「ホホホ。つまりエチオピアへお出でになりたいからダイナマイトをくれって
初期の銀幕スターから一躍、筑豊の炭坑王と呼ばれた新張
四十とはトテモ見えない襟化粧、引眉、口紅、パッチリと女だてらのお召の丹前に櫛巻頭。白い素足と真紅のスリッパにゴチック式の豪華を極めた応接間をモノともせぬ勝気さを見せて、これも炭坑王の
みすぼらしい茶の背広に、間に合わせらしい不調和な赤ネクタイを締めていながらも、それこそ新劇の二枚目かと思われる、生白い貴公子然たる眼鼻立の青年であったが、それが今更のようにビックリして純真らしい、茶色の
「御承知して下さる」
と半ば言いさして、青年は唇を
「まあ······エチオピアへでも行こうと仰言るのに度胸が御座んせんねえ。失礼ですけど······ホホホホ」
青年は
「ホントニ······下さる······」
「ええ、ええ。差し上げると申しましたら、必ず差し上げますわ。わたくしも新張眉香子です······ですけど、
「エッ······何故ですか」
「何故ってホントにいらっしゃるおつもりなら差し上げますわ。何でもない事ですから······イクラでも······わたくしモトからエチオピア
「······ホ······ホントに······行くのです」
青年の瞳が熱意に輝いた。
眉香子の眼も同じ程度の熱意を輝き返した。青んじた襟足でしなやかに一つうなずいて見せながら、椅子の中から乗り出した。
「お尋ねさして下さいましね。どうしてソンナ事をお思い立ちになったんですの? 貴方お一人?······お仲間は?······」
青年はギクンとしたらしいが、やがてまた、冷やかに笑ってみせた。やっと度胸がきまったらしく、ソッと溜息をした。
「むろん僕一人じゃありません。十二人ばかりの同志があります」
「まあ十二人······大変ですわねえ。そんなに大勢でエチオピアまでお出でが出来ますかしら。第一危険な
青年は深々と念入りにうなずいた。それくらいの事は百々心得ているという風に······それから眼の前の冷たくなった紅茶に、角砂糖を二つとも沈めた。
「その点は決して御心配に及びません。こうなれば隠す必要がありませんから白状致しますが、実を申しますと吾々同志の中でも五人だけは政府の役人が混っているんです」
「まあ政府のお役人が······どうして······」
「こうなんです。お聞き下さい。吾々十二人は皆、東京の政治結社、東亜会から学費を貰って学校を卒業させて貰った者ばかりですが、その中で五人は皆、政府嘱託の軍事探偵になって、主としてアフガニスタン、ベルジスタン、ペルシア、アラビア方面からスエズ、東アフリカ方面の状態を探っていたものです。もっとも私はこの二、三年、ポートサイドの雑貨店で働きまして連絡係をやっていたものですが」
「まあ。そんな処まで日本政府の手が行き届いておりますかねえ」
「ええ。そりゃあもう······そんな風に先へ先へと手を廻して計画をたてて行かなくちゃ、帝国主義の政府はやって行けません。
······ですからこの五人のほかの七人の同志は皆、トルコ人や、アラビア人······思い切った奴は黒ん坊に化けて、かの方面の有利な天産と、その天産物に
「まあ。お勇ましい。ゾクゾクしますわ。そんなお話······」
「そこへ今度のエチオピアの戦争なんです。今度のイタリーとエチオピアの戦争ってものは、元来イギリスの資本家筋が欧州の勢力の平衡を破り、エチオピアの利権を掴みたいばっかりに巧みに双方を煽動して始めさせたものですが、そいつがマンマと首尾よくイギリスの都合の
「そう都合よくまいりましょうか」
「行きますとも。何よりも先にイギリスとイタリーとが戦端を開きさえすればいいのですから······」
「そんなに訳なく戦争を始めさせることが出来ますかしら」
