彼はその女を殺してしまはうと決心しながら、夜更けの人足も薄らいだK||坂を登ってゐた。兇器にするか、何にするか、手段はまだ考へてゐなかった。が、その烈しい憤怒だけで、彼は女の首を完全に絞めつけることが出来さうだった。
ふと彼は考への途中で、夜店の古本屋の爺さんを何気なしに眺めた。爺さんは一人ほくほくしながら店をしまってゐた。人のいい、実に
その夜、彼は爺さんの夢を見た。爺さんはニヤニヤ笑ひながら、「俺は知ってるぞ、君はあの女を殺す気だね。」と何度も繰返し繰返し云った。目が覚めると、彼の脊筋はじっとりと冷汗に濡れてゐた。
翌日の夕方、彼はまたふらふらとK||坂を登って行った。恰度夜店が出る時刻で、昨日の爺さんも同じ処で古本を並べてゐた。彼は爺さんを一目見るや否や、わーと泣き出したい衝動に駆られた。が、兇器は夢中で爺さんの脇腹を抉ってゐた。