哀調の譯者に獻ず
一、この小册子に蒐めたる詩稿は曾て「太陽」「明星」其他二三の雜誌に載せて公にしたるものなり、ここに或は數句或は數節改刪して出せり。
一、諸篇中「小鳥」「星眸」等の如きは最も舊く、其他多くは一昨年の秋このかたの作なり。ただ「靈鳥の歌」のみ未だ公にせざりしものこれを最近の作となす。
一、詩形に就ては多少の考慮を費せり、されどこれを以て故らに異を樹てむとするにはあらず。
一、表紙及挿畫は友人山下幽香氏の手を煩したり。
一、諸篇中「小鳥」「星眸」等の如きは最も舊く、其他多くは一昨年の秋このかたの作なり。ただ「靈鳥の歌」のみ未だ公にせざりしものこれを最近の作となす。
一、詩形に就ては多少の考慮を費せり、されどこれを以て故らに異を樹てむとするにはあらず。
一、表紙及挿畫は友人山下幽香氏の手を煩したり。
明治卅六年四月
著者しるす
獨絃哀歌
(十五首)附載三首
一
道なき低き林のながきかげに
君さまよひの歌こそなほ響かめ、||
歌ふは胸の火高く燃ゆるがため、
迷ふは世の
ましてや
君今いのちのかよひ
短かき
はたして何をか誇り知りきとなす。
聖なるめぐみにたよるそれならずば
胸の火
二
こころの
ある時ひくき緑はここに燃えて
身はまた夢見ごこちにわづらふとも
時には
地獄の
ここにぞ生ふる命の葉は皆枯れ、
ああただかの花草や、(
ささやく鳩にも似るか、)そのにほひに
涸れにし泉ふたたび流れ
ああまた荒れにし土の豐かなる時、
盡きせぬ愛の花草讃めたたへて
聖菜園のつとめに獨りゆかむ。
三
黄金の
狹霧に匂ひてさらばさきぬべきか。
嘆かじ、ひとり立てどもわが爲めいま
おもふに光ぞ照らす、さにあらずや。
嘆かじ、秋にのこりて立ちたれども、
世にまた戀にゆめみるものの二人、||
嗚呼今靜かにさらばさきぬべきか。
少女は清き涙に手さへ
をのこは遠きわかれを惜みなげく、
あまりに痛きささやき霜に似たり。
かたみのこれよ花かと摘まれむとき
二人を知らで過ぎ行く、||將た嘆かじ。
四
わかるるせめての
にほへる
わが身のその
ああなど君がゑまひに罪あるべき。
亂るる影さへもなく紅なる
色こそ君が面わに照り
げにはた
榮あるたはぶれとしもおもひ消して、
さらばよ戀の花園、さらばよ君。
五
靜かに今見よ、園の
その影忽ち滅えぬ、||かの
かくこそ海原闇き底に
影また漸く
かつ
滿ちまた涸れゆくこころ
運命深き
見えざる車響けば、
歌聲
こは世に痛き
むちうて、
花園榮なき日にもこは
六
知らずや、はじめはこの世荒野のそと、
やすみのかげにこぼれしかなしき種子。
その種子きのふ
今日しも燃ゆる火とこそ生ひたちけれ、
祕めしは深き焔の
誰かはもとのこころを知りつくさむ。
花草かくて生ひたち匂ひなせば、
ああまたたはぶれの鳥何日しか
花の芽ぬきて飛びゆく、||戀かいまし、
いとよき
胸には殘る面かげ、||消しがたきは
唇
七
よきしほ流れてゆきて歸り
むなしき
戀する
手に手をその後くます
しのべる命さみしき香のみこめて、
言はむの彼はおもひを洩らしにくく
聽かむのこれは
ここには物みな
戀せし二人が一人、
沈むは
八
わが
しのびに君よ、この岸かの
この
蕾の夢さめ、人をなつかしみて
『かなたへ、君よ南へ、緑の國、
情の日の
君はたせめていなまじ||『さらば

