ウェーゼル河の 南の岸の、
静かで気らくな ハメリン町に、
いつの頃やら ねずみがふえて、
そこでもチュウチュ ここでもチュウチュ、
ねずみのお
猫にゃかみつく 赤んぼはかじる、
犬とけんかも するあばれかた。
奥さん方の おしゃべりさえも、
きいきいごえで けされる
町の人たち あきれてしまい、
よるとさわると ねずみのうわさ、
あげくの
これではならぬと 皆おしかける。
町の役場は たいしたさわぎ。
『もし市長さん 議員のおかた、
うすのろ頭を どうしぼっても、
ねずみたいじの
それが出来なきゃ こうまんらしい、
こりゃたまらぬと ぱちくり
市長さん議員さん みな青いかお。
なんとかうまい
しぼり出さねば こりゃなるまいと、
さっそくひらく 大
つくえのまわりに しかつめらしく、
どうにもこうにも そもはじめから、
ないない
ずんずんたつのは 時ばかり。
頭かきかき 市長のいうにゃ、
『でんでんででむしではあるまいし、
智慧だせだせと せめつけられても、
無い
にげこむねずみの
ふいに
そりゃまたねずみだ 胸どっきどき、
しょぼしょぼ
客とわかって やれやれ安心、
『おはいんなさい』と 皆大いばり。
世にもふしぎな ようすの男。
赤と
やせてひょろひょろ
顔はつるつる ひげなし男、
うす
いつも笑うよな その口もとだ。
『まるでこの世の 人ではないぞ、
一人の議員は こうつぶやいた。
男はかまわず ずかずかはいる、
つくえのそばまで もうやって来た。
『なんと皆さん まほうの笛で、
飛ぶ、はう、およぐ、ありとある
鳥けだものを
ふしぎなまだらの 笛ふき男、
これがせっしゃの 名前でござる。』
それから男は いろいろ語る、
笛でたてたる
なるほど黄いろと 赤まんだらの、
感心したよな 議員の顔を、
ながめた男は こうまんらしく、
『どうだね皆さん お困りものの
ねずみはわしが
かわりに千円 お礼はもらう。』
男のことばを 皆まできかず、
『なに千円だ そりゃ安いもの。
ねずみ
五千円でも 今すぐあげる。』
市長も議員も いちどにいった。
そこで男は
にっこり、まほうの笛、口にあて、
なれた手つきで
ピュウロ[#「ピュウロ」は底本では「ビュウロ」]、ピュウロと 高
やがて大ぜい ひそひそばなし、
ひそひそばなしが ぶつぶつごえに、
ぶつぶつごえが がやがやさわぎ
どどっどどっと 大どよめきに。
おやおや、出た出た ねずみが出たぞ。
そこの
ここの軒でも チュウチュウチュウ、
がたがたばたばた よちよちころころ
笛にうかれて とんだりはねたり。
黒ねずみ赤ねずみ 灰いろねずみ、
ひょろひょろねずみに ぶくぶくねずみ
じじいねずみに 若い
親子きょうだい おじおばいとこ、
男はなおも
街から街へと 吹きたてゆけば、
おくれちゃならぬと 一生けんめい、
町のねずみの おどりの行列、
ぞろぞろがやがや あとおいかける。
ピュウロ、ピュウロと 笛吹きたてる。
ねずみは
はや目の前に ウェーゼル河の
岸まで来ると 笛吹き男、
これを限りと 笛吹きたてる。
こりゃたまらない てんと面白い、
河でも海でも かまうこたないぞ、
とびこめ、とびこめ 大うかれねずみ。
あとからあとから どんぶりこっこ、
ぶくぶくぶくぶく おぼれて死んだ。
なかに一ぴき
こりゃたまらぬと 一生けんめい、
河をわたって ねずみの国へ、
しらせをもって ほうほう逃げた。
それにはなんと 書いてある||
はじめ笛の音 きこえた時にゃ、
牛のはらわた 食いかくような、
うまそうな
『食べろよ食べろ ねずみたち食べろ、
世界じゅうが 食料店になったぞよ。』
きくと、うかうか 皆だまされた。
『だって ふしぎさ あの
ごちそうの海に 見えたもの。』
とにかくねずみは 残らず死んだ。
あとににおいも 残らぬように、
それ
市長も議員も ほくほく顔で、
そのお祝の まっさいちゅうに、
ひょっこり帰った 笛吹き男。
『さあ
すぐにはらってもらいたい。』
きいて市長は また青い顔。
みすみす旅の
千円とられちゃ たまらない。
『あれはまったく
五十円なら あげましょ。』と、
市長は横むいて 知らん顔。
『これこれ
わたしは急ぎの 旅の者、
早く千円 もらいたい。
出さぬというなら もう一度、
『たれがおどしに のるものか、
吹きたきゃなんでも 吹くがいい、
きさまのような
千円とられて なるものか、
五十円なら
腹を立てたる 笛吹き男、
四辻に立って 笛、口にあて、
ピュウロ、ピュウロと また吹き立てる、
どんな上手な 音楽師でも、
とても及ばぬ やさしい
おやと見るうち 方方の子供、
かたかた、ぱたぱた 小さな足音。
おしゃべりするやら 手をたたくやら、
元気なこえで
笛にうかれて とんで出たとんで出た。
出てくる出てくる あれあれごらん、
かわいざかりの 男と女、
町の子どもは 皆あつまった。
男はさっさと あるいて行くし、
笛はますます
子どもはぞろぞろ あとを追う。
けれどあぶない やれあぶないぞ、
みすみす目の前の
市長も議員も おうしのように、
だんまりんぼと ただはらはら、
どうなることかと 見ているばかり。
ところで男は 河まで行くと、
ふと西むいて
『だが[#「『だが」は底本では「だが」]むこうには 大山がある。
コッペルベルヒと いうその山は、
けわしい道の ことだから、
しょせん子どもに ついては行けぬ。』
まずまずこれでと ほっと
けれどふしぎや 子どもたち、
山のふもとに 行きついたとき、
さっとふたつに その山がわれ、
笛吹き男も おどり子たちも、
ずんずん中へ なだれこむ。
みんなの姿が かくれると、
われ目はとじて もとのまま。
びっこの子どもが ただ一人、
おくれてついて 行くうちに、
山がしまって 残された。
その子は町に かえったが、
いつもなんだか さびしそう。
どうしてそんなに 元気なく、
ふさいでいるかと たずねると、
子どもはいつも こういった。
『笛吹男の やくそくの
国へ行かれず 残された。
それがかなしい なさけない、
だってこの世で 見られない、
たのしい、たのしい 国だもの。
そこはきれいな 天国で
花はしぼまず
鳥はほがらに 歌うたう。
しかも年じゅう よい天気、
ぽかぽかとして 春のよう。』
あとにあわれな 町の人、
どうにか子どもを とりかえす、
工夫に
影もかたちも
泣けどくやめど かいはない。
これはまったく 親たちが、
やくそく破った みせしめだ。
けれど子どもに
だからたのしい 天国へ
子どもらだけが 行ったのだ。
それとさとった 親たちは、
すっかり心を いれかえて、
笛吹男の はなしをば
石にきざんで 世にのこし、
罪ほろぼしを したという。