はじめて世に出る童話集なので、心のなかでひやひやしてゐます。昨年、
前の本は伝記物語でした。つまり、良寛さんといふりつぱなお坊さんがじつさいにゐて、その人の書き残したものや、その人について書かれたものもいろいろあつて、私はそれらのものを土台にして書けばよかつたのです。いひかへると、前の本は、良寛さんと私とのふれあひから生まれたのでした。
ところが、この童話集は、まつたく私一人の心から生まれたものです。久助君、兵太郎君、徳一君、大作君達は、みんな私の心の中の世界に生きてゐるので、私の村にだつてそんな少年達がじつさいにゐるのではありません。さういふわけで、これは純粋な私の創作集ですから、もし少年諸君が、これらの物語を読んでちつとも面白く思はないならば、それはすつかり私のおちどになつてしまふのです。
君達が面白いと思つてくれるかくれないか||それがいちばん心配です。わけても、私の使つた言葉のことが気にかゝります。ほかのやさしい童話ばかり読んでゐた子には、この本の言葉は、きつと少しむつかしく思へるだらうと思ひます。なるべくやさしい言葉をつかつて、君達によくわかるやうに書いたつもりですが、私はこれらの童話を書くまへ、しばらく大人の小説を書く練習をしてゐたため、どうかすると大人の言葉が、童話の方にもでてしまつたのです。
言葉は少々君達にむつかしいのがあるかも知れませんが、書いてあることがらは||少年達の気持にしても、少年達のすることにしても、君達によくわかり、面白いはずだと、私は自分できめてゐます。
ですから、読み出して、むつかしいなと思つても、おつぽり出さないで、お母さんか姉さんか兄さんに読んで戴いてなりとも、ともかく終まで話をきいて下さい。
さうして最後までゆけば、君達は、こんな話きいて損しちやつた、とは、きつといはないだらうと思ひます。ひよつとすると、三月もたつてから、もういつぺん読んでみようといふ気が、起きてくるかもしれません。さうだといいのだがな、と私はひそかに思つてゐます。
この本が出るについては、はじめに私の先輩の
昭和十七年九月
半田の生家にて
新美南吉