ふたたび、嗚呼また三度語るを聽け、
『樂園
九
草やま
かがやく日ざしおほひて、絶間なくも
靜かに夢見うかるる身にし添へば、
ああわがこの身さながら空しき影。
空しきかげやわが身のこころのそこ、
光に融けゆくおもひいと樂しく
ねむりの
片ゑみさもなつかしき花を得たり。
わが日よ、
草山ひとつ縁の
見よ今
ゆらめく胸に抱けば、こはわが世の
いかなる戀か、嗚呼またわれは夢む。
聲なき
『見よこの過ぎ行く影を、いざ』と
流るるこの
酒の香、
あやしや此處にもしばし彼の
嗚呼
往きかふ
あかつき朝日纒へる雲に似たり。

花草匂ふがごとく君も過ぎぬ。
十一
をぐらき
つひにはこの身の罪の淨めがたく
僅かに過ぎ
はかなき
夢かは、
かの空かがやききそふ君が光。
十二
その時わが身はここに、
幾重かめぐれる
いつしか踰えこそ來つれ、(かく夢みて
夕暮ひとりまどへり)おふけなくも
胸には人の世さわぐ浪のおとの
眞白き
僅かに夢に見えつるその
見よここ
十三
何ゆゑ泣きし涙と今また問ふ、||
知れりや
短かき
さこそは、さこそは
涙や、しほや、||さはあれ高き愛の
小草よ花よ、今日こそたたへまつれ、
わびしき暗とかげとのへだて
この岸光あふるる
十四
運命
運命また彼をしも弄べば
人の世短かき
踏みゆく
『祈れよわが手下さむ。』ただこれのみ||
死はこれ運命の手か誰か知らむ、
(嗚呼聽く
罪知る
十五
(藤島武二氏筆)
世はまた日に歸り來て、しづけささめ、
束の間
嗚呼その隙にしも人滅ぶといふ、||
傳ふる君が
いざ君かなでよ
そは皆君が手にこそ、
むらさき夏に潤ふ
○
(キイツ)
かきはのまぶた

たゆまず
人住む世の磯めぐり
かの
否、さもあれ、

とこしへ
とこしへうまし惱みにこころさめて、
時より時に聽かばやそがやさ呼息、
なさけもうつつ、さてしも夢に死なむ
○
(ロセッティ)
その
知り
さらずば
くちづけ
夕かげつつむ朧の君が姿、
わが
嗚呼君わが戀、これよりながく見ずば
泉にやどす
いかにか響くわが
滅びもはてぬ死の
○
(ロセッティ)
あだなる
手をとり死にゆきて皆あだなる時、
忘るる間なき
忘られがたきをなどか忘れしめむ。
嗚呼わが
嗚呼はたあだし
唯かの一つ「
ただその
ああさは問ひそ、
『何處より來しかの鳥』と。
ひとたび來ては
ああまた説きそ、
『などか飛ばざるかの鳥』と。
鳥の姿はさやかにて、緑の珠の
その
あああやしみそ、
『世にめづらしきかの鳥』と。
鳥の
あああやぶみそ、
『何のしるしかかの鳥』と。
獨り友なく
また
ああゆびさしそ、
『眠るかかくもかの鳥』と。
鳥は
ああ嘲りそ、
『命絶えしかかの鳥』と。
翅はされど(
ああ疑ひそ、
『夢にも似たるかの鳥』と。
ふたたびこの世鳥は歸らじ。
ああかなしみそ、
『何處に消えしかの鳥』と。
加賀神崎即有窟、高一十丈許、周五百二歩許、東西北通。
○所謂佐太大神之所産生處也、所産生臨時、弓箭亡坐、爾時御祖神魂命之御子、枳佐加比比賣命、願吾御子麻須羅神御子座者、所亡弓箭出來願坐、爾時角弓箭、隨水流出、爾時所産御子詔、此者非吾弓箭詔而、擲廢給、又金弓箭流出來、即待取之坐而、闇鬱窟哉詔而射通坐、即御祖支佐加比比賣命社坐此處、今人此窟邊行時、必聲※[#「石+滴のつくり」、U+25550、210-中-11]
而行、若密行者、神現而飄風起、行船者必覆也。
○所謂佐太大神之所産生處也、所産生臨時、弓箭亡坐、爾時御祖神魂命之御子、枳佐加比比賣命、願吾御子麻須羅神御子座者、所亡弓箭出來願坐、爾時角弓箭、隨水流出、爾時所産御子詔、此者非吾弓箭詔而、擲廢給、又金弓箭流出來、即待取之坐而、闇鬱窟哉詔而射通坐、即御祖支佐加比比賣命社坐此處、今人此窟邊行時、必聲※[#「石+滴のつくり」、U+25550、210-中-11]

