夏は、村ぢゆうが深い青葉につゝまれ、秋はあざやかな
私の家の庭には、大きな柿の木が幾本もありましたので、家内だけで食べつくすわけにはいきません。
「こんちは、今年もきたぜ。」
山浦のお百姓さんは、ふとい声で、あいさつして、庭の
「どう/\。」
といひながら、馬を戸口につないでおいて、縁がはへきて腰をかけました。なた
同じお百姓さんでも、山浦といへば、大きな山の
そんな大男が、腰にビクをゆはひつけて、する/\と身がるく、高い木のてつぺんまで一息に、登つてゆくのには、私はびつくりしました。山浦には、
お昼どきになりますと、お百姓さんは、木からおりてきて、縁がはへ腰かけました。おばあさんの入れてあげるお茶は、うまさうにして飲みましたが、
「いんえ、ここにあるだ。」
かう
「こりや、お前さまの孫つこかえ。」
と言ひました。おばあさんが笑ひながら、
「いゝえ、どこの子か知らない子だよ。」
と言ひますと、
「ぢや、帰りにもらつて行くべ。馬に乗つけて||」
「あゝ柿と一しよに買つて行つておくれ。」
私は、お百姓さんが、何と言つて返事するかと思つてゐますと、
「お前さま、ことしは柿のなりがひどくいゝぜ。」
とまるで、別の返事をしました。
お百姓さんは、昼ごはんをすますと、また柿もぎにとりかかりました。夕方柿の一ぱい入つたカマスを、馬の背につけてかへるとき、お百姓さんは、
「また、あした来るぜ。」
と言つて
「また来年くるぜ。」
と言ひました。私はおばあさんと一しよに、村みちのまがり角に立つて、お百姓さんと馬のすがたが、むかうの森にかくれてしまふまで見送りました。
「おばあさん、来年つて遠いの?」
私はたづねました。
「あゝ遠いよ。」
とおばあさんはおつしやいました。
「遠い来年」がつもりつもつて、私の村には、今ははや、馬をひいて柿を買ひに来るお百姓さんの姿も、見られなくなつたさうです。