「馬車」は横光利一さんのもつとも特異な作品の一つである。横光さんの作品の基底には、いつも humain なものと surhumain なものとがふしぎに交錯してゐるが、それがどちらがどちらだか分らないくらゐな點にまで達するとき、その作品は大概成功してゐる。ことに「馬車」においてはその效果がいちじるしい。物語は、先づ、半陰影のうちに展開する。その無意味なやうな薄暗がりのなかに何者かがくんづほぐれつして爭つてゐる。それは人間であらうか、それとも怪物であらうか? また見知らぬ植物かとも見える。読者はただ息をつめてゐる。が、物語が結末に近づくにつれて、どこからともなく聖らかな光が射し込んでくる。そしてその光は、結末になるや、突然まぶしいくらゐに輝きだし、諸人物の上をくまなく照らし、そして私達にはその光はずつと向うの、物語のうすぐらい冒頭にまで達してゐるかのやうに思はれてくる。私は、人々がレンブラントを
光の畫家と云ふごとき意味にて、この「馬車」一篇を
光の傑作であると云ひたい。