よる。まつのこのまより月さやかにみゆると。ひとの申さるるをききてよめる。
はなさきて。ちりにしあとの。このまより
すすしくにほふ。つきのかけかな
まだ。ほかにも。あるなれど。ままにしておけ。
||葛原勾当日記||
はなさきて。ちりにしあとの。このまより
すすしくにほふ。つきのかけかな
まだ。ほかにも。あるなれど。ままにしておけ。
||葛原勾当日記||
はしかき
葛原
大正四年、葛原※[#「凵<茲」、356-5]の手に依って、故勾当の日記が編纂、出版せられる迄は、葛原勾当その人に
葛原勾当。徳川中期より末期の人。箏曲家他。文化九年、備後国深安郡八尋村に生まれた。名は、重美。前名、矢田柳三。
以上は、私が人名辞典やら、「葛原勾当日記」の諸家の序やら跋やら、または編者の筆になるところの年譜、逸話集、写真説明の文など、諸処方々から少しずつ無断盗用して、あやうく、
葛原勾当日記。天保八酉年。
○正月一日。同よめる。
たちかゑる。としのはしめは。なにとなく。しつがこころも。あらたまりぬる。
山うば。琴にて。五へん。
○同二日。ゑちごじし。琴にて。十二へん。
おふへ村、ちよ美、八つときに、きたる。あづまじし。さみせんと合はせたること、そのかずをしらず。
おもうとち。しらべてあそぶ。いとたけの。かずにひかれて。けふもくらしつ。
ゑちごじし。同五へん。
○同三日。なにごともなく。
○同四日。けいこ、はじめ。
おせん。琴。きぬた。
あぶらやのおせつ。琴。さよかぐら。
とみよしや、おぬゐ。琴。うすごろも。
おりやう。琴。ゆきのあした。
すみ寿。琴。さくらつくし。
おあそ。琴。きりつぼ。
おけふ。琴。こむらさき。
おのみちや、こわさ。さみせん。四きのながめ。
おてう。さみせん。いうぞら。
おせつ。琴。わかな。
おふさ。琴。うきね。
おりう。さみせん。やしま。
しげの。琴。こころつくし。
おとく。さみせん。きぎす。
いばら、おさと。琴。むめがゑ。
せいぎよく。さみせん。みづかがみ。
おびや、こさだ。さみせん。六だんれんぼ。
ゑびすや、おいし。琴。だうじやうじ。
すみや、おいそ。琴。をきな。
おさわ。さみせん。いそちどり。
いづれも、かたちばかり。こまつやの、おかや、きたらず。
○同五日。おてう。ばかり。けいこいたす。さみせん。いうぞら。さるのこくに、かへりぬ。あとわ、さびしくなりにけり。
○同六日。雨ふる。
おかや。こらしめのため。四きのながめ。琴にて。三十二へん。
中略。(太宰)
○同二十七日。京に、のぼる。
やなぎやの、ふね。たつのこくに、のる。ひつじのこくに、つる一も、のる。つた一も、のる。
○同二十八日。たましまに、つき、いぬのこくに、たち
○同二十九日。うのこくに、日比に、つき、たつのこくに、たち、さるの、ちうこくに、さこしに、つき
○同三十日。ゆきしまに、ふねをつなぎ、そらのはるるを、まち
○二月一日。うのこくに、たち
○同二日。とらのこくに、あかしに、つく。
たちいてて。いまわくるしき。たびごろも。たもとにかよう。かぜのさむけさ。
ひとまるさまへ、まゐる。
○同三日。むまのこくに、たち、とりのこくに、ひようごに、つき
○同四日。ねのこくに、たち、みのこくに、おうさかに、つき
○同五日。みのこく。京。
○同六日。より。まつのさまへ、きしく(寄宿。)
○同七日。かわりなく候。
○同八日。あそんだ。あまり、あそぶも、たいくつな、もの。
○同九日。かわりなく候。
○同十日。にもつ。うけとる。
○同十一日。かわりなく候。しのびにて、さらえを、する。
○同十二日。おやしきに、おいて、琴、ほをのを(奉納)あり。おうむ(鸚鵡)のこゑを、きく。
同断中略。
○四月十九日。に(荷)を、くだす。
○同二十日。あすわ、ふねなり。
こよひわ、なぜこのやうに、ねられぬことかな。わけもない、ことばかり、おもひて、はや、うしのこくにも、なるらん。
まことなき。ひとのこころと。とくしらば。なにをうらみの。たねとかわせん。
ほんに、おもひまわせば、たのむわ、ふるさと。ちち、はは。まだ、ほかにも、あり。
