上と下に路があって真中に桜の並木が植ってゐるが、上の方の路にはよく日があたった。ところどころ家並が切れたところに川が見えた。一人の小学生が日のよくあたる方の路を歩いて学校へ行ってゐた。すると後から上級生がやって来た。苦味走った顔の、力の強さうな上級生は彼と並んで一緒に歩き出した。二人の肩に冬の朝日がぽかぽか照りつけた。桜の枯木は生ぬるい影を地面に曳きずってゐた。彼はその上級生が好きでも嫌でもなかったし、別に話もなかったので黙って一緒に歩いてゐた。二人の小刻みな足なみは何時までも温かい路の上をただまっすぐに進んでゐた。
突然、上級生が頓狂な声をあげた。
「あ、驚いた。あそこに今、蛸がゐるのかと思った。」
さう云って上級生は桜の根本を指差した。しかし、そこには日向のほか何もない。上級生は急に目が覚めたやうな顔つきでにっこり笑った。