嘉ッコのお母さんは、大きなけらを着て、
「
「うん、霜ぁ降ったのさ。今日は畑ぁ、土ぁぐぢゃぐぢゃづがべもや。」と嘉ッコのお母さんは、半分ひとりごとのやうに答へました。
嘉ッコのおばあさんが、やっぱりけらを着て、すっかり支度をして、家の中から出て来ました。
そして
「
「爺ん[#「ん」は小書き]ごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。」嘉ッコがいきなり叫びました。
おばあさんはわらひました。
「うん。けづな
「ダゴダア、ダゴダア、ダゴダア。」嘉ッコはもう走って垣の出口の柳の木を見てゐました。
それはツンツン、ツンツンと鳴いて、枝中はねあるく小さなみそさゞいで一杯でした。
実に柳は、今はその細長い葉をすっかり落して、冷たい風にほんのすこしゆれ、そのてっぺんの青ぞらには、町のお祭りの晩の電気菓子のやうな白い雲が、静に
「ツツンツツン、チ、チ、ツン、ツン。」
みそさざいどもは、とんだりはねたり、柳の木のなかで、じつにおもしろさうにやってゐます。柳の木のなかといふわけは、葉の落ちてカラッとなった柳の木の外側には、すっかりガラスが張ってあるやうな気がするのです。それですから、嘉ッコはますます大よろこびです。
けれどもたうとう、そのすきとほるガラス
さてみそさざいも飛びましたし、嘉ッコは走って街道に出ました。
電信ばしらが、
「ゴーゴー、ガーガー、キイミイガアアヨオワア、ゴゴー、ゴゴー、ゴゴー。」とうなってゐます。
嘉ッコは街道のまん中に小さな腕を組んで立ちながら、松並木のあっちこっちをよくよく
嘉ッコは林にはひりました。松の木や
林を通り抜けると、そこが嘉ッコの家の豆畑でした。
豆ばたけは、今はもう、茶色の豆の木でぎっしりです。
豆はみな厚い茶色の
お日さまはそらのうすぐもにはひり、向ふの方のすゝきの野原がうすく光ってゐます。
黒い鳥がその空の青じろいはてを、なゝめにかけて行きました。
お母さんたちがやっと林から出て来ました。それから向ふの畑のへりを、もう二人の人が光ってこっちへやって参ります。一人は大きく一人は黒くて小さいのでした。
それはたしかに、隣りの
「ホー、善コォ。」嘉ッコは高く叫びました。
「ホー。」高く返事が響いて来ます。そして二人はどっちからもかけ寄って、丁度畑の
「
「霜ぁ、おれぁの家さ降った。うなぃの家さ降ったが。」善コが云ひました。
「うん、降った。」
それから二人は善コのお母さんが持って来た
二人はむしろに座って、
「わあああああああああ。」と云ひながら両手で耳を
「カーカーココーコー、ジャー。」といふ水の流れるやうな音が聞えるのでした。
「ぢゃ、
と嘉ッコが云ひました。善コもしばらくやって見てゐましたが、やっぱりどうしてもそれがわからないらしく困ったやうに、
「奇体だな。」と云ひました。
その時丁度嘉ッコのお母さんが
「
「
お母さんが向ふへ行って今度はおばあさんが来ました。
「ばさん。かう
おばあさんはやれやれと腰をのばして、手の甲で額を
「
二人は変な顔をしながら黙ってしばらくその音を呼び寄せて聞いてゐましたが、
「ほう、天の邪鬼の小便ぁ永ぃな。」
そこで嘉ッコが飛びあがって笑っておばあさんの所に走って行って云ひました。
「アッハッハ、ばさん。天の邪鬼の小便ぁたまげだ永ぃな。」
「永ぃてさ、天の邪鬼ぁいっつも小便、垂れ通しさ。」とおばあさんはすまして云ひながら又豆を抜きました。嘉ッコは
お日さまはうすい白雲にはひり、黒い鳥が高く高く
「兵隊さん。」善コが叫びながらそっちへかけ出しました。
「兵隊さん[#「ん」は小書き]だなぃ。鉄砲持ってなぃぞ。」嘉ッコも走りながら云ひました。
