私たちが、その村に住んでゐたころ||では、今年の正月は、いつものやうに朝から晩まで酒を飲んでは議論をしたり喧嘩をしたりしてゐても止め度がないから、
「今年はひとつ||」
と、私達の
「賛成だ!」
「輝やかしいぞ!」
「はや、魂が天に飛ぶ!」
忽ち村長は斯様な花々しい賛同の叫びと宙に振られる拳の旗に包囲されました。
この一文は、その出立の朝の、空は麗らかに晴れ渡つて、もうやがて間もなく桃の花でも開きさうな温い朝の、三方を蜜柑の樹に深々と覆はれた丘を屏風とした村の||私達一行の出発の光景です。
私はどうも思はしい思案も浮ばなかつたので、普段でも着慣れてゐるアメリカ・インデイアンのトウテム模様を織出したガウンを羽織り、特に鳥の羽根を飾つた酋長用のモンクス・フード(とりかぶと)を翻して、水車小屋のドリアンに打ち乗つて、出発点と定められた村境ひの馬頭観音の前に駆けつけました。誰が、どんな姿で現れるか私は、それが楽しみでした。
「やあ、マキノ君か||どうも連中の来方が遅くつて心外だぞ。まさか、あれほどの賛同の意を表しておいて、いざとなつて、彼等は急にてれてしまつたんぢやあるまいな?」
石塔の傍にロシナンテの轡を従者にとらせてぬつと立つてゐる銀色の鎧を看た老騎士が不平さうに唸りました。見ると、やゝ気色ばんだ村長です。
「そんな御心配は御無用ですよ、村長!」
私はうや/\しく朝の挨拶を述べながら騎士の傍に近づくと、まさしく本物と思はれた銀の鎧はボール紙の手製のものでしたが、その手ぎはの鮮やかさには心からの敬意を払ひました。村長は案の条ラ・マンチアの
「常々、時間励行に関してはあれほどその思想を鼓吹しておくのに、いまだにこの有様では誠にこゝろもとない次第ぢやわい。」
老騎士は筒型の望遠鏡を伸してはるか脚下の街道を眺め渡しながら不平の胸をふくらませつゞけてをりました。私も額に平手を翳して、一筋の河が銀色に光りながら伸び渡つてゐる明るい野面の涯までを眺めましたが、そこにはうらうらとする陽炎が果しもなくゆらめいてゐるばかりで、ひとりの人の影さへも見あたりません。私も少々ながら心細さに襲はれて、動くものの影ならば鳥の姿でも見出すぞとばかりに達磨の眼を見張りました。
およそ十分間あまりも私達はそのまゝの立像と化して眼を据ゑてゐた時、突然村長が、
「やあ、そろつたぞ/\、来たわ/\!」
と大きな喜びの声をあげました。||「先づ先頭に、リリイの手綱をとつて現れた城主もどきの裃姿は造り酒屋の主だよ。続く、
しきりに村長が歓呼の声をあげ続けてゐましたが、そこまで聞くと私は、インヂアンの大酋長は、思はず、
「アツ!」
と叫んで、杖と構へてゐたアツシユの大弓を地にとり落してしまひました。先
「村長||私は、恥しながら今日の同行は辞退します。さよなら······」
私はいひ終らず一目散に裏山を目がけて遁走しようと身構へた時、村長は慌てゝ私のガウンの裾をとらへて、
「君、逃げるにはおよばんよ。いへば僕だつて君同様に彼等の敵なんだがね。僕は、努めて計つたのだ。」
とおごそかに唸りました。「村の平和||こいつを一番楯にして、この目出度い仮装行列の出発に際して奴等が持つてる俺達の借金証書を血祭の煙と燃やさせてしまはう||といふ僕の魂胆、どう処置するか、まあ/\あと一刻僕に任せて置き給へよ。」
私には望遠鏡がなかつたので、誰が誰やら一向に見定めもつきませんでしたが、私は堅く村長の言葉に信頼して、あとから/\三々伍々と打ち続いて来る見るも華麗な野中の行列隊が、駒の脚さばき賑々しく次第に近寄つて来る光景を、しつかりとドリアンの轡をとつたまゝ異様に颯爽たる心地で見守りました。