かへらんと。つつめばそでに。あまりけり。つみしわかなを。いかにとかせん。
○同二十一日。たつのこくに、みやこをたち、さるのこくに、おのみちぶねに、のり
○同二十二日。かぜ、つよし。さけを、のみ、
ふなびとに。まかせてわたる。のりのうみ。なみたたばたて。かぜふかばふけ。
○同二十三日。むまのこくに、おのみちに、つき、とみよしやに、とまる。
○同二十四日。ふるさと、あやめ(菖蒲)
なにことも。さたかならざる。よのなかに。かわらぬきみの。こころうれしき。
○同二十五日。すみ寿。琴にて。かがりび。三へん。けいこいたす。
同断中略。
○五月一日。とぞなりにける。さても、このせつわ、は(歯)を、いたむ。
○同二日。あめふる。おりやう、さみせん、ななくさ。おふえ村、おすて。きたりぬ。琴にて、てんかたいへい。さても、さても、歯がいたい。
○同三日。つづいて。あめ。はもいたむ。なにほどの、つみや、むくいの、あらわれて、かくまでわれわ、はをいたむらん。
○同四日。あめも、ふらぬに、はをいたむ。なにのいんがに、このやうな、気づよいをとこが、まま、わしや、いとし。
○同五日。はをいたむゆゑ、げざいをのむ。されども、きかず。さて。
○同六日。くすりも、よくめぐりけるか、歯わ、なをり、はらをいたむ。さくじつまでわ、したきりすずめ、こん日わ、にんげんらしきものを、たべたり。つぎに、あぶらやのおせつ、琴にて、さよかぐらを、けいこ。
○同七日。ひるから、あめふる。また、歯がいたまねばよいが。
○同八日。うてん。それこそ、また歯をいたむにつき、のみけるものわ、くすり。
○同九日。あめふる。か(蚊)ひとつ。
かならずと。ちぎりしひとわ。来もやらで。さみだれかかる。やどのさびしさ。
同よる。はを、いたみ候。ああ、さてもさても。
○同十日。あめふる。歯が、いたい。おかや。琴。すゑのちぎりをけいこする。おかやに言はれて、こんにちより、たばこを、たち(断ち)申し候。
○同十一日。あめふる。同いたい、いたい。
にくまれて、世にすむかひわ、なけれども、かわいがられて、死のよりましか。
この、こか(古歌)のごとく、わしも、歯がいたくて、世にすむかひわ、なけれども、ねずみとらずの、ねこよりましか。やれやれ、いたや。いのちの、あらんかぎりわ、この歯をいたむことかと、おもへば、かなしく候。
さびしさわ。あきにもまさる。ここちして。日かずふりゆく。さみだれのころ。
○同十二日。同いたむ。ひるからわ、いたみも、すくなし。四つから、てん気よく、おけふ。さみせんにて、おいまつ。けいこいたす。
○同十三日。歯も、こころよく候。こん日より、また、たばこをのむ。
同断中略。
○六月十六日。休そく。やれ、たいくつや。あつや。へいこう、へいこう。
○同十七日。あるうたに、
あさねして、またひるねして、よひ(宵)ねして、たまたま起きて、ゐねむりをする。
とやら。きのをから、ねるほどに、ねるほどに、ゆめばかり見るわい。
さるのこくにいでて、いぬのこくに、やいろ(八尋)へもどる。
○同十八日。なにをしたやら、わけがわからぬ。
○同十九日。なんにも、することがない。あつや、あつや。
○同二十日。また、休そく。このごろわ、きうそくだらけで、ござる。
○同二十一日。うのこくにいでて、たかや(高屋)かわもと(川本)に、きたる。おてる。さみせんにて。そでのつゆ。
○同二十二日。せみのこゑが、やかましい。
○同二十三日。ながさき、めつけ(目附)のおとをり。したにをれ。
○同二十四日。きのをよりも、あつい。おてる、けいこあいすみ、どんなゆめを見るのぢや、と子どもらしきこと、せがむゆゑ、もうじん(盲人)もゆめわ見るわい、ゆうべのゆめであつた、にんぎやうが、琴さみせん、こきう(胡弓)ふゑ、つづみ、たいこにて、ゑてんらく(越天楽)を合はせけるに、おわるやいなや、なりものを、いつさい、なげてければ、のこらずくだけたり。また、もひとつ、つぎはぎのゆめを見た、ぬすびとの、わきざしを持ち、にかいへあがる、ころものそで、はしごにかかり、つぎに、ざいた(座板)ふみ落す、ここわなにかと問へば、たばこをだす、あな、と言ふ、したには、くわじ(火事)なかば、琴のいとをしめて、かへるといへば、たけだの仁吾が、だいかぐらを、つれてくる、見ておかへりなされといふ、なにがなにやら、わからぬゆめであつたと、いへば、おてるわ、ころげてわらつた。また、十五六七八くらゐの、むすめを、ゆめに見たといへば、どんな着ものを、とすぐに問ふなり。もうじんには、いろわ、わからぬなれども、さむき着ものであつたから、あを(青)であらうといへば、おてるわ、かんしんした。
