十二月になると小さな街も活気づいて、人の表情も
しかし彼は今も鳥屋の前に立止って、オタケサン、オタケサンと騒ぎ廻る九官鳥を眺めて、単純にをかしさうに笑ってみた。鳥屋のむかひの昆布屋には荷馬車が留められてゐて、馬が退屈さうに横目を使ってゐる。何処へ行っても見慣れた狭い街の風景で、盛り場の方では今でもチンドン屋が騒ぎ廻ってゐた。彼は何時もの癖でT||百貨店へ入ると、三階まで登って、屋上で猿を眺めた。猿は絶えず枝から枝へ忙しさうに飛び廻ってゐる。猿でも肺病があるのかしら||と想像してみると、何だか嘘のやうな気がした。
そのうちにいい加減草臥れたので彼は何時も行く喫茶店に入った。するとストーブを独占しながら新聞を読んでゐる屈木の姿がすぐ眼についた。
「ヤア。」と屈木は敏捷さうな顔を彼の方に対けながら、飲みかけの茶碗を持ち上げた。
「忙中閑ありでね。」と屈木は得意さうに笑って、「君は相変らずだね。いや君と逢ったのはまだ一昨日ぢゃないか。」と云った拍子に少し嗄れた咳をして心持顔を顰めた。屈木はチョッキから懐中時計を取出すと、
「おっと、もう二時か、ぢゃまた遇はう。」と急に忙しさうに立去ってしまった。彼は屈木の姿を見送ると、何故か不思議な気もした。あの男も以前は彼以上に病態が昂進してゐて、今にも死にさうな姿を巷に晒してゐたが、屈木は血を喀きながらも酒を飲んだり女に戯れた。そして今ではともかく新聞記者をしてゐるのであった。気持一つで無理に無理を支へてゐる屈木の姿が、彼に何か物凄い発奮を強ひてゐるやうであった。
コーヒーを飲み終ると、今度は人通りの少ない路を選んだ。恰度そこには小学校があって、低い垣根越しに運動場が見えた。中央にオルガンが持出されて、円陣を作って女の生徒がダンスをしてゐる。彼は小学生の昔がこの頃頻りに懐しく、悔恨に似た気持をそそった。オルガンの響に遠ざかりながら、彼は何時の間にか寺の前に来てゐた。来たついでに父の墓へまゐらうと思って、寒々とした墓地のなかに、彼はふらふらとあゆいで行った。