大地に対するノスタルジーを忘失したる児等よ。||
「冷かな東北の微風、ミルク色の海と湛えた霧のなかに、巖のように聳ゆる鉄筋コンクリートの建物の屋上から、朗かな妖精の声が響きます。屋上のまわりをかこむ鉄柵や、それにからんだ針金の網は、枯れた海藻のように黝ずみ、四隅の避雷針は、錆びくちた鎗のようで、昼の明るみは盲いていますが、妖精の声は朗かです。妖精は、永遠の若さと稚気と自由。今、十分間の休憩時間です。空中の運動場です。地面よりも遙かに、家根よりも高いのが、彼等は嬉しいのです。踊りはね、飛び走り、胸一杯に叫んでいます。屋上の運動場は、雨が降っても泥にならず、日が照っても埃がたたず、草も生えず、花も咲きません。見渡す限り都会の家根、向うに煙筒の煙がなびいています。鉄柵にかこまれていても、風は自由に吹きすぎます。風は煤煙がとけこんでいて、肺のなかに流れこみます。それを力一杯に吐きだすのです。元気にしないと、風邪をひきます。肺のなかに煤がたまります。授業時間の間、運動場の下の四角な室のなかに、幽閉されてた彼等です。肺活量を大きくしなければいけません。始終コンクリートの平面の上を歩いているので、足が扁平足になろうとも、それは問題ではありません。地肌なんかは少しもない小学校です。始終四角や直線ばかりを見ているので、眼付が神経質にとんがろうとも、それは問題ではありません。山や森の見えない都会の真中です。頬の皮膚に色素がへって、営養不良めいて蒼ざめようとも、それは問題ではありません。紫外線の少い都会の大気です。ただ残された問題は、肺活量を大きくすることです。だから彼等は胸一杯に叫んでいます。何と
おう、大地に対するノスタルジーを亡失したる児等よ、彼等のうちのせめて幾人か、将来、その叫声の意味を理解せんことを!