○同二十五日。あめもふる。ひもてる。きつねの、よめいりか。
同断中略。
○七月六日。たなばたの、うたにとて、よむ。
ひととせに。こよいあうせの。あまのかわ。わたらばいまや。水まさるらん。
あわぬが、よい。
○同七日。かねてたのみし、ひとの、かへられければ、さてさて、つまらぬ。ひとつとして、わがおもふことの、かなわぬわ、こよひなり。なれども、一つここに、たのしみあり。かぜまかせに、くらして、けいこが一ばん。
○同八日。あさ。てぬぐひかけを、あさがほにとられた。おさく。さみせんにて、たなばた。おちか。琴にて、むしのね。
○同九日。みなみな、かへる。さても、あついこと、やれやれ、あつや。これでわ、どこへもゆけぬわい。ひとあめふらねば、すずしうわならぬか。よしよし、あそぶぞ。こしを据ゑて、をれば、いろいろのことを、おもひだすなり。さてまた、いよのくに、まつやまから、けいこを、たのむけれど、ゆけば三ねん、かかる。ゆかねばすまず。はて。なんとしたが、よかんべい。それについて、うたを、よんだ。きいてもくんない。
みみなくば。などかこころの。まどわまし。きかぬむかしぞ。こひしかりける。
○同十日。そら。あしく。てりもせず、ふりもせず。そして、わしわ、すまぬことをしたわい。あやまり、あやまり。
○同十一日。うてん。さて。めづらしき、さたを、きく。
○同十二日。気が、さゑん。あんらくじにて、もりかねの、うたざらゑあり。ひるは、さらさら汗がでる。よるわ、ぞろぞろ雨がふる。はだしで、もどつた。やぶれがさ。
同断中略。
○八月二十日。おかやが、びいどろ(硝子)の、とつくり(徳利)を、くれた。うてん。いとを、しめたばかり。とみよしやに、ねたりける。
○同二十一日。うてん。ひるからわ、あめもあがり、やれ、いそがしや、いそがしや。はいやに、とまる。
○同二十二日。こあさ。さみせんで、ななくさを、はじめる。しげのの、おりう。さみせんで、いうぞら。けふわ、さみせん、よく鳴りまし候。はいやに、とまる。
○同二十三日。たいさんじにて、ついぜん、あいすみ。
○同二十四日。とみよしやにて、むかいびきをする。同よる。あめがふる。
○同二十五日。たつのこくにいでて、かわみなみ村おのみちやへ。きく弥が、琴で、ゆうがほを、ひいたが、ねずみが、あるくやうであつたわい。けいこ、三十。
○同二十六日。てんき。そこやかしこにゆき。
○同二十七日。かみをいうたり、ふろへ、はいつたり。むしのこゑ、みづが、ながれるやうな。たへかねて、
なにことも。ひとのこころに。まかす身は。いつをそれとも。さだめかねつる。
おかや。ひとり寝。さみせんにて。
○同二十八日。けいこ、あいすみ。つらきめに、あいたることか。ふつふつ、つかれた。四そく(足)かなわず。いわれず。きこゑず。ただ、ただ、見ゆるばかりで。ふふ。
同断中略。
○九月二十五日。このごろわ、あきのなかばなるに、うたもよめず、これでわ、こまつたものかな。かぜを、ひきて、ねたり。みぎのかほが、は(腫)れ、なにやらかやら、たのしまず。そこへ、だいかぐら(大神楽)が来たが、ぶざいくな、やつであつた。
○同二十六日。ただ、しんきに、くらしたり。かぜ、すこしわ、よろしく。
○同二十七日。お(起)きて、ははに、あふ。おかやのことわ、言わず。
○同二十八日。あまりのさびしさに。
さけもあり。もち(餅)もあるなり。ゆふしぐれ。
同よる。ばくちを、うつ。
○同二十九日。けいこ、一つ。
