鶴岡城下の話であるが、
某深更に一人の武士が
田圃路を通っていると、焔のない
火玉がふうわりと眼の前を通った。焔のない火玉は
鬼火だと云う事を聞いていた武士は、
興味半分に其の後を
跟けて
往った。
火玉は人間の歩く位の速度でふうわりふうわりと飛んでいた。武士は其の時其の火玉を斬ってみたくなった。武士は足を早めて火玉に近づいて往った。と、火玉は物に驚いたように非常な速力で飛びだした。それと見て武士もどんどんと走って追っかけた。
其のうちに火玉の前方に一軒の小さな農家が見えた。武士はそれを見て、人家があるなと思った時、火玉はいきなり其の農家の小窓の中へ飛びこんでしまった。武士は小窓の下へ往って立った。
と、其の時家の中で人声がした。
「どうしたの、お婆さん、お婆さん、そんなにうなされて、お婆さん」
すると
赭がれた女の声がそれに応じた。
「あァ、
怖かった、怖かった。わしは、この
煩いでは、とても助からん思って、今、娘の処へ
暇乞いに往って、帰っておると、お武家さんが見つけて、斬りに来たから、一所懸命になって逃げて来た。あァ、怖かった」