一
その時
伝説にもその神様がどんな
その来宮様は、
「ああ
来宮様の眼には、
「こんな、佳い日に、人間どもは、何をあくせくしているのだ」
来宮様はそうそうろうろうとして歩いた。それを見て土地の者は土地の者で、
「今日も来宮様は佳い気もちになって、歩いてらっしゃるが、此の寒いのに、あんな
と云う者もあれば、
「そこが酒だよ、酒をめしあがりゃ、寒いも暑いもないさ。酒は天の
と云うようなことを云って笑う者もあった。さて来宮様は、土地の人間どもの寒そうな顔をして、あくせくしているのを憐みながら
「ああ、眠い、眠い、眠くてしかたがないぞ」
夢心地になって華表の下まで来たところで、もう一歩も歩かれなくなったので、そのまま其処へころりと寝てしまった。
ちょうどその時、二人の旅人が華表の近くへ来て休んでいたが、あまり寒いので、一方の旅人が、
「どうだ、火を
と云うと、一方の旅人も、
「いいだろう」
と云って、さっそく二人で枯枝を集め、腰の
「こりゃ、いかん」
「燃えひろがっては、たいへんだ」
と云って、二人で火を踏み消そうとしたが、火は消えないでみるみる傍の枯草に燃え移り、それから立木に燃え移った。旅人はますますあわてて、木の枝を折って来て叩き消そうとしたが、火はますます燃えひろがるばかりで、手のつけようがなかった。
「こりゃ、いかん、村の者に見つかったら、たいへんだ」
「そうだ、たいへんだ、逃げよう」
二人はしかたなしに逃げて往った。その時来宮様に使われている
「たいへんです、たいへんです、神様、火事です、たいへんです」
と云って
「たいへんです、たいへんです、起きてください、起きてください、神様、火事です、火が燃えつきます、神様」
雉の声がやっと通じたのか、来宮様はううと云うような
「起きてください、火事です、火が燃えつきます、たいへんです」
と叫ぶと、来宮様はやっと眠りからさめかけた。
「うう、うう、ううん」
「ううんじゃありません、火事です、たいへんです、起きてください」
「やかましい、たれだ」
「たれもかれもありません、そんなことを云ってる場合じゃありません、起きてください、たいへんです」
「雉か」
「雉ですから、早く起きてください、たいへんです」
「なにがたいへんだ、そうぞうしい。それより、
「だめです、そんな暢気なことを云ってちゃ、焼け死にます、早く起きてください」
「酒を飲んで焼け死ぬる奴があるか、水を持って来い」
火はもうその時
「早く、早く、早く起きないと、焼け死にます、早く、早く」
「なにを、そんなにあわてるのだ」
来宮様がやっと正気になって、顔をむっつりあげた時には、もう華表は一面の火になっていた。それにはさすがの来宮様も驚いて逃げようとしたが、
そこへ土地の者がかけつけて来て火を消し、来宮様を御殿へ伴れて往っていろいろ介抱したが、
二
その来宮様のいた処は、今の
谷津には温泉があった。私は下田からの乗合自動車に乗った。その途中には共産村として有名な
河津川の口で自動車をおりて、川土手をすこし往くとすぐ谷津であった。その付近は昔の河津の
ちょうど
「もし、もし」
と云って呼びとめ、
「このあたりで、何という家がいいのでしょう」
と云うと、女は、
「さあ、何処がいいでしょうね」
と云った。私は女が
「
と云うと、女は、
「
と云った。私はさっそく中津屋へ往くことにして女に
私は中津屋へ入って、まず温泉に入り、それから二階へあがって雑記帳を
「御飯はどういたしましょう」
と云った。私は飯の注文をして、
「ついでに一本持って来てもらおうか」
と云った。
すると女はにやりと笑った。
「お気のどくですが、来宮様のお祭でございますから、旦那は御存じでしょう」
と云った。私は何も知らないので、
「何も知らないが、来宮様のお祭って、なんだい」
と云うと、女はまたにやりと笑って、
「御存じでしょう、旦那は」
と云って、私がしらばくれているような云い方をするので、
「知るものか。なんだい、来宮様がなんだい」
と云うと、女ははじめて私が何も知らないことを知ったのか、
「御存じないですか。来宮様は、お酒が好きで、酒を飲んで、寝ておりますと、火事になって、火が
と笑い笑い云った。
「そうかい、そいつはいかんな」
「お気のどくですが、それで、来宮様のお祭には、この土地では、一切酒を飲まないことになっておりますから」
「それじゃ、酒がなくてはいられない者は、どうするのだ」
「その方は、他の村へ往くのですよ」
「そうか、それじゃだめだね、今日は」
「お気のどくですが」
一ぱいやろうと思って楽しみにしていた私も、あきらめるより他にしかたがなかった。
「それじゃ、しかたがない、飯だけ」と云ってから、「しかし、これが
酒ぬきの飯を