先般放送局文芸課長久保田万太郎氏から、ラヂオ放送用の「空襲ドラマ」を書いてみないかと勧められ、少々面喰つたが、いろいろ考へた末、ひとつやつてみようといふ気になつた。
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これは無論、今度の防空演習に因んで、半ば宣伝、半ば余興として考へだされた試みであらうが、僕は、第一に、あらゆる音響効果を使ひ得る何よりの機会だと思ひ、その方面でだんだん興味を感じだしてゐる。
なにしろ、東京の空へ敵の飛行機がやつてくるといふ想像は、これはまあつくとして、いよいよさうなつた場合に、われわれ市民は、どの程度まで「しつかり」してゐられるだらうか。これは甚だ見当がつけにくい。阿鼻叫喚といふやうな「音響効果」は、空襲の惨状を写すに、是非ともなくてはならぬものかどうか。日本国民の名誉のために、果して手心を加ふべきかどうか? 僕は迷つた。
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次に、敵の飛行機を迎へ撃つわが防空部隊の活躍はどんなものであらう。敵味方の空軍入乱れての戦闘は、音響的に、生彩ある
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殊に、当日僕が識りたいと思つたのは、照空隊と砲隊との連絡、その間に使用される命令、報告、号令の用語だつた。「目標、東方上空の爆音、航速四十、運転始め、照射用意。第一分隊聴音よし。統一照射、十秒照射始め。用意測レ零五二・四三。目標追随、聴音機は東方上空を警戒せよ。目標東方上空の射光内の重爆、高度千二百、始め、航速十秒、航路角五百、五発······」といふやうな文句が、僕のノートに書きつけられた。
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九十九里浜を南に抱く絶壁の端に立つて、僕の空想は、太平洋の涼風に吹かれながら、戦争とラヂオ・ドラマの間を往復した。