出雲風土記
こころ愁ひあれば
涙もいと熱くひとり迷へり、
天なる
暗き
嘆くとき聲あり、||
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
愁ひに堪へかねて枳佐加比比賣、||
『あはれすべきかな、
あやしき
失せつる
この時聲はまた、||
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
いとも
大海原まさにどよみわたりて、
聲はまたこの時、||
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
『さはあれ、うるほへる
光の種子は裂け神の
失せにし生弓箭のあらはれ
祷る時聲また、||
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
海しばし靜まり、浪より浪、
沖邊より磯邊に流るる弓箭。||
いみじき聲高く、||
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
嗚呼生れましにける佐太の御神、
浪よりあらはれし
『こはわがものならじ
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
海また平らぎて、浪より浪、
沖邊より磯邊に寄せ來る弓箭、
御聲はまたさらに、||
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
嗚呼
この時浪間より流れいでける
かがやく
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
こころ歡びぬれば枳佐加比比賣、
征矢
さて
『光あれ荒磯邊、
法吉郷、郡家正西一十四里二百卅歩神魂命御子、宇武賀比比賣命、法吉鳥化而飛度、靜坐此處、故云法吉。
出雲風土記
わが姉うぐひす、いかなれば
野を、また谷を慕ふ身と、
鳥に姿をかへにけむ、
われは
きのふのむつみ身にしめて、
みだれに胸を洗はむか。
わが姉しばしふりかへり
ただあぢきなきこの恨。
われは
深きおもひもわたづみの
とよもしにこそかくれけれ。
わがあね、鶯、ほのかなる
ほほゑみほめて、世の人は
鳴く音しらべの汝がこゑに
愁ひ痛みも忘るべし。
われは迷へる海の精、
貝の
きのふぞ
わが姉、鶯、なにすとて、
殼のさかづきうちすてて、
すてて惜まぬ歌の聲。
われは今なほ海の精、
夜もまた晝もかなしまむ。
鶯、鶯、わが姉よ、
春に遇ひたる
しばしは荒き
昔をしのびいでよかし。
われは朽ちゆく海の精、
なげきのこゑも消ゆるまを、
いよいよ春に時めきて
黄なる小草とみだれあひ、
紫蘇の葉枯るる色見れば、
なぞも野みちにたたずまれ、
かばかり胸の悲しきや。
わかれし人の面影の
ここにもうつるわりなさか、
それにもあらでかかる日に
かかる野みちのいたましき。
黄なる小草と、紫蘇の葉と、
この日この野に枯れみだれ、
日は秋に伏す路遠く
いづこより曳く愁なるらむ。
『みだれてくらき
底にねむりし身もこよひ、』||
はじめてふれて、
『君を戀ふ』と。
海はしんじゆの母なれど、
母をも棄ててこの園に
ああまた何ぞ、
『君を戀ふ』と。
小百合は知るや、慕ひよる
胸にはゆらぐ海の
うれひやいとど
『君を戀ふ』と。
あふれて月は雲に入り、
雲は光にとくるとき、
小百合の園の
影ゆめふかげ、
『君を戀ふ』と。
しんじゆの清き身ならずば
小百合なにかはくちづけの
あまきにほひもまじへじを、
さてもせつなげ、
『君を戀ふ』と。
夜はひとやのやみならで
やすらひの戸もかげやけど、
きかずやあはれ、
『君を戀ふ』と。
嗚呼沈みしも海のそこ、
戀ふるも深きこころには、
小百合なさけのくちづけも
あさきやさらに、
『君を戀ふ』と。
戀の火焚けば雲もはた
濤もひとつの火のいぶき
光の
わづらへどなほ、
『君を戀ふ』と。
『

