一
ポピイとピリイとは、あるお屋敷の車庫の中で長い間一しょに暮して来た、もう
しかし、一日中、
「男の子が一人あったらなア。」とポピイは言い言いしました。「そうすれば、自分の名前をついでもらうことも出来るのだが······。」
「あたしは、女の子が欲しいわ。どんなに
しかし、男の子も女の子も、なかなか来てはくれませんでした。二人は、コンクリイトの床を歩きまわる小さなタイヤの音や、夜中に、自分たちのそばで可愛らしいラッパのいびきをかいている小さな自動車のことを考えると、
ある日、ピリイは言いました。
「あたしたちに、もう、自分の子供が出来るあてがないとしたら、いっそのこと、
ポピイは、しかし、この考えには、あまり乗り気になれませんでした。身寄りのない、気の毒な子を育ててやるということには、もちろん賛成なのですが、それでは、自分の名前をつがせることが出来るかどうかと、心配でならなかったのです。
でも、ピリイの方は、もう、かたく決心しておりました。いつでも、一度言い出したことを、あとにひかないのが、ピリイのくせでした。ピリイは、どこまでも孤児をもらうのだと言い張りました。ピイピイ、ラッパを鳴らしたり、
二
ピリイは、もう、かなり年をとっていました。
でも、二人は、それは品のいい、やさしい自動車だものですから、自分のことは忘れて、いつでも可哀そうな孤児をもらうことばかり考えていました。で、外へ出るたんび、公園だの、貸自動車屋の車庫だの、しまいには、こわれた自動車たちが、雨や風に吹きさらしになっている、
とうとう二人は、探しくたびれ、いつとはなしにあきらめてしまいました。
三
ところが、ある朝のことです。
車庫の
ピリイは、二つのランプを眼のようにパチパチと光らせ、
「お前さんは孤児なの。え、そうでしょう。ね、オートバイちゃん。」ピリイは
「え? ||ええ、そうです。おばちゃん。」
オートバイは
「今のを聞いて? ポピイ。」ピリイは、こおどりして言いました。「この子は孤児なんですって。」
「どうだい、お前は、私たちの養子になってくれないかね。」とポピイが言いました。
「ええ、おじちゃん。何にでもなりますよ。」
小さなオートバイは、やっぱり「養子」とは何のことか分らなかったのですが、おじさんが、いいおじさんらしいので、安心してこう言ったのです。
「何て、すなおな子でしょう。」ピリイは小声でポピイに言いました。「この子の親たちは、きっと、りっぱな車に相違ありませんよ。」
「それから、何ていうの、お前さんの名前は?」
「僕、モーティです。」オートバイが言いました。
「それだけなの?」ピリイが聞き返しました。
「だって、それだけしか知らないんですもの。」
少し慣れて来たオートバイは、今度はちょっと、むっつりしてこう言いましたが、
「養子ってなアに。え、おばちゃん。」
しばらくして、モーティは、こう聞きました。ポピイとピリイは顔を見合せて笑い出しました。
「この子は、まだ
ピリイは、かえって、それが好都合だと思いました。で、くわしく、わけを話して聞かせました。養子というのは、私たちの子になることだ、そうすればみんなと一しょに、この車庫の中で暮して、水でもガソリンでも何でも、好きなものは、どっさり上げて
「じゃア、タイヤの中の空気も?」
モーティは、自分が、よく気がつくところをお父さまやお母さまに見ていただきたいと思って言いました。
「それは、もちろんですよ。それにお屋敷の坊ちゃまが、毎日お前を運動につれてって下さるんだよ。」で、その日からモーティは、二人の子になりました。
四
ポピイとピリイとは、それはそれはモーティを可愛がりました。モーティは、気転のきいたいい子でしたが、あんまり大事にされるのでだんだん甘ったれて来ました。しまいには少々つけ上って来ました。自分が、すばしっこいのを自慢にして口のきき方までが、ぞんざいになって来ました。あんまり、出すぎたいたずらをして、
モーティは、ガソリンや水を、うんと飲んで、ずんずん大きくなりました。で、自分は、もう