「なんでもないことです。イタリーの空軍はズッと以前からイギリスを目標にして作戦を練って、イギリスをタタキつけさえすれば、イタリーはヨーロッパ一の強国になれると思っておりますし、イギリスの海軍はまた、背後の武器製造会社の大資本と一緒に張切って、国際連盟のイタリー制裁問題を中に挾んで睨み合っている最中ですから、トテモ都合がいいのです。この際スエズにいるイギリスの軍艦のドレでもいいから一艘、爆破さえすれば、直ぐにイタリーのせいだと思って戦争を始めます。西洋人は非常に激昂し易くて
「それじゃ貴方がたはスエズにいらっしゃるんですね」
「ええ······実はそうなんです。便宜上エチオピアと申しましたが、実はスエズなんです。私たち十二人は皆、ドイツへ行く留学生に化けてスエズで降りまして、ポートサイドを見物するふりをして港内の様子を探ります。一方に手を分けた五、六人の者が途中で
「そんなものですかねえ」
「その水雷の外側をランチのバスケットか何かに見えるように籠で包んで、
「まあなんて恐ろしい······」
「もちろん東京を
「まったくですわ。そうなさいませよ······」
「ところが万が一つでも間違わないようにするためには、時計仕掛ではあぶない。途中で怪しまれてイギリスの軍艦に引き上げられでもしたら日本製の火薬だということがジキにわかってしまう······とても危ない······何にもならないというので吾々が勝手に計画を立て換えたのです」
「わたくしみたいな女風情が、横から何と申しても仕様のない事かも知れませんけど、それではアンマリ······生命をお粗末に······」
「まあお聞き下さい。そんな訳ですから日本を出る時には外務省の保証を持っているんですから、何を持って行ったって鞄を検査される心配はないんですが、ただスエズに着いてからアトに生き残る五、六人の奴が、それだけじゃ詰まらないと、東京に出る間際になっていい出したんです。
青年はいつの間にか雄弁になっていた。その言葉つきは青年らしい意気込に満たされ、その眼は少年のように輝き、その頬は少女のように赤らみ膨らんでいた。
緞子の椅子の
「わたしの僅かばかりの爆薬が、それほどのお役に立ちますとは······何という······」
といううちに応接台の片隅に載っていた旧式の電話器へ手を伸ばして、ベルを廻転させ始めた。涙に濡れた左右の頬に、なおも新しい感激の涙を流しかけながら······。
······リンリン、リリリン······リンリン、リリリン······リンリン、リリリリリリリリ······
そんな風に繰り返して断続するベルの
間もなく返事が来た。
······リンリン、リンリンリンリンリンリンリン······
眉香子はその音の切れるのを待ちかねて受話機を取り上げた。
「ええ、ええ。そうよ。あたし眉香です。アンタ倉庫の紙塚さん······そう。アノネ。御苦労さんですがね。明日の朝までに着くように原田さんの処へ······ええ。門司の原田さんの処へ
眉香子は平然として受話機を掛けながら青年をかえりみた。
「二箱でいいんですね」
青年は返事の代りにピョコンと勢いよく立ち上った。
「······ありがとう······御座います。感謝に······堪えません」
「まあ。あんなこと······わたくしこそ感謝に堪えませんわ。わたくしみたいな女を見込んで下すって······」
といううちに立ち上って青年の両手をシッカリと握り返した。青年は肩をすぼめて身震いした。眉香子の魅力に包まれたように······けれども間もなく静かに、その手を振りほどいた。二、三歩後に下って
「それでは······これで······お
「アラマア······」
眉香子は追いかけるように二、三歩進み出た。
「まだ、荷物とチェッキが出来ないじゃ御座いませんか。それまで、どうぞ御ゆっくりなすって下さいませよ」
「······でも······それはアンマリ······それに私は今夜のうちに門司に出て、明朝早く荷物を受け取って、明後日、神戸の······」
「それでも荷物と一緒の汽車なら宜しいじゃ御座んせん」
「······そ······それは······そうですが······実は······」
「何か御差支えが御座いまして······」
「実はその······友人が四名ほど······福岡の東亜会員が四名ほど、私を門司まで見送ると申しまして、私と同じ汽車で
