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月謝の袋を失くしたあひるさん

村山籌子




 あひるさんは泣きながら学校から帰つて来て、お母さんに申しました。

「お母さん、先生から頂いた月謝の袋を落したの。先生にしかられるといや」

 お母さんはおつしやいました。

「あひるさんや、カバンの中をしらべて見て、なかつたら、明日あした、先生によくお話しをなさい」

 そしてお八つの牛乳を下さいました。けれどもあひるさんは一口も飲みません。

「あひるさんや、さあ、お飲みなさい。心配をしないで。とてもあたたかくて、うまい牛乳ですよ」と、お母さんは、あひるさんの口に牛乳のびんをおしつけました。すると、あひるさんは、牛乳の瓶をはねとばしましたので、折角の牛乳が半分こぼれました。

 そして、あひるさんはベツドの中へもぐり込んで、

「お母さん、今すぐ月謝の袋を見つけて下さい」と、わあ/\泣きわめきました。お母さんは家中うちぢゆうをさがしましたが、月謝の袋は出て来ませんでした。

 あひるさんはベツドの中で、涙でグツシヨリになつて、

「ああ、わたしが月謝の袋屋さんだつたら! 私はどんなに幸だつたらう。私はこんなに心配しないでもすんだのに。そして私は月謝の袋をなくして、心配で心配で泣いてゐる世界中の子供に、一枚づつ、ただで上げるのに!」と思ひました。けれども、あひるさんは月謝の袋屋さんではありません。ほんとにかあいさうなあひるさんです。

 ところが、その晩は大変よいお月夜でした。学校の先生のからすさんは、散歩に出かけて、あひるさんのうちの前を通りかかりました。

 あひるさんのお母さんは先生に申しました。

「先生、うちのあひるさんは月謝の袋を落したといつて、泣いてばかりゐて、牛乳も飲みません」

 烏先生は、ベツドの中へもぐつてしまつたあひるさんを、ベツドから引出して申しました。

「月謝の袋は明日あしたあげますから、早く牛乳をお飲みなさい」

 そこであひるさんは、やつと泣くのがとまつて、こんどはそれは/\うれしさうに、ニコ/\と牛乳を二本半と、御飯を四杯もたべて、ベツドの中へはいつて、明日あしたの朝まで、グツスリと眠りました。安心して下さい。






底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版

   1978(昭和53)年11月30日初刷発行

底本の親本:「子供之友」婦人之友社

   1932(昭和7)年12月

初出:「子供之友」婦人之友社

   1932(昭和7)年12月

入力:菅野朋子

校正:noriko saito

2011年5月3日作成

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