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花模様女剣戟

小野佐世男




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 ドレスの流行のように、映画も演劇も春の虹のように刻々と流行が変って行く。近頃は花が開いたように果然! 女剣戟流行時代と化して、日本全国津々浦々、劇団が乗り込んで来ると、絵看板は女だてらにあられもない、銀蛇の日本刀を颯爽とひらめかし、荒くれ男をバッタバッタとなぎたおす眼もあやなる極彩色にぬりつぶされて行く。

「いやもう驚くほかはありません。この三、四年圧倒的に人気のあったレビュー、ストリップが一剣ひらめく女剣戟に、すっかりあおられて、これこの通り、女剣戟さえかければ、千客万来客止めというしまつ、いやはやおかげでこちらはホクホクでごわす」

 と興行主は大嬉び、全国で女剣戟団は二百組も都会から都会へ東京近郊だけでも十五、六組あるという。家元格の不二洋子は本年三十九歳、フレッシュなお若いところでは筑波澄子劇団の座頭は花もはじらう十八歳。

 そこで編集部のラキ子さんから

「モシモシ、小野の旦那ですか、こちらはラキ子です。すごいニュースなのよ、浅草のひょうたん池の端で女一人に男十三人と果合いがあるんですって」

「ほんとですか」

「ほんとよ! 今日の午後三時」

「あの六区の池はいま権利あらそいで問題となっている、それだなア」

「なんだか知らないけれどすごいニュースよ。ではお待ちしているわよ、サヨナラ」

 オホッ、すごいスリルだぞと浅草は六区のひょうたん池の端に飛んでいったら、喧嘩どころか、馬鹿に静かで、ただ見世物見物の客でにぎわっているだけ、

「オホホ、来たわね」

「こら、ラキ子、うそつき」

「うそじゃないわ、ソーラ、そこのロック座で筑波澄子劇団が、振袖姿で荒くれ男十三人と、いま流行の女剣戟をやっているじゃない?」

「チェッー、 一ぱいくわされた」


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 劇場内は満員で立錐のよちもない。

「マア! すごい入りね」

「だいじょうぶかいラキ子ちゃん、日本刀でバッタバッタと斬りまくるんだぜ。脳貧血を起してぶったおれたりしちゃ僕いやだぜ」

「へいちゃらよ、こう見えても江戸ッ子よ、松竹少女歌劇エス・ケー・デーの川路龍子や小月冴子のお小姓姿で刀をぬくとこも見たことあるわよ」

「S・K・Dのようななまやさしいもんじゃないよ、まかりまちがえれば、プッツリ頬ぺたにささっちまうんだから」

 ギュウギュウと扉にはみ出している観客のお臀をおしくらしてやっと舞台の見えるところにはさまるとラキ子、

「マア! わたしどうしましょう」

「ホーラもうはじまった。いくじなしだなアー」

「ちがうのよ、見廻したところ男ばっかりよ、女はあたし一人きりよ。パチンコの十八歳未満はいけないと同じように、女剣戟は女性が見物しちゃいけないのじゃない」

「そんなことあるもんか、入口に女性は御遠慮下さいなんて書いてないよ」

「ソーオ」

「でも男性としてはあんまり見てもらいたくないね、ただでさえアプレ娘は気が強くて男性を馬鹿にしているんだから、これ以上女剣戟なんか見て男をポンポンなぜ切りされてはかなわないからネエ」

「マア!」


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 舞台は「恋情緋牡丹くずれ」第四場の幕が開き、博徒の親分釈迦堂の重五郎が児分の者どもに善人をいためさし、金品を巻き上げ、婦女子をかどわかし、その為に泣きの涙で自殺まで思い込む呉服問屋の伜清二郎に義憤を感じた腰元実は義賊、弁天お蝶(筑波澄子扮する)が、小間物売女に化けて、重五郎の家に現れ、やくざ一家の者共を前に胸のすくような啖呵を切る情景に観客は手に汗を握るクライマックスにせまっている。

「ソー見やぶられたらしかたがねエー、ただの小間物屋とは真赤ないつわり、耳の穴をかっぽじってようく聞けよ、わっちゃあ、極悪非道の野郎から盗み取り、こまった人にはほどこしをする、泣く子もだまるいま名代の弁天お蝶とは、わたしのことよ」

「ゲェッ」

 赤まえだれのいちょう返し、虫も殺さぬ娘さんが、いきなり豹変して、クルリと臀をまくり、腰の緋じりめんも色あざやか、レビューガールの脚もなんのその水もしたたる脚線美、あでやかな脚光をあびてさながら生きた錦絵模様が舞台一ぱいにくりひろげられた。

「まってました。スス、スミーちゃん」

「トウリョーウ」

 客席から声がかかる。

「マアー素敵」

 ラキ子ちゃんは思わず僕の肩を握りしめのびあがった。

「うーぬ弁天お蝶! 野郎共やっちまえ」

「合点だ」

 と、児分の面々、あいくち、長ドスをひらめかして斬ってかかる。

「しゃらくせえ」弁天お蝶は剣をぬって素手で渡り合う、その立廻りのあざやかさ、真っこうから切ってかかると肩をすかして泳ぐ奴、ハッシと小手をたたいて刀を取りあげるやバッサバッサと、一人、二人、三人、胴、胸、首とまたたく間に斬り伏せられ、血刀ふるいエーイ、と舞台せましと大見栄を切る、その美事さ、思わず拍手がわきおこる。

