印度のガンジス
河はあるとき、水が
増して
烈しく
流されていました。
それを見ている
沢山の
群集の中に
尊いアショウカ大王も立たれました。
大王はけらいに
向って「
誰かこの
大河の水をさかさまにながれさせることのできるものがあるか」と
問われました。
けらいは
皆「
陛下よ、それはとても出来ないことでございます」と答えました。
ところがこの
河岸の
群の中にビンズマティーと
云う一人のいやしい
職業の女がおりました。大王の
問をみんなが口々に
相伝えて
云っているのをきいて「わたくしは自分の肉を売って生きているいやしい女である。けれども、今、私のようないやしいものでさえできる、まことのちからの、大きいことを
王様にお目にかけよう」と云いながらまごころこめて河にいのりました。
すると、ああ、ガンジス河、
幅一
里にも近い大きな水の流れは、みんなの目の前で、たちまちたけりくるってさかさまにながれました。
大王はこの
恐ろしくうずを
巻き、はげしく鳴る音を聞いて、びっくりしてけらいに
申されました「これ、これ、どうしたのじゃ。大ガンジスがさかさまにながれるではないか」
人々は
次第をくわしく申し上げました。
大王は
非常に
感動され、すぐにその女の
処に歩いて行って申されました。
「みんなはそちがこれをしたと申しているがそれはほんとうか」
女が答えました。
「はい、さようでございます。
陛下よ」
「どうしてそちのようないやしいものにこんな力があるのか、何の力によるのか」
「陛下よ、私のこの河をさかさまにながれさせたのは、まことの力によるのでございます」
「でもそちのように
不義で、みだらで、
罪深く、ばかものを生けどってくらしているものに、どうしてまことの力があるのか」
「陛下よ、
全くおっしゃるとおりでございます。わたくしは
畜生同然の
身分でございますが、私のようなものにさえまことの力はこのようにおおきくはたらきます」
「ではそのまことの力とはどんなものかおれのまえで話してみよ」
「陛下よ。私は私を買って下さるお方には、おなじくつかえます。
武士族の
尊いお方をも、いやしい
穢多をもひとしくうやまいます。ひとりをたっとびひとりをいやしみません。陛下よ、このまことのこころが
今日ガンジス
河をさかさまにながれさせたわけでございます」