何時の
長者には八人の子があった。
「御報謝を願います」
と云った。
「ならん、帰れ」
と云って叱りつけた。旅僧は静に出て往った。しばらくすると又錫杖の音をさして引返して来て、
「御報謝を願います」と云って立った。
長者は五つ位になる下の女の子を抱きあげたところであった。之を見ると急いで女の子をおろし、未だ両の袖にも縋っている男の子の手も除けて置いて旅僧の傍へ往って、「帰れと云ってあるに何故またやって来た、俺はお前達に報謝する
旅僧は
「煩い坊主じゃ、なんだって二度もやって来るだろう、煩く云っていたらくれるとでもおもってるだろうか、ふン」
長者は忌いましそうに呟きながら、
旅僧は柔和な眼をして鉄鉢をさし出しながら、
「どうか御報謝を願います」
「此の
「私は衆生済度のためにこんなことをしております」
「人に物を貰うに、何が衆生済度じゃ、それよりゃ、俺がお前を済度してやろう」
長者はこう云うが早いか、旅僧の持っている鉄鉢を引ったくって、傍にある石の上に投げつけたので、鉢は音を立てて八つに砕けて空に飛び散った。と、今まで明るい陽がさしていた空が不意に暗くなって、真黒な雲が渦巻のように舞いさがって来て、空中に浮んだ鉢の
其の夜長者の総領が急に病気になった。
長者は驚きと悲しみとに世の中が暗くなったような気がしていると、また次の小児が病気になって、これも手当をする
長者は悲しみのどん底に沈んで、
「太郎の死んだ日に穢い旅僧の鉄鉢を破ったところが、雲が来て、其の
「其の旅僧は、どんな顔をしておりましたか」と、老僧が聞いた。
「
「それこそ弘法大師様でございます、
「小児の死んだのは、其の罰であろうか」
「罰でございますとも、これは早く大師様にお詫びをしなければ、小児ばかりか、貴殿も其の罰で地獄へ落ちます」
長者は老僧の
そして、初めには
其の内に二三年の日が経って、二十二回も廻ったが、どうしても逢えないので、二十三回目には考え直して逆に廻っていると、ある山の中でぴったりと往き逢った。
「おお大師様」と云って、長者は杖を投げ捨てて其の前につくばった。
大師は長者の家へ往った時と少しも変らないような
「
「よく判りました、どうか罪業が消滅するように、引導を渡してくださいませ」
「それでは直ぐ彼の世へ往っても好いと云うのか」
「罪業が消滅することなれば、どうぞ彼の世へやってくださいませ」
「そうだ、倉に満ちた金銀財宝に心が無くなれば、
「私は大名に生れとうございます」
「よし、罪業が消えたなら、大名にうまれるようにしてやる」
こう云って大師は小石を拾って、南無阿弥陀仏と六字の名号を書き、それを長者にやると、長者はそれを握って合掌した。大師はそれを見ると、如意を持って長者の腰のあたりを打ったので、長者は其のまま
で、大師は長者の死骸を其処へ葬って、其の上に杉の杖を逆さに立てて置いて、
其の後、長者の墓の上に立てた杉の杖は、芽をふき枝が出て、年々大きくなって、高さ雲を凌ぐばかりになった。
其の逆さ杉には、雨が降り、風が枝を曲げ、雪が痛めて、さながら罪業の深い長者に代って、其の苦しみを受けているようであった。
そして、八十年目の長者の死んだ命日になると、其の杉は火になって焚けてしまった。
其の
そして、其の小児は成長して、大名になったのであった。