「火星の運河」||江戸川乱歩作。剣術使いがひとりで剣をふり回したり、絵かきが目的なしに線をひいたりするたぐいの、試筆ともいうべきもので、作者自身の「お詫び」言葉のとおりこれはむろん探偵小説ではない。ただ枕の所に大形の天文学書が開いてあって、そこに火星の想像図が描かれていたところなどに探偵小説の型が痕跡をとどめている。サイコアナリシスの実例にはふさわしいものである。
「安死術」「秘密の相似」||小酒井不木作。どちらも陰惨な作だ。ことに、「秘密の相似」の方は、あまり陰惨すぎるように思う。二人とも網膜炎であったところでとめといた方が、ユーモラスな味があったではなかろうか。女の復讐が必要以上に惨酷で、作者としてはくどいように思うが。「安死術」の方も
(『新青年』第七巻第六号、一九二六年五月)