「もうお会いになりまして······」
「九時ごろの汽車で来ると申しておりましたが······」
「それでもまだ二時間近く御座いますわ。そんなお友達の御親切も何で御座いましょうけれども、今夜、御一緒の汽車で門司にお着きになってからでも御ゆっくりとお話が出来ましょう」
「そ······それは······そうですが······」
「わたくしもホンノ
「でも······」
「······でもって何です。
青年は
「······でも、勿体ないことだわねえ。アンタがたみたいな立派な若い人が十何人も、お国のためとはいいながら、今から半年も経たないうちに粉ミジンになってこの地上から消えてしまうなんて······あたしシンから惜しい気がするわ」
新張家の豪華を極めた応接室の中央と四隅のシャンデリアには、数知れない切子球に屈折された、蒼白な電光が
青年は上衣と
「惜しい気がするわ。ねえ。そうじゃない」
今一度シンミリとそういううちに眉香子は、その肉つきのいい白い腕を長々と青年の肩に投げかけた。青年もそれをキッカケに左手を眉香子の膝の上にダラリと置いた。グラグラと頭をシャンデリアの方向に仰向けて、健康そうな、キラキラ光る白い歯を見せた。
「ナアニ。ハハハ。どうせ僕等は、めいめい勝手なゼンマイ仕掛けの人形みたいなもんですからね。そのゼンマイのネジが解けちゃってヨボヨボになって死んじゃうだけの一生なら、まったく詰まらない一生ですからね······ですからまだピンピンしているうちに、そのゼンマイ仕掛けを自分でブチ毀してみなくちゃ、自分で生きてる気持が
「とてもモノスゴイのね」
「ええ。自分ながらモノスゴクて仕様がないんです。なんでもいいから思い切って自分をぶっつけてガチャガチャになってしまいたいんです」
「アンタみたいな方は恋愛もなにも出来ないのね」
「恋愛······恋愛なんて······ハハハハ」
「マア。恋愛なんて······て仰言るの······あたしこれでもチャント貞操を守っている未亡人なのよ。まだネジが切れちまわないうちに相手をなくしちゃって、イヤでもこんな淋しい
「恋愛なんて······恋愛なんて······ハハハ。恋愛なんて何でもないじゃないですか。ほんの一時の欲望じゃないですか。永遠の愛なんてものは男と女とが都合によって······お互いに許し合いましょうね······といった口約束みたいなもんじゃないですか。お金のかからない
「まあ。ヒドイことをいうのね」
「当り前ですよ。この世の中はソンナ様な神秘めかした
「アンタ······それじゃ虚無主義者ね」
「そうですよ。虚無主義者でなくちゃ僕等みたいな思い切った仕事は出来ないんです。ゾラか誰か言ったことがありますね。||科学者の最上の仕事は、強力な爆薬を発明して、この地球と名づくる石ころを粉砕するにあり。真実というものがドンナものかということを人類に知らしむるに在り||とか何とか······」
「まあ大変ね。ゾラはきっとインポテントだったのでしょう」
「ハハハハ。こいつは痛快だ。さすがは昔の銀幕スター、眉香子さんだけある。そういって来ると虚無主義者や共産主義者はみんなインポテントになるじゃないですか」
「そうよ。この世に興味を
「そんなことはない······」
「あるわ。論より証拠、貴方に死ぬのをイヤにならせて見せましょうか」
「ええ。どうぞ······」
「きっと······よござんすか」
「しかし······しかしそれは一時のことでしょうよ。明日になったら僕はまたキット死にたくなるんですよ。今までに何度も何度も体験しているんですからね。ハハハハ」
「ホホホホ。それは相手によりけりだわ。妾がお眼にかける夢は、そんな
「ワア。大変な自信ですね。しかしイクラ何でも僕に限って駄目ですよ。世界中のありとあらゆる夢よりも、僕の心に巣喰っている虚無の方がズット深くて強いんですからね······明日になったらキット醒めちゃうんですから······」