「ごめんよごめんよ」

 コーフンしたのか急に気の強くなったラキ子さん、大の男たちを胸でおしまくりながら廊下に出る。

「おや、ラキ子ちゃん、すごく張り切っちゃって、ドーしたの、こりゃ驚いた」

「わたしはじめて女剣戟みたんだけれど、すっかり気分がよくなって、まるで上等のソーダ水をのんだように胸がスウートしたわ」

「何にさ、その腕をまくってふり廻すのは」

「そばへよっちゃあぶないわよ、わたしの腕も弁天お蝶のようにムズムズ鳴りだしているのだから」

「はずかしいなアー、案内嬢が笑っているよ」

「へいちゃらよ、文句があるならやっつけちまうから、サアーコーなったらわたしは女剣戟フアンだから、ソレッ、楽屋へ行って筑波澄子さんに面会······急げッ!」


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 奥の細道のような楽屋廊下を通って、段々ばしごを中二階へ、水色の筑波澄子嬢へとすっきり染出されたのれんをくぐると、さっき斬られた児分のしゅうが、

「サアー、どうぞ御遠慮なく、ズーウト奥の方へ」

 かつらをとる人、衣裳をぬぐ人、鏡で顔を落す人、刀のめききをなおす人、色とりどり、まるで天然色映画をぶちまけたような色模様。

「アー痛い······そー強くふくなよ」

 頬を脱脂綿と薬でふいてもらっている一人の児分、

「失礼ですがニキビでもおつぶしになったのですか」

 心配性のラキ子さんがまゆをひそめると、

「いや、いまの芝居でサッと頬をやられまして、どうも私はそそっかしくていけませんよ。アハハ」

 よく拝見すると、長さ三糎ぐらいの切っさききずから血をふいている。今さらながら、あの切り合う呼吸の瞬間ちょっとでも気がゆるめば、このように深いけがをしなければならない。げに芸道と云うものはなまやさしいものではない。

 明るい鏡の反射をまぶしげに受けて、きちんと座した、そのあたりは綺麗に整頓され、花びんには眼にしみる赤色カーネションが飾られ、かつら下の羽二重も何か楽屋らしい風情を見せ、面はずかしげは[#「面はずかしげは」はママ]眼をふせているのが、さきほど舞台で剣のすごみと、必死のまなざしに輝いた筑波澄子さんとはとても思いもつかぬおぼこな姿。こんな可愛いい、優しい座頭なんて見たことがない。筑波さんの美しい襟足から胸へかけて汗をぬぐう時チラリと胸のふくらみのあたりを拝見してしまったのです······コレ眼よ! お前はいつもそんなところ見たがる無礼者メッ······

「失礼ですが、胸は新しいさらしで巻いていらっしゃいますね。肌の色と真新しいさらしの白さがとても清潔な清らかさで気持がいいですね」

「アラ、いけませんね。このサラシはあのようにあばれますのでキリリとしめておかないと乳房が飛び出して飛んだ失礼をしてしまうのですよ、オホホ」

 ラキ子さんが、そんなチャンスを見て行きたいと思っているのでしょうと僕の顔をねめつけた。ゴメンなさい。

「それにまちがって刀のきっさきにさされた時の防備にもなるのです」

 そして笑う筑波さんの後の壁には刀剣が数十本、道中ざし、陣太刀、侍の大小、思い思いの風格のあるさやにおさまって綺麗に飾られてある。気がついて広い楽屋の中を見廻すとあちらの壁こちらの壁いたるところ、刀、十手、槍のたぐいが飾られてあるのではありませんか。

「それですね。あの舞台で観客の血をわかす刀は」

「そうです、一つお眼にかけましょう」

 若いしゅうが五、六本刀をはずして私達の前に置きました。

「ぬいて御覧あそばせ」

 僕もラキ子さんもこわごわ手にするとその重いこと、

「それは本身の鉄です。こちらがジュラルミン、そこにあるのが樫の身に銀箔を張ったものです。なかなか種類がございましょう」

 どれも、これも、その光はそこびかりがして、何か人の血をすうようなけはいがするではありませんか。

「その木の身の奴は軽くってあつかいよいのですが、やはり本身のものはずっしりと、腕にこたえて調子がようございます。そちらのジュラルミンは御覧の通りまるで魚の歯のように、はこぼれがしているでしょう。斬り結ぶ時、はがこぼれるのですよ」

「こんなになるぐらいでは、すごい力で刄合せをするのですね」

「本気ですよ。それでないと気迫がやはりお客様に感じないのです」

 馬鹿に静かだと思っていたらラキ子嬢、手ごろのやつのつかをずッしりとにぎって眼をすえている。

「狂人に刄ものというたとえがありますよ、ちょいとその刀をおかえしなさい」

······

「それではおいそがしいところを失礼しました、さようなら」

 桑原々々、ラキ子さんがエイッとやらぬうちに退散々々······






底本:「猿々合戦」要書房


   1953(昭和28)年9月15日発行

入力:鈴木厚司

校正:伊藤時也

2010年1月26日作成

青空文庫作成ファイル:

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