「ちょっと待っててね」
と云って、犬を抱いたままおりて、
「私の家には、女の子はいないのですが」
と云った。運転手はそれまでは[#「それまでは」はママ]乗り逃げをせられたのかと思いながら、やるともなしに土間へ眼をやった。土間には彼女の抱いていた小犬がちょこなんと坐っていた。
「この犬を抱いて来た方ですよ」
すると老婦人の顔色が変った。
「この犬を、この犬ですって」
そこで運転手は一とおりその女の容貌を話した。みるみる老婦人の眼に涙が湧いた。
「それでは、やっぱり
老婦人はそれから土間へおりてその小犬を抱きあげた。