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民主主義

織田作之助




 彼は人気者になら誰とでも会いたがった。しかし、人気者は誰も彼に会おうとしなかった。いうまでもなく彼は一介の無名の市井人だった。

 野坂参三なら既にして人気者であり、民主主義の本尊だから、誰とでも会うだろう。彼はわざわざ上京して共産党の本部を訪問した。ところが、党員が出て来ていうのには、

「野坂氏は多忙で誰とも会いません。用件は私が伺いましょう」

 用件はなかった。すごすご帰る道、仙台に板垣退助の娘がいることを耳にした。板垣退助こそ民主主義である。彼は仙台へ行った。宿につき女中にきくと、

「誰方とでもお会いになります。いえ、誰方にも名刺を下さいます。私もいただきました」

 見せて貰うと、洗濯屋の名刺のように大きな名刺で「伯爵勲一等板垣退助五女······」という肩書がれいれいしくはいっていた。

 彼はがっかりして会わずに帰った。






底本:「定本織田作之助全集 第六巻」文泉堂出版


   1976(昭和51)年4月25日発行

   1995(平成7)年3月20日第3版発行

入力:桃沢まり

校正:小林繁雄

2009年8月22日作成

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