空地へ幕が張られて、自動車の展覧会があった。誰でも勝手に這入れるので、藤一郎もいい気持で見て歩いた。ピカピカ光るお
やがて店へ戻ると、案の定、藤一郎は主人から叱られた。どうして主人には彼が道草食ってゐるのがわかるのか、藤一郎にはわからなかったが、「君は一体此頃ぼやっとしてるぞ。」と云はれた時にはギョクッとした。さっきまで目が眩むほど美しい女のことを考へてたのだが、さう云ふことまで主人にはわかるのかしら。自分の不甲斐なさを思ふと、少しづつ慄へる唇を藤一郎は努めて慄はせまいとした。恰度いいことに、藤一郎はまた用件を
幾台も自動車が彼を追越した。何だ、ボロ自動車。や、今度は素適な奴が抜いた。あ、あの自動車に乗ってる男、女の肩へ手を掛けてゐた。その次は、何だまたボロ自動車か。また来た、ボロ自動車。······何時の間にか藤一郎は自分が立派な自動車に乗ってゐるつもりでペダルを踏んだ。口笛が、ハーモニカのかはりに吹かれて、雑沓に紛れた。ハーモニカを吹いて、夜の田舎の海岸を走ってゐるやうな気もした。実際のところ、藤一郎は何時の間にか雑沓を抜けて、豪華な邸宅地の滑らかな路に出てゐた。霧がハンドルにかかって、眼の前がはっきりしなかった。突然後から一台の流線型が音もなく光って来た。その車が背を見せた時、藤一郎は女を見た。若い綺麗な女がたった一人乗ってゐた。あ、あの女だ||と藤一郎は遽かに頬笑むと、夢中で追跡を試みた。光が遠のいて行くばかりで、呼吸が切れさうになった。その時背後から襲った光の洪水に藤一郎は絶望を感じた。次いで烈しい罵倒が彼の全身をガーンと打った。