週刊新聞、『労働者生活』を三ヵ月分予約した。
その労働者が立ってる定期刊行物見本テーブルは幾分土曜日夕方のハイド・パアクにおける言論市場をほうふつさせた。
トラファルガア広場のトーマス・クック本店横から二台の大型遊覧自動車が午後七時の薄暮をついて動き出した。
トーマス・クック会社名前入りの制帽をかぶった肥っちょの案内人が坐席から立ち上って「ここがオックスフォード通。只今通りすぎつつあるのはロンドンの最もしゃれたレストランの一つ、フラスカテイであります。フラスカテイー!」叫んでいる時にロンドンが夜になった。
遊覧自動車はそれから東へ東へととって肉市場スミス市場のアーク燈に照らされた白い鉄骨アーケードの下を徐行した。古代ロンドンの城門の一つをくぐった。
一本の街路樹もない、暗い狭い街が現れた。ガス燈が陰気にひのけない低い窓々を照し出しているきたない歩道を、そこの壁と同じような色のなりをした人間がぞろぞろ歩いている。闇をつんざいて時々ぱっと明るい通があった。戸のない階段口が煙出し穴みたいに壁へ開いている。
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│寝床。六
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木賃宿である。
案内人は立ち上らず坐席から首だけのばして大きくない声で説明した。||ここいらが皆有名な
再び暗い街。暗い街。暗い建物のさけ目から一層黒い夜が鋭い刃のように見える横丁の前をトーマス・クックの
市営労働者住宅は七階だ。が空間利用法によって七階までの鉄ばしごは道路に面した空中へまる出しだ。レインコートを着た男が一人三階目の露台を通って四階目へ登りつつある。彼の姿はどこかの扉へ入ってしまわぬ限りてっぺんへ登り切るまで下の往来から小さく鉄ばしごの上に見えた。
「
||ペニーおくれよ、小父さん!
||お金! お金おくれ!
外套の前をきっちり合わせ肩をいからすようにして子供たちをかき分けながら男達は急いで腕を支えつれの女を先に自動車へつれ込んだ。運転手が巻煙草を子供連に分けてやっている。
ポプラア通りだ。電気仕掛の大十字架だ。ペニーフィールドの
テームズ河底のトンネルは白タイル張で煌々たる電燈に照し出された。大型遊覧自動車のエンジンの音響はトンネルじゅうの空気をゆすぶった。塵埃を捲き上げて穹窿形の天井から下ってる大電燈の光を黄色くした。鳥打帽の若い労働者が女の腕をとって、その長いトンネル内を歩いている。男も黒いなりだ。女も若いが黒いなりだ。全光景はマズレールに彫らせ度い大都会の強烈版画的美しさである。
説明しないいろいろな動機から、
ロンドン市は片眼をつぶり、片眼を開けて数百年、夜じゅう起きていた。月は片眼のロンドンでデイリー・メイル社の電気広告の真上を歩いている。
十一時、ピカデリー広場やチャーリング・クロス附近から一斉に英国国歌の吹奏が起った。
||
ライオン喫茶部では大理石切嵌模様の壁がやけにぶつかる大太鼓やヴァイオリンの金切声をゆがめ皺くちゃにして酸素欠乏の大群集の頭上へばらまきつつあった。昨夜ここでマカロニを食べた二人連の春婦が同じ赤い着物と同じ連れで今夜はじゃがいもの揚げたのをナイフでしゃくって食べていた。食べながら遠いところのどっかへ向って腰をひねり、嬌笑した。失うべきものを持たぬロンドン人が月の下の街やのれんの奥にいた。
ホワイト・チャペル通でドイツ賠償問題に関する共産党の路傍演説が終った。「ミスター・フィリップ・スノウデンは勝った。然し英国とドイツの労働者は敗北したんだ。」月はこういう言葉を聴きいよいよ片眼のロンドン市の上へ高くのぼって、トラファルガア広場の立ち上ったところはまだ人間によって見られたことのない四頭の獅子とドーヴァ海峡の海のおもてを照らした。
〔一九三〇年六月〕