「兵隊さん。」善コが又叫びました。
「兵隊さんだなぃ。鉄砲持ってなぃぞ。」けれどもその時は二人はもう旅人の三間ばかりこっちまで来てゐました。
「兵隊さん。」善コは又叫んでからをかしな顔をしてしまひました。見るとその人は赤ひげで西洋人なのです。おまけにその男が口を大きくして叫びました。
「グルルル、グルウ、ユー、リトル、ラズカルズ、ユー、プレイ、トラウント、ビ、オッフ、ナウ、スカッド、アウヰ[#「ヰ」は小書き]イ、テゥ、スクール。」
と雷のやうな声でどなりました。そこで二人はもうグーとも云はず、まん円になって一目散に逃げました。するとうしろではいかにも面白さうに高く笑ふ声がします。向ふの方ではお母さんたちが心配さうに手をかざしてこっちを見てゐましたが、やがて一寸おじぎをしました。二人は振り返って見ますとその鼠色の旅人も笑ひながら帽子をとっておじぎをして
お日さまが又かっと明るくなり、二人はむしろに座ってひばりもゐないのに、
「ひばり焼げこ、ひばりこんぶりこ、」なんて
そのうちに嘉ッコ[#底本は「嘉っこ」]がふと思ひ出したやうに歌をやめて、一寸顔をしかめましたが、俄かに云ひました。
「ぢゃ、うなぃの
「うんにゃ、おれぁの爺ん[#「ん」は小書き]ごぁ酔ったぐれだなぃ。」善コが答へました。
「そだら、うなぃの爺ん[#「ん」は小書き]ごど俺ぁの爺ん[#「ん」は小書き]ごど、爺ん[#「ん」は小書き]ご取っ換へ[#「へ」は小書き]だらいがべぢゃぃ。取っ換へ[#「へ」は小書き]なぃどが。」嘉ッコがこれを云ふか云はないにウンと云ふくらゐひどく耳をひっぱられました。見ると嘉ッコのおぢいさんがけらを着て
「なにしたど。爺ん[#「ん」は小書き]ご取っ換へ[#「へ」は小書き]るど。それよりもうなのごと山山のへっぴり
「ぢさん、許せゆるせ、取っ換へ[#「へ」は小書き]なぃはんて、ゆるせ。」嘉ッコは泣きさうになってあやまりました。そこでぢいさんは笑って自分も豆を抜きはじめました。
※
火は赤く燃えてゐます。けむりは主におぢいさんの方へ行きます。
嘉ッコは、
「松を火にたくゐろりのそばで
よるはよもやまはなしがはづむ
母が手ぎはのだいこんなます
これがゐなかのとしこしざかな。第十三課······。」
「何したど。大根なますだど。としこしざがなだど。あんまりけづな書物だな。」とおぢいさんがいきなり云ひました。そこで嘉ッコのお父さんも笑ひました。よるはよもやまはなしがはづむ
母が手ぎはのだいこんなます
これがゐなかのとしこしざかな。第十三課······。」
「なあにこの書物ぁ倹約教へだのだべも。」
ところが嘉ッコの兄さんは、すっかり怒ってしまひました。そしてまるで泣き出しさうになって、読本を鞄にしまって、
「嘉ッコ、猫ぉおれさ寄越せぢゃ。」と云ひました。
「わがなぃんちゃ。
「寄越せったら、寄越せ。嘉ッコぉ。わあい。寄越せぢゃぁ。」
「
「そだら
「お
「
「ホーォ。」ととなりの善コの声が聞えます。
「ホーォ。」と嘉ッコが答へました。
「ホーォォ。」となりで又叫んでゐます。
「ホーォォー。」嘉ッコが
嘉ッコの兄さんは雹を取らうと
南のずうっと向ふの方は、白い雲か霧かがかかり、稲光りが月あかりの中をたびたび白く渡ります。二人は
「ホーォ。」善コの声がします。
「ホーォ。」嘉ッコと嘉ッコの兄さんとは一所に叫びながら垣根の柳の木の下まで出て行きました。
となりの垣根からも小さな黒い影がプイッと出てこっちへやって参ります。善コです。嘉ッコは走りました。
「ほお、雹だぢゃぃ。大きぢゃぃ。こったに大きぢゃぃ。」
善コも一杯つかんでゐました。
「
稲づまが又白く光って通り過ぎました。
「あ、山山のへっぴり