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あめりか街上風景。
HOBOなる一個の非職業的職業に従事している尊敬すべき二紳士が、町角の煙草屋の前で日向ぼっこをしながら、ひねもす何ごとか議論し合っている。
忙しい都会の執務時間にあって、それはいかにもひねもすといった
このエッチ・オウ・ビイ・オウ||ホボ。
主として、
仕事||しゃべるほか何もしない。
特徴は。
第一。鼻が赤い。
第二。すでに紳士だから世のつねの紳士のごとく、いかに身に粗服をまとうとも靴の先だけは木賃宿の
第三。四季を通じて山高帽使用のこと。
第四。噛みつく犬と噛みつかない犬とを一瞥して見わける技能。
それも田舎まわりのホボとなると、自然を愛好したり、農繁期に麦をむしったり、裏口から覗いて一食にありついて、その代りに
かえって、あめりか都市の添景人物として、なくてはならないのがこのホボ。
で、ふたりのホボが、街角の煙草屋の前で、往来を見ながら議論している。
A「おい、ジミイ、煙草はもうそれ一本しかないんだぜ。そんなに一人で喫わずに、いいかげんにこっちへも回せよ。」
B「よし! そんなら
A「するとおれは黒をとるわけだな。」
そのうちに電車が来て、黒の外套を着た女が素早く乗ってしまうと、遥かむこうの煙草屋のまえでは、一本の煙草が他へ移って、口の焼けるまで心ゆくばかり吸われるというわけ。
何を決めるにも賭けだが、これはなにもホボにかぎったことはない。あめりか人は、幌馬車時代の冒険心がのこっているものか、天下国家の大事でも、日常の
共和党と民主党とどっちから大統領が出るかといっては、社交倶楽部では、百ドル千ドルの賭け。安アパアトメントの裏二階では一ドル二ドル。黒ん坊のボーイ仲間では五セント十セントの賭け。
あした雨か晴れかというんで、夫婦のあいだに、細君は活動、夫は葉巻の賭け。
二羽並んで止まっている雀のうち、左右どっちが先きに飛び立つかとあって、子供同士が二ペンスの賭け。
デンプシイとタニイ、ベイブの安打数、市長の選挙、軍縮会議の成否はもとより、生れる子が男か女か、今度とおる自動車は偶数か奇数か、お前とおれがどっちがさきに死ぬか、彗星が見えるか見えないか||人間万事があめりかでは賭け・賭け・賭け。
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人物。
アプトン・シンクレアが十年一日のように
おなじくアプトン・シンクレアにからかわれつづけている「主婦」でない主婦の若い美夫人。午後のお茶と社交界の接見日とカントリイ倶楽部と「ヨーロッパの貴族」との自動車遠乗りとによって、もう今年じゅう一日のあきもなく日程ができあがっている。頭髪の色と
場所。
そのパアラアで夫君が疲れきって煙草をふかしていると、夫人が忍んで来て、いきなり太い首っ玉にかじりつく。
「なんだ、
「あら、そうお! すみませんでしたわね。けど、『あたしのフランク』はきょうどうかしてるの? すこし
「うん。いや、なに||何でもないんだ。『小さなお姫さま』が心配することじゃあないんだよ。」
「だって、あなたがそう屈託顔をしていらっしゃると『小さなお姫さま』だって気になるわ。」
「いいんだよ。君はただ小鳥のように飛びまわって、お金を
「あら、ずいぶんね! 何がそんなに『あたしのフランク』を怒らせたんでしょう?」
「君の知ったこっちゃない。事業のことだ。」
「事業のことだってあたしにはわかるわ。お話してごらんなさいな。こう見えたってあたしにだっていい智慧が浮ばないともかぎらないことよ。」
「ばかな! 事務所の苦労はおれひとりに任しておくがいい。」
「だってそうはいかないわ。夫婦ですもの||そんな水くさい||。」
「じゃ、言うがね、帳簿が合わないんだ。」
「え? 何が合わないんですって?」
「帳簿帳簿! 帳簿が合わないんだ。」
「まあ? なんて大きなお声をなさるんでしょう! それが合わないと困るの?」
「困るとも! 帳簿が合わなきゃお前、何かそこに不正が行われている証拠じゃないか。」
「あら、困るわねえ合わない帳簿なんて。
「何が?」
「帳簿よ。」
「帳簿はそんなに高かないさ。」
「あら! ばかねえ『うちのフランク』は。高価いもんでなかったら、そんな合わない帳簿なんか捨てちまって、新しいのを買ったらどう? わけないじゃありませんか。」
で、もしこれが漫画なら、ここで主人公は椅子から
大戦以前には、それでもあめりかには、腕一本の男がお金を作る機会がまだまだ転がっていたので、男たちは金儲けに夢中になった結果「疲れたる企業家」はみな晩婚で、したがって細君には子供みたいに年のちがうのが多い。だから、「男の事業」「女のおしゃれ」と社会的に
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ユダヤ系大ジャズマニア帝国の印象。
両側の高層建築物は雲へ突入して、道路は人造グランド・キャニヨン。
昼でも暗いので電灯がかんかんついて、夜も昼のようだ。
W・J・Zの放送。
アロウ・カラア。
車道は、自動車がぎっしりつまって流れるように動いているが、歩道には人っ子ひとり影を見せない。
すると!
