昭和十年九月二十八日の夜の八時
比、駒込
神明町行の市電が、
下谷池の端の弁天前を進行中、女の乗客の一人が、何かに驚いたように不意に悲鳴をあげて、逃げ出そうとでもするようにして
上半身を窓の外へ出したところで、そこにあったセンターポールで顔を打って昏倒した。
その女客は浅草区西鳥越町の市川喜太郎と云う人の細君で、
墓参に往っての
帰途であった。市電の方では驚いて近くの河野病院へ担ぎこんで手当を加え、悲鳴をあげて逃げ出そうとした事に就いて聞いてみると、席の隣に全身血みどろになった幽霊がいたので、夢中になって逃げようとしたところであったと云ったが、その電柱は
従来、毎月五六名も頭を
打っつけて負傷をするので魔の電柱と云われているものであった。