おもひはもゆる身ぞこよひ、』||
眞珠小百合の花びらの
口にくちづけ、
『君を戀ふ』と。
埋もれし
その
いかならむ
觸れやすき思ひに
さめよ種子、うるほひは充つ、
さやかなる音をば聽かずや、
流れよる
夢みしは何のあやしみ||
身はうかぶ光の
ゆくすゑの梢ぞかなふ
琴のねの調のはえか。
うづもれし殼にはあれど、
なが胸の底にしもまた
あくがるるあゆみ響くや。
萌えいでてさらば一月
われただひとり
聽けば寂しやささやきを、||
そは白き日の
しづかなれども
輝く天のささやきの
嗚呼高き
かたみにあぐる
光あふるる虹の色。
酌めるは何のうまざけぞ、
この世ならざる
まよはし
祕めて
誰か來りて
天のひかりのささやきを
かの遠うみに慕ひよる。
そのささやきを
さてこそ星のいただきに、
かしこに百合の園ありて、
さてこそ、海は
ゆたかにうかぶ

ただ華やかに身をめぐる、||
何ぞ、いかなる
さめてはすべて言ひがたし、
慕ふのみ、はた、忍ぶのみ、||
眞晝もやがて傾きぬ。
今
甕のおもてはかがやきて
火もて
小甕は浪に沈むとき、
わが身||焔の琴の絃
火の
さいかし
(さなりさいかし、)
その實は梢いと高く風にかわけり。
落葉林のかなたなる
里の少女は
(さなりさをとめ、)
まなざし清きその姿なよびたりけり。
落葉林のこなたには
風に吹かれて、
(さなりこがらし、)
吹かれて空にさいかしの
さいかしの實の殼は
風にうらみぬ、||
(さなりわびしや、)
『命は獨りおちゆきて拾ふすべなし。』
さいかしの實は枝に鳴り、
音もをかしく
(さなりきけかし、)
墜ちたる殼の友の身をともらひ嘆く、||
『嗚呼世に盡きぬ命なく、
朽ちせぬ身なし。』||
(さなりこの世や、)
人に知られでさいかしの實は鳴りにけり。
風おのづから彈きならす
小琴ならねど、
(さなりひそかに、)
枝に縋れる殼の實のおもひかなしや。
わびしく
この日みだれて、
(さなりすべなく)
かくて世にまた
光あれども、
(さなり光や、)
われは歎きぬさいかしの古き愁ひを。
ふたたび君と相見てき、
こはゆくりなさそのままに
胸には淡く殘るとも
面影の花朽ちざらむ、
わかれきてこそいや慕へ、
名をだにしらぬ君なれど。
君
雲にあふれて雲をいで、
光は
野に野の草をわたるごと。
君
たまたまやどすその影の
胸になやみの戸を照らし
ふかき園生の香に入れり。
夜こそ明けけれわかやかに、
ああ
高きその日は見ずもあれ、
光に添はむわがねがひ。
などかはそむく戀の花、
君おもかげの花なれど
あまりわびしき夢のかげ。
戀のながれのわれや水、
ながれて底に沈めども、
かの
眞白き霜の曉に
香もなき
小鳥かなしきまなざしは
うすき日かげにただよへり。
小鳥よ、いましものうげに
鳴くは羽がひの冷ゆるとや、
冬かくまでにうら
なさけの園は遠しとや。
鳴くねあはれのおとろへに、
よろこびかつてあかざりし
ふしの
醉の
その
女神手をとり野に引くと
ゆめみてさめし曉に、
などその夢のたのしくて、
この鳴く聲の悲しきや。
わが夢の
香もなき枇杷の花を
光は白き鳥となりて
輝く空の
めざめてもなほ麗はしき
夢の
見よ雲もまた命ある
香にこそ染まれ。
世は新しき日にかへりぬ、
塵にかくれよ。
この日めざめし天の戸の
光の
われはたのまむ。
溶けたる瑠璃の高き淵に
雲は流れて注ぐ時、
焔うかべし朝のいろ、
朝のよろこび。
げに今白き鳥となりて
光は
天を離れてわか草の
野にこそ降れ。
短詩飜譯の四くさをここにかかぐ。その一は鬼才ブレエキ作“Sun-Flower”にして、その二は作詩典雅をもてあらはれたるランドル七十五歳生誕日の翌某女友に遣れる述懷の詠なり。その三はダンテ、ロセッティ幽婉の傑作、わが愛誦措かざる“Sudden Light”の一篇、その四はクリスチナ、ロセッティの數多かる抒情の歌のうち“One Sea-Side Grave”と題せるを擇びつるなり。四章もと寸璧のかがやきことに著るしけれど、そのうるほひを傳へむことはむづかし。
(ブレエキ)
ああひぐるまや、日のあゆみ
ひねもすかぞへ倦みつかれ、
旅ゆくみちのはてといふ
うまし黄金の國を趁ふ。
うらみうせつるますらをも、
墓よりいでゝたづねよる
國へわれもといのる日ぐるま。
(ランドル)
爭はざりき、爭ふも
めでしは
火ぞ沈む、嗚呼何日とてもかしまだたむ。
(ロセッティ)
そのかみここにはありけむ、
いつぞ、いかにと語りあへねど、
さながらなりや
嘆く浪の
そのかみ君をも知りけむ、
いつの世ぞとはえもわかねども、
さはかへすとき、