ある日、モーティは、朝早くからお坊ちゃまと一しょに出かけたきり、夜になっても帰って来ませんでした。その日は、陸軍の大演習で朝から晩まで飛行機が、とんぼのように空を飛びまわっていましたので、
二人の自動車は一晩中寝ずに待っていました。ピリイは、あんまり泣いたもので、
「いつも、おとなしい車なのに、今日は、どうしたんでしょう。ちょっとしたことにもすぐに、湯気をシュッシュッとふき出して、じきに
奥さんは、その晩、御飯を召し上りながら、御主人にお話になりました。
「いや、私のポピイも、今日は、よほどへんだったよ。」と御主人もおっしゃいました。「横丁さえ見れば曲りたがるんだ。ハンドルをいくら
それでも次の日、御主人は、またポピイに乗ってお出かけになりました。ポピイは、また、一生けんめい、モーティを
五
それから、また幾日もたちました。でも、まだモーティは帰って来ません。ポピイとピリイとは、がっかりして、すっかり元気がなくなってしまいました。
「ひょっとしたら、モーティは盗まれて、古自動車屋へでも売られたんではないでしょうか。」
「よし、その内、御主人のおともをして、下町の方へ出ることがあるだろうから、その時は、思い切ってガラクタ屋の店でも何でも
ポピイは、つけ元気をして、こう言いました。
「しかし、あんな、やんちゃなモーティのことだ。ことによると、悪い仲間にさそわれて、警察にでもつかまってるんじゃアないかな。」
ポピイが言いますと、ピリイは、心の中では、そうかも知れないと思いながら、やっぱり打消さずにはいられませんでした。
「いいえ、やっぱり私は盗まれたんだと思いますわ。||ねえ、あなた、一つ新聞に広告をして見ようではありませんか。」
そこで、モーティを見つけて下すった方には、お礼をするという広告をいくつかの新聞に出しました。しかしちっとも、てがかりはありませんでした。返事は、ずいぶん来るには来たのですが、みんな見当ちがいのいい加減なものばかりでした。二人は、また、がっかりしてしまいました。
六
その内に、ポピイは、いよいよ御主人のおともをして、下町へ出かけました。
ポピイは御主人の行く先などは、すっかり忘れてしまって、いきなり、その横丁へ飛びこみました。赤いオートバイは、もう、また向うの町角を曲るところです。ポピイは、このへんの道をよく知らないものですからよけいにあせりました。見失ったら、もうおしまいです。ポピイは、死にもの狂いになりました。角を曲ると、赤オートバイは、向うの坂の下に小さく豆粒のように見えます。ひどいデコボコの坂です。それでもかまわずポピイは全速力で走りました。年を取っているポピイの
ポピイは、つぎはぎだらけのタイヤが、ペシャンコになったのもかまわず、びゅうびゅうと赤オートバイの後をつけました。今度は公園です。曲りくねっている道が、じれったくてたまらないので、ポピイはまん中の大きな池へザブンと飛びこみました。ポピイは、そのまま水の中をザブザブとまっすぐに
「助けて下さい。
ハンドルを、しっかりと握りながら、御主人は
それでも、とうとうポピイは、人を
ポピイは、ぐったりすると一しょに、きまりが悪くって
御主人はポピイの心もちを御存じないものですから、ただ機械がくるったのだと思って、その場で、すぐにハンドルだのギーアだのをすっかり、新しいのに取りかえて下さいました。で、もう二度と、あんな
七
その内にまた一と月もたちました。
ポピイとピリイとは、時々、モーティのことを思い出しては、お互いに、そっと、ため息をついていました。
ところがある朝のことです。いつものように車庫の
そこには、モーティが、赤い塗りたてのサイドカアまでつけて、いせいよく立っているのです。
二人は、
「しばらく。||お
ポピイもピリイも、びっくりしてしまいました。何て、ぞんざいな口をきくのでしょう。あんなに心配をさせておきながら、まだお行儀も直らないのかしら、困ったものだと思いました。しかし、それよりも、第一に、長い間欲しがっていた女の子までも出来たのだから、ありがたいことだと思い直して、モーティには別に、こごとも言いませんでした。
しかしモーティも馬鹿ではありません。お父さまやお母さまが、