一
むかし
陸奥国に、
一人のりょうしがありました。
毎日犬を
連れて山の中に
入って、
猪や
鹿を
追い
出しては、
犬にかませて
捕って
来て、その
皮をはいだり、
肉を
切って
売ったりして、
朝晩の
暮らしを
立てていました。
ある日りょうしはいつものように
犬を
連れて山に行きましたが、どういうものか、その日は
獲物が
一向にありません。そこで
心をいらだたせながら、ついうかうか、
獲物を
探していくうちに、だんだん
奥へ、
奥へと
入っていって、そのうちにとっぷり日が
暮れてしまいました。
こう
山奥深く
入っては、もう
今更引っ
返して、うちへ
帰ろうにも
帰れなくなりました。
仕方がないので、
今夜は山の中に
野宿をすることにきめました。一
本の大きな木の、うつろになった中に
入って、
犬どもを木のまわりに
集めて、たくさんたき
火をして、その
晩は
眠ることにしました。するうちつい
昼間の
疲れが出て、人も
犬も
眠るともなく、ぐっすり
寝込んでしまいました。
二
ふと
夜中になって、けたたましく
犬の
鳴き
立てる
声がしました。
驚いてりょうしは目を
覚ましました。ぼんやり
消え
残っているたき
火の
明りに
透してみますと、中でいちばん
賢い、
獲物を
捕ることの
上手な
犬が、
火のまわりをぐるぐる
回りながら、
気違いのようになってほえ
立てていました。りょうしは
何事が
起こったのかと
思って、
山刀を
持って
飛び
出して、そこらを
見回りました。けれども、
何もそこにはほえ
立てるような
怪しいものの、
影も
形も
見えませんでした。ほかの
犬たちも目を
覚まさせられて、いっしょにわんわんほえながら、これもやはり
獲物をかぎ
回っていましたが、
何も
見つからないので、すごすご、しっぽを
振ってもどって
来ました。
その中でも、さっきの
犬は、あいかわらず
気違いのようにほえ
回って、
主人のすそを
引っ
張るやら、
背中に
飛びつくやら、たいそうらんぼうになって、しまいには
今にもかみつくかと
思うように、はげしく
主人にほえかかりました。だんだん、その
様子がおそろしくなるので、りょうしも
気味が
悪くなりました。
刀を
抜いておどしますと、
犬はなおなおはげしく
狂い
回って、りょうしの
振り
上げる
刀の下をくぐって、いきなりその
胸に
飛びつきました。りょうしはびっくりして、
思わず
犬をつき
放して、
振り
上げていた
刀で、
犬の
首を
切り
落としてしまいました。山の中があんまり
寂しいので、
気が
変になって、
犬が
狂い
出したのだと、りょうしは
思ったのでしょう。
ところが
驚いたことには、
切られた
犬の
首は、いきなり
飛び
上がって、りょうしの
眠っていた
頭の上の木の
枝にかみつきました。すると
暗やみの中から、うう、うう、とうなるようなものすごい
声が
聞こえました。やがてばっさりと、まるで
大木でも
倒れたような
音がして、
何か上から大きなものが
落ちてきました。りょうしは
驚いて、
火をともしてよく
見ますと、四五
間もありそうな
長さのおそろしい
大蛇が、とぐろを
巻いたまま
落ちてきたのでした。そののどに
犬の
首がしっかりとかみついていました。木の上に
住んでいた
大蛇が、
夜中に、りょうしをのもうと
思って出て
来たのを、
賢い
犬が
見つけて、
主人を
起こして
助けようとしたのです。それが
主人に
分からなくって、かわいそうに
殺されてしまいましたが、
主人のためを
思う
一念が
首に
残って、
飛んでいって、
大蛇をかみ
殺してしまったのです。
りょうしはつくづくかわいそうなことをしたと
思って、
涙をこぼしながら、
死んだ
犬のために、りっぱなお
墓をこしらえてやりました。
忠義な
犬のお
墓だといって、みんながおまいりをして、
花やお
線香を
上げました。