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ハナとタマシヒ

平山千代子




    ハナ


 いつごろだつたのか、誰であつたか、多分、渡辺千代子さんだつたと思ふが、私をそつと手招きして、校庭のすみへつれて行つた。そして小さな声で、

「あのね、ハナッて、何んだか知つてる?」

「ハナ? ハナッて······この鼻?」と私は鼻を指先で叩いてみせた。

「うん、出てくる鼻汁はなよ」

「うゝうん、知らない」と首をふると、

「あのね、ハナはノーミソの腐つたものなんですつてさ······」千代ちやんは大げさに、まるくて茶色いその眼を、一層まるくしてさう教へてくれた。

「ふうん? さうお?」と私は云ふ。

 真面目になつて教へる方も教へる方だが、「ふうん」と感心してきいてる者もきいてる者だ。が、だから面白い。ノーミソッて云ふのは、頭のこのオデコから上に這入つてゐる、大事なものだとは私は知つてゐた。してみれば鼻とは甚だ近いんだから、ほんとなんだらうとも思へる。

 きつと、ノーミソは、あんまり沢山のことを覚えるんで満員になるんだな。だから古いのがハナになつて出ちやつて、後から新しいノーミソが代るんだらう。忘れるッてのはノーミソが腐つちやふんだな。ははあ、そして外へ行つちやふから思ひ出せないのか、はあーんナルペソ。私はさう判断して一人で感心してゐた。

 しかし、妙なところもある。ウーンマテヨ、けど風邪をひくとなぜノーミソが沢山くさるんだろ。そいから、よく勉強するとノーミソを沢山使ふんだから、ハナも沢山出ておぼえる代りに忘れるのも多くなりさうなもんだ。だのによく勉強すると頭がよくなつて、物おぼえがます/\よくなる。······変だな。青ッパナは、たしかにノーミソの腐つたのにみえるが、ぢやあ水ッパナの方は何なんだろ。······

 いよ/\不思議な気がしないではなかつたが、訊ねようにも何だかキタナイことを云ふ様で、そのまゝ半分は信じてもちこしてしまつた。

 女学校へ這入つた年だつたと思ふ。何かの話のついでから······いゝや誰かハナをかんだので、私が言ひ出したんだつたかな、たぶんさうだ。私はすました顔で、

「ハナッてのは、ノーミソが古くなつて腐つたんですつてさ」と云つた。と、途端に、「ワーツ!」と家中の人がお腹をかゝえて笑ひ出してしまつた。おかしいことには節ちやんも、小ッちやなヨーベーさへ大笑ひに笑ふのである。笑はないのはネコに私位のもの。

「アッハッハッハ。ノーミソが、アハ······くさつたんだなんて、アッハッハッハ、あー、くるしい」

「ワハハ······バカ! そんなにノーミソが腐つてたまるかい、ワハハ······

「おーくるしい、お腹がいたくなつちやひましたよ。ハッハッハ」

 涙を浮べておかしがつてゐる。

「だつて、千代ちやんが教へてくれたのよ。渡辺千代子さんが······」と抗議を申し込んだが、あんまり皆が笑ふので、これは嘘だつたんだなと私もおかしくなつて笑ひながら、

「ぢやあ何なの、ノーミソが腐つたのでなきや、何なの?」きいたが、誰も笑ふばかりで教へてくれなかつた。

 そして問題はノーミソの腐つたのではないといふことがわかつただけで、又も迷宮入りとなつてしまつた。


 あれが多分小学校の三、四年のときだらうから、三、四、五、六、一、二、三、四と実に八年目に私は生理衛生で、鼻汁は鼻腔内粘液が空気の出入りなどでよごれたものなり、といふ事を知つた。「ハナは······」といふこの文句を本の中にみつけたとき、私はおかしくて/\笑ひが止らなかつた。骨の名前や血の循環なんかは忘れても、これだけは終生忘れないと思ふ。


    タマシヒ


 やつぱり三年位のときだつたんだらう。冬のある日、七、八人のお友達と校舎の板かべによつかゝつて日向ぼつこをしてゐた。私たちは遊びにあきると、よくさうやつて日向ぼつこをするのだ。

 誰だつたか思ひ出せないが、そのとき急に眼をつぶつて、指で眼のはしを軽くおさへてグリ/\とまはす様なことをし始めた。変なことをしてるな、とみてゐると、急にそのお友達が、スットンキョウな声をあげて、

「あ、あゝ、みえる/\」といつた。そして向き直ると、「ね、かうやつてごらんなさい」と又グリ/\としてみせた。

 私たちも眼をつぶつてやつてみた。別にどうもならない。

「なーに? 何が見えるの?」

「ほら/\、見えるぢやないの、黄色い輪が······

「どこに? 見えやしないわ」

「うゝん。そら眼をつぶつたらね。つぶつたまんま、グリ/\してるのと反対の方へ横眼をつかふのよ。そして······グリ······グリグリ······ネ、見えたでしよ、黄色い輪が······ね」

「あゝ、あゝ、見えた、見えたわよ。グリ/\すると輪も廻るのね······あゝ、おもしろい」

「ね、見えたでしよ? ね」とお友達は嬉しさうな声を出した。

 私たちは眼がいたくなつてしまつて指をはなし、「いたくなつちやつた······」と眼をこすつた。眼をあけたらまぶしかつた。お友達はにこ/\しながら

「ねえ、今見えた黄色い輪ね。あれなんだか知つてる?」

 得意さうに皆をみまはした。みんな、まぶしさうな眼をまだショボ/\させて、

「うゝ、うん」と一度に首をふる。

「あれはタマシヒなのよ」

······? ······?」

 皆驚いて眼と眼を見合はす。

「ふーん? あれがタマシヒなの」と誰かゞ感に耐えない声を出した。それから一しきりタマシヒの話でにぎわつた。

「タマシヒつて眼ン中にあるもんなの? 輪になつてるのね。知らなかつたわ」

「人魂ッてのはあれが飛ぶの?」

「馬鹿ね。人魂なんて迷信よ」

「あら? あるんですつてよ。家のおぢいさん見たッて云つてたわ」

 その中に誰かゞ大きな声で、

「あら? ○○さん!」とタマシヒを教へてくれたお友達を引張ッて、

「変よ、右の眼でやつても左の眼でやつても見えるわよ。二つあるの?」ときた。

 ○○さんは悠然として、

「わかんない人ね、両方の眼の真中にあるのよ。だから、どつちでやつたつても、みえるんぢやないの······」私は感心して帰つて来た。そしてとき/″\やつてみる。

 夜、お床へ這入つてから、真ッ暗な中でグリ/\をやつた。真暗な中でもタマシヒは見えた。真暗ン中でも見えるんだから、こりや本当だな、私は固くさう信じてしまつた。ハナと一しよに。

「ハナはノーミソの腐つたもの」「タマシヒは眼と眼の真中にある黄色いまるい輪である」と思ひこんでゐた。ところがハナの方を公開したら、大笑ひに笑はれたので、すこぶる自信を失つて、タマシヒの方迄あやしくなつた。

 この方はまだ公開してない。あの時のやうに又どうせ笑はれるんだらうと思つて言はなかつた。


 今思ふからこそおかしいが、それでも時々眼をつぶつては、グリグリとやつて、昔を思ひ出してゐる。






底本:「みの 美しいものになら」四季社


   1954(昭和29)年3月30日初版発行

   1954(昭和29)年4月15日再版発行

入力:鈴木厚司

校正:林 幸雄

2008年2月27日作成

青空文庫作成ファイル:

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