「理屈を言ったって駄目よ。明日になって見なくちゃわからないじゃないの。醒めようたって醒め切れない強い印象を貴方の脳髄の歯車の間に残して上げるわ······あたしの力で英、伊戦争を喰い止めてお眼にかけるわ」
「アハハハ。これは愉快だ。一つ乾杯しましょう」
乾杯がすむと眉香子は立ち上って、正面中央のマントルピースの下のスイッチをひねって五つのシャンデリアの光を一時に消してしまった。それから部屋の隅の紐を引くと、部屋の三方の眼界を遮っていたゴブラン織の窓掛がスルスルと
部屋の中がシインとなってしまった。時々軽い
······突然······部屋の隅の思いがけない方向で······コロロン、コロロン、コロリン······トロロロンンン······という優雅なオルゴールのような音がした。それは十時半を報ずる黄金製の置時計の音であった。
すると、ちょうどそれを合図のように、部屋の中へ、眼も
二人はまたもヒッシと抱きあったまま、
見よ

窓の外のポプラ並木の間から、遙か向うの暗黒の中に重なり合っていた選炭場、積込場、廃物の大クレーン、機械場、ポンプ場、
青年は今一度眼をこすった。顔面をこわばらせたままその光の大集団を凝視した。
それは一本の木も草もない、荒涼たる
青年は眉香子の中でガタガタと震え出した。恐怖の眼をマン丸く、真白くなるほど見開いて、窓の外の光明を凝視したまま、顎をガタガタと鳴らし始めた。わななく指先で眉香子の腕を押し除けて、棒のようにスッポリと立ち上った。
それはさながらに地獄に堕ちた死人の形相であった。髪が乱れ、ズボン釣がはずれ、ネクタイがブラ下ったまま、白い唇をガックリと開き、舌をダラリと垂らし、膝頭をワナワナと
「アラ。あんた、ダシヌケにどうしたの······」
「············」
「恐いの······」
「············」
「マア、何がソンナに怖いの······まあ落ちついてここにいらっしゃいよ。何も怖がることないじゃないの······」
「············」
「アレはね······あの
「············」
青年は一言も返事をしなかった。青鬼に呼び止められた亡者のような悲し気な顔でチラリと、恐ろしそうに眉香子の顔を振り返っただけで······それでもイクラか落ちついたらしく、長椅子の上に引っかけた上衣を横筋違いに引被りながら、ヨロヨロと応接間を出て行った。眉香子も声ばかりで追っかけて、椅子から立ち上ろうともしなかった。
「まあ、変な人ねえ、アンタは······何をソンナに怖がるの······何処へ行くのイッタイ······おかアしな人ねえ······ホホホホホホホホ······」
しかし部屋を出て行った青年が、応接間の重たい扉を、向側からバタンと大きな音を立てて閉めると、眉香子の笑い顔が、急にスイッチを切り換えたように冷笑に変化した。
「オホホホホホホ、ハハハハハハハ。お馬鹿さんねえ、アンタは······出て行ったってモウ駄目よ。今夜のうちにお陀仏よ。ホホホ。でも······お蔭で今夜は面白かったわ······」
しかし新張家の内玄関を一歩出ると、青年の態度が急に、別人のように緊張した。
青年はこの辺の案内をよほど詳しく調べていたらしい。それから二十分ほどしてから選炭場裏の六十度を描く赤土の絶壁の上に来ると、その絶壁の
「君······僕の部屋はドコだったけね」
女は両腕に抱えた十余枚の洗い立ての浴衣の向うから愛想よく一礼した。
「ホホ。何番さんでいらっしゃいますか」
「それが何番だったか······あんまり家が広いもんだから降りて来た階段を忘れちゃったんだ。八時五十四分の汽車で着いた四人連れの部屋だがね」
「ホホ。あの東京のお客様でしょ。ツイ今さっき······十時頃お出でになった。お一人はヘルメットを召した······」
「ウン。それだそれだ······」
「あ······それなら向うの突当りの
「······ありがとう······」
教えられた通りに青年は二階へ上った。部屋の番号をチョット見上げながら静かに障子を開いた。
「アレ。寝てやがる。