○同三十日。おかやわ、ふびんなり。あまりのことなれば、かくここに、しるす。みのこくより、けいこ。じゆの一、さみせん、きくのつゆ。おさわ、琴にて、馬追ひ。
○十月一日。あさ、すこし、あめふる。つぎに、かぜが、だいぶん、ふき候。同ばんかた、わが言ひしことを、そくざにおいて、打ちけされけることあり。にくき、やつばらめ。
○同二日。はし(橋)にて、であい、ひさしぶりにて、はなしをする。
さむしとて。かさぬるそでの。かひなきに。かくこそむかへ。うづみびのもと。
同断中略。
○十一月十六日。けいこ。よる、ゆきがふる。よくおもひみれば、日かずが、はや、なにほどもない。
よのわざに。けふもひかれて。くらしけり。あすも同。みとは知りにき。
どこでも、ふそくを言わるるにわ、わしも、へいこを。そこでも、いわれ、ここでも、いわれ。それにつき、わが師のいわく、けいこにんをば、わが子とおもへ、といへり。
○同十七日。みのこくに、いでて、ひつじのこくに、おべ村くわだに、きたる。どこへいつても、けいこの子の、ほかのようじ(用事)にて、いそがしきときほど、まの、わるいものわない。なにをするにも、ふじゆう(不自由)なやら、おやごに気がねるやら。このやうな、わるいことなら、なぜ、ここへ来たかとおもわるる。けいこわ、かたてまの、あそびにあらず。さむさ、きびしく、あしを、いたむ。
○同十八日。あそんだ。
○同十九日。いではら九一ろうどのに、はじめて、たいめんいたす。ちや(茶)の、めいじんなり。そのとき、
すむつきの。いとものすごく。なりてこそ。ふゆ来ぬそらと。見るべかりけれ。
と見えぬながらも、よみてけるに、九一ろうどのわ、しんがん(心眼)なるべしと、ひざ打ちたたいて、かんしんした。をかしなことぢや。
○同二十日。おつい、琴にて、うすゆき。おいそ、琴、ゆきのあした。すみ、琴、だうじやうじ。知られけり。
しらさじと。つつむおもひも。しばかきの。やぶれていまわ。あらわれにけり。
○同二十一日。八つどきに、しのびて、こまつやへゆき、さて、みな、てらまゐりせられて、ただ十三四なる、わらはの、るすをもりして、い申されければ、しかたなく、折をさいはひと、のたれこみ、ねたり、おきたり、くふたり、琴をひいたりして、さびしく御ざ候なり。れいのひとの糸を、しめてやりけり。みれん(未練)とわ、いまだねれず、とかく由。なにごとも、しゆげう(修行)だい一のこと。
うへもなき。ほとけの御名を。となへつつ。じごくのたねを。まかぬ日ぞなき。
同断中略。
○十二月二十五日。さむいと、おもひてをれば、ばんかたより、また、ゆきがふりいだして、げに、さむいことになつたよ。ああ、さむや。やれ、さむや。
○同二十六日。いちにち、こたつの、もりをした。たいくつした。ひさしぶりに、また、同かの、それ、みぎの、れいの、あいかわらず、歯をいたむなりけり。たたたたたたたた。
まい日。ばかのごとくなりて、日を、おくるにも、たいくつしてござり申、よそへもゆけず。しかたがないぞ。
○同二十七日。となりわ、ごしゆうぎ。よる、おほゆきとなる。ことしわ、めづらしきつみを、たんと、つくりたなあ。
○同二十八日。まことに、きせる(煙管)を、よく、とをし奉候。はやく、三十になりたや。
○同二十九日。はるより、こん日までのこと、まことに、ゆめのごとく、おもわれて、あれ、ゆめのやうぢや。ほんに、ふしあわせなる、としもあつたもの。二月にわ、くるしく、四月にわ、な(泣)き、五月にわ、歯をいたみ、夏わ、なにやらかやら、それよりわ、なかぬ日とてなかりき。おろか、なりけるよ。すゑの見こみも、すくなし。
○同三十日。同よめる。
じよや(除夜)のかね。百三つまでわ。かぞへけり。
われ、らいねんわ、二十七さいなり。めでたくかしく。
てんほう八。とり。
あとかき
どうであったろうか。読者、果して興を覚えたであろうか。私は、諸君に、告白しなければならぬ。これは、必ずしも、故人の日記、そのままの姿では無い。ゆるして、いただきたい。かれが天稟の楽人ならば、われも
かきならす。おとをだに聞かば。このさとに。わがすむことを。きみや知るらむ。(勾当)