そのかみかくこそありけめ、
うづまく「時」のすがひゆく間や、
二人が戀はまた身に添ひ、
朽ちまじとさては
夜も日もおなじ
(クリスチナ、ロセッティ)
おもひもいでず
おもひもいでずうばらさへ、
さても麥刈つかれはて
積みし穗によりねぶるごと、
しかせむわれも
寒きは寒き
過ぎしはゆきし日のごとき
その間も一人われをおもふ、
世はみな忘れはつるとも
なほ一人のみわれを憶ふ。
破船の後||南海の孤島
海ぞわが戀、いかなれば
おもひかなしき、
海ぞいのち、
見よ浪はあふれ、日こそ照らせ。
うかび來つれば身も船も
しぶきのしづく、||
ああわたづみ、
しづくとくだけし船を見ずや。
さだめは土に歸る身も
海に就かまし、
ただねがふは
海に
飮まむか海のさかづきに
あらしと浪と
かげこき雲とに
ひとたびはわれら口づけし、
されどなほさむ、
船のみくだけて、なほながらふ。
酌まむかさらば浪熱く
とけしほのほを、||
夢ふかかれ、
こゆかれその酒、そのあやしみ。
日こそ燃ゆれ、
井をもとむれども
ただ海の水、
いかにかせむ、
草の實すつる、
ああこの時
などかはおそるる、こを
われこそさらば口づけめ、
なつかしの實や、
知れわが身を、
なさけはふかき

島根さんご
死よりもつよき戀とこそ
はやく聞きつれ、
海のみなみ
かがやき
かつては
花ははやく
世をば
海ぞわが墓、ここにして
何かなげかむ、
死の
戀の
今またさしも寄りそふか
おもひのかげよ、||
わが
いざこのさかづき飮みほしてむ。
わたづみの戀、海の日や、
照らせあふれよ、
夢ふかかれ、
濃ゆかれこの酒、このあやしみ。
(明治三十六年五月刊)