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金のくびかざり

小野浩




        一


 よし子さんのお家も、あすは、クリスマスです。

 毛なみの、つやつやした、まっ黒いネコは、夜どおし、煙突のてっぺんにすわって、サンタクローズのおじいさんが、このお家をまちがいなく見つけてくれればいいがと、黄色い目をひからせて、見つめていました。よし子さんは今夜は、きっと、おじいさんが、あたしのほしくてほしくてたまらない、小さな金のくびかざりを持って来てくれるにちがいないと言って、おねんねをしました。

 イヌは、うちの中の煙突の下を、ふさふさしたしっぽで、きれいにお掃除をしました。せっかくサンタおじいさんが、金のくびかざりをもって煙突から下りて来ても、そこがあまりきれいでなくては、いやな気持になって帰ってしまうかもしれないからです。

「オウムさん、あなたはこのクリスマスに、よし子さんには何をして上げるの。」

と、イヌは、かごの中のオウムに声をかけました。

あたしは、お目ざめのうたをうたって上げるわ。」と、オウムは言いました。

「それは毎朝のことで、別にめずらしくもないじゃないの。」

「でも、いつものうたとはちがうのよ。あたしが、さっき、つくったばかりの、それはいいうたなんですの。」と、オウムは言いました。

「ふふん、うたなんか、うたったって、クリスマスの役には立たないや。ごらんよ、ぼくたちのやってることを。ネコがこの上にいて目を光らせていなかったらこのうちは空から見えないし、僕がここをきれいにしておかなければ、おじいさんははいってやしないよ。僕たちのすることは、こんなものだ。」

 イヌは、しっぽを振って、大いばりにいばりました。

「あたしだって、何かしたいのだけれど、でも、籠の中にいるんですもの。あたしにはうたをうたうことしか、出来ないわ······。今に、いい節がつくんだけれど。」

 オウムは、さびしそうに、小さな声でこう言いました。イヌは、それには、ヘんじもしないで、

「では、僕は、おじいさんが来るまで、一寝入りするんだ。」

 こう言って、ごろりと、横になってしまいました。


        二


 お部屋へやの中はしいんとして、よるが、だんだんふけていきました。

 しばらくすると、屋根の上に、みしみしという足音が聞えました。イヌは、はっと目をさまして聞耳を立てました。オウムは、ずっと、ねないで、まっていたのです。

「掃除はきれいに出来たかな。」

 サンタクローズのおじいさんは、こう言いながら、えんとつの上にいたネコを背中にしょって、すらりと、お部屋へ下りて来ました。そして、ポケットから、かきつけを出して、

「ええッと、よし子さんは何がほしいのだったかな。」と、言い言い読みかえしました。

あたしの歩き人形にはおくつを二つ。

 白いくまちゃんには毛皮の帽子を。

 ネコにはちりちりと鳴る鈴を。

 イヌにはぴかぴか光る首輪を一つ。

 オウムにはあたらしいうたのふし

 それから、あたしには······

 サンタおじいさんは、そこでつまってしまいました。暗くて字がよく見えないので、かきつけを眼のそばによせて、

「はてな、よし子さんのほしいものは何だったっけな。」と、おじいさんは考えこみました。

「小さな金のくびかざりです。」と、イヌとネコとオウムとが、一どに言いました。

「小さな金のくびかざり? おお、そうだった。昨夜ゆうべちゃんと、つくって······それから、どうしたっけな。」

 おじいさんは、少しあわてて、ポケットというポケット······まるいポケット、四角なポケット、上のポケット、下のポケットを······さがしまわしました。でも、くびかざりはどこにも見つかりません。

「おやおや、どうしたんだろう。もって来ないはずはないのだが······はてなはてな。」

 おじいさんは、しきりに首をひねりました。

 イヌとネコは心配して顔を見合せました。自分たちのもらうものはどうでもいいけれど、だいじなお嬢さまが、あれほどほしがっていらっしゃる、くびかざりですから、どうしてもさがし出してもらわなければなりません。

 おじいさんは帽子もとって見ました。靴もぬいで見ました。しかし、どこにもありません。ネコやイヌやオウムは、それこそ、がっかりしてしまいました。

 と、ふいに、「おお、そうだ。」と、おじいさんは、むねをたたきました。「思い出したよ。あれはわしのうちのコウノトリのくびにかけてある。かけたまま忘れて出て来たんだよ。」