電灯を消した八畳と十畳の二間をブッ通して寝床が五つ、一列に取ってある。その中央の一つだけがまだ寝具をたたんだままで、アトは四人の人間が皆、頭から布団を引冠ってスースーと眠っている様子である。廊下から映して来る薄明りに、向うの枕元の火鉢から立ち昇る
八畳の間の違棚の下にならんでいる四人分の洋服と、違棚の上に二つ三つ並んだ鞄と、その右手の壁に架け並べてある四ツの帽子を見まわした青年は、ヤッと安心したらしくホットタメ息をした。何の気もなく中央の自分の寝床の上に近づいて枕の前にドカリと音を立てて坐った。一時に疲れが出たらしく、両手をベッタリとシーツの上に突くと、声をひそめて力強く呼んだ。
「オイ。皆起きろ。ズキがまわったぞ······」
左右の寝床の中の寝息がピタリと止まったようであった。同時にクスクスと笑うような声が何処からか聞こえてきた。
その声を聞くと同時に青年はハッと膝を立てて身構えた。稲妻のように飛び上って頭の上の電灯のスイッチをひねった。今一度左右の寝姿を見まわした。
トタンに······それをキッカケにしたように四つの夜具が一斉に跳ね返された。······アッ······という間もなく立ち上りかけた青年の上に八ツの
「ウーム」
縛られたまま敷布団の上に起き直った青年は、ポマードだらけの毛髪を振り乱したまま真青になって自分の周囲を見まわした。自分を見下している四ツの顔が皆、白い歯を現わして冷笑しているのを見ると、たちまち眼を釣り上げ、歯を喰い締めて今一度、心の底から唸った。
「ウウムムム。しまったッ······」
「ハハハ。△産党の九州執行委員長、
そういってペコペコ頭を下げながら前に進み出たのは、四人の中でも一番
「キット
「ホホホ。お蔭様で助かりましたわ」
媚めかしい声でそういいながら眉香子未亡人が静々と
「野郎······貴様らが
「どうもありがとう御座いましたわねえ。ホホ。ちょうど御通知の番号の車で、この
「ハイ。恐れ入ります。それから間もなく倉庫主任宛のお電話が
「ええ。今消させて直ぐ自動車でコチラへ参りましたのよ。ちょっとこの
「······あ······そうですか。それじゃ。······只今なら構いませんから······何なりと······」
四人の刑事は眼くばせをし合ってゾロゾロと廊下の方へ出て行った。あとを見送った眉香子未亡人は、今一度、維倉青年を見下してニッコリと笑った。
「ホホ。お気の毒でしたわね」
「············」
維倉青年はギリギリと歯を噛んで、眼の前の訪問着を見上げた。しかし何もいわなかった。否、いい得なかったのであろう。
「モウ。何も仰言らないで頂戴ね。仰言ったって警察では何一つホントにしませんからね。貴方が妾をお
「············」
「ねえ。女だと思ってタカを
「············」
「ホホ。死にたくても死ねないようにして差し上げるって申しましたこと······おわかりになりまして?······」
「······ド······毒婦ッ······」
青年はいつの間にか上唇を噛み破っていた。その滴る血を吹きつけるように叫んだ。
「ホホホ。そうよ。アナタはプロの闘士よ。あたしはブルジョアの闘士······人間を棄ててしまった女優上りですからね。
「チ······畜生······覚えておれッ」
「忘れませんわ······今夜のこと······ホホ。貴方も一生涯、忘れないで頂戴ね。楽しみが出来ていいわ」
「······殺してくれる······」
「どうぞ······貴方みたいな可愛いお人形さんに殺されるのは本望よ。妾はサンザしたい放題のことをして来た虚無主義のブルジョア······惜しい浮世じゃ御座んせんからね。チャントお待ちしておりますわ、ホホホホホ······では左様なら······ホホホホホホ······」
誇らかに笑いながら彼女は、見返りもせずに静々と廊下に出て行った。向うの隅に固まって煙草を吸っている刑事連に
「ありがとう御座いました。お手数かけました。アノ······どうぞお連れなすって······ホホホホホホ」