 イヌとネコは、ためいきをついて、おじいさんの顔を見つめました。

「これから取りに帰っては、ほかの子どものところへまわれないし、さて、どうしたらいいだろうな。」

「僕がとりにいきましょうか。」と、イヌが言いました。「僕もネコも早い四本足がありますよ。」

「だめだだめだ。わしのうちはとおいとおい空の上なんだから、四本足だろうが六本足だろうが、これから行って、あけがたまでに帰って来ることはとても出来ない。」

「では、あたしがとんでまいりましては?」と、オウムがかごの中から、羽ばたきをして言いました。

「なるほど。」おじいさんは、にこにこうなずきました。「おまえなら間に合うかもしれないね。」

 おじいさんは、さっそく、オウムを籠の中から出しました。そして、みんなと一しょに門口かどぐちに出てオウムにおしえました。

「ほら、ごらん、ずうッと向うに、大きな星が三つ光ってるだろう。わしのうちは、その一ばん左の星のすぐうしろにあたるんだよ。」


        三


 オウムは、さっと飛び立ちました。こんなにして力一ぱい、つばさをのばして飛ぶのは何年ぶりでしょう。オウムは、一気に高くとび上って、矢のようにかけ出しました。

 はてしもなく遠い、長い長いつめたい道でしたけれど、オウムは、とうとう、まよいもしないで、サンタクローズのお家につきました。そのおうちの、ふわふわした白い毛皮の屋根の上に、赤い、きれいな煙突が、にょきりと立っていました。

「おはいんなさい。」と、窓にまたたいているあかりが言いました。「おへやの中はあったかよ。」

 オウムはへとへとにつかれきっていました。でも、があけないうちに······よし子さんが目をさまさないうちに、帰らなければならないので、ちっとでもぐずぐずしてはいられません。

「おうちのコウノトリさんは、どこにおいでです。おじいさんのお使いで、くびかざりをいただきにまいりました。」と言いました。

「ああ、くびかざりッて、これでしょう。」と、屋根のてっぺんから声がして、おじいさんに可愛かわいがられている、コウノトリが、くびにきらきらした、金のくさりをさげて、出て来ました。

「さあ、もっていらッしゃい。おじいさんがわすれていったのですよ。」と、コウノトリはにこにこして、くさりをはずして、オウムの、くびにかけてくれました。

 オウムは、大よろこびで、おじぎをして、

「さようなら。あかりさんにもさようなら。」と言って、どんどんかけてかえりました。

「よし子さんは、まだお目ざめじゃアないでしょうね。」と、オウムは、おうちへかえるなり、いきをはずませてききました。

「ああまだだよ。もらって来た?」と、イヌとネコが、目をひからせてききました。

「ごらんなさいよ。」と、オウムは、くびのくさりを見せました。

「ほう、えらいえらい。」

「ああ、よかった。」と、イヌとネコは、かわりがわり言いました。

「僕なんか、もうオウムさんのまえではいばれないよ。」と、イヌは、さっき、オウムをばかにしたのを、あやまるように言いました。オウムは、にこにこ笑いながら、よし子さんのまくらもとへ、くびかざりを、そっと、おいときました。

 イヌや、ネコや、あるき人形や白熊へのおくりものは、おじいさんがちゃんとそろえて、よし子さんのおねだいの下へおいていったのです。

「さあ、もう、お目ざのおうたをうたってもいい時間ね。」と、オウムは、そう言って、うつくしい声で、夜中につくったあたらしい、朝のおうたをうたいました。

 ひとりでに、流れて出て来る、あかるい、ほがらかなそのうたのふしは、サンタクローズのおじいさんからのおくりものでした。

 よし子さんは、そのおうたで目をさましました。よし子さんが、まくらもとに小さな金のくびかざりを見つけて、おどり上ってよろこびました。

 よし子さんにも、イヌにもネコにも、オウムにも、それはそれはたのしいクリスマスでした。






底本:「赤い鳥傑作集」新潮文庫、新潮社


   1955(昭和30)年6月25日発行

   1974(昭和49)年9月10日29刷改版

   1989(平成元)年10月15日48刷

底本の親本:「赤い鳥」復刻版、日本近代文学館

   1968(昭和43)〜1969(昭和44)年

初出:「赤い鳥」

   1928(昭和3)年12月号

入力:林 幸雄

校正:鈴木厚司

2001年10月31日公開

2005年9月25日修正

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