ある街角へ来かかった時だった。向うからひとりの男が、その無人の境の往来を歩いて来るのを見て、自動車の窓から声あり。
「あらっ! 人が歩いてるわ。」
同じく声。
「どうしたんだろう。へんなやつだね。」
「ええ。よほどの変りものなのね、きっと。」
さて||その唯一の通行人は「挙動不審」とあって
あめりか当代人気作家ジョウジ・エイドの作風にしたがえば、ここにはどうしても彼のいわゆる
みだりに足を使うことは文明への
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そうかと思うと、評判のいいエヴァスピイド・タキシの広告文に、
「食後の『御散歩』にはぜひ本タキシの御利用を!」
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もう一つ自動車の漫画。
シカゴG街、一車庫のサインに所見。
「自動車預ります。それからフォウドも。」
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当世めりけん女学生気質。
「
まず外観から申そうなら、
生れはボストン。女学校評議員。教会伝道委員長。州政廓清期成同盟実行委員。ポウランド孤児救済会長。その他、短いスカアトを禁ずる運動。等々々の提唱者。
このリジイ伯母さんには、必ず大学へ通っている若い姪があって、伯母さんは、一年に二、三度は寄宿舎に女学生の姪を襲撃することになっている。だから、昔はよく女学生が電報||例の黄色いウエスタアン・ユニオン
「あら、ノウマさん、また田舎から伯母さんがいらっしゃるの?」
と、ノウマは泣き笑いの顔を上げて、かすかに
姪のノウマ、伯母リジイの来襲を少しも恐れない。「アスユク」の電報をうけとるが早いか、彼女は寄宿舎じゅうをかけまわって、伯母さんをして眉をひそめしむるにたるあらゆる書物を借りて来て、それをずらりと
のみならずノウマ自身は、一ばん短い着物を着て書き黒子、映画の妖婦を気どって腰にしなをつくりながら、喫めない煙草をふかしているところへ伯母さん入御。
伯母、
ノウマの借りあつめて来た本は、
エリナア・グリン著「恋の一週間」
アリス・コリンス著「恋の三週間」
ノウスウェル博士著「これだけは心得おくべし||結婚前の処女のために」
「性の神秘」
「蜜月旅行記」
「近代舞踏十二講」
このとき、ノウマの声は落ちついていた。
「伯母さん、あたしずいぶん骨を折って手に入れたのよ。だって発売禁止の本が多いんですもの。」
リジイ伯母さんは口がきけなかった。彼女が自分の激情を発表しうる唯一の方法は、持っている洋傘の先で、とんと床を突くことだけだった。同時に蓄音機は大声を発して、「甘い
見るとノウマは、男のように足をひろげてどっかりと椅子に腰を落したが、それはなにも伯母さんが観察したような近代的無作法のあらわれではなく、じつはノウマは、はじめての喫煙に眼がくらくらして来たにすぎない。
伯母リジイがぷんぷんしてさっそく帰り支度をはじめたとき、部屋のあちこちから友達の眼がのぞいて、そして、いちように笑いを
「可哀そうなノウマ!」
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なにもかも大きく
「ロッキイという山があるでしょう。あれは私の先祖が築いたんです。」
だまって聞いていたイギリス人が、この時にやりとして、
「ははあ、そうですか。いや、たいしたもんですな。ところで、死海という海があるでしょう? あれは私の先祖が殺したんでさあ。」
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お母さんがよく
あの、新婚の夢がさめて、お互いが白っちゃけた眼で観察しだす一時的
これにはどのお嫁さんも
「ええ、どうせあなたのお母さんのようにはいきませんわ。けれど、どんな風にちがうんでしょう? 参考のためにおっしゃって下さいな。」
「どうって||曰く言いがたしさ。ああ、あのよくお母さんが拵えて下すったおいしいプディング!」
悲憤の涙にくれた夫人は、ああでもないこうでもないと、お料理の本を引っくりかえしたすえ、これならばという自信をもって、またプディングを食膳へ上すと、夫がかならず横を向いて、
良人「お母さんがよく拵えて下すったあの甘しいプディング||あれはこうじゃなかった。」
いよいよ
「AH!||お母さんがよく拵えて下すったあの甘しいプディング! あいつはどことなく違っていたよ。」
妻「まあ||。」
このとおり、
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とにかく、あめりかの空気は明るい魔術だ。一種の同化力をもっている。子供にすぐ反応する。行って一月も経たない子供が、喧嘩する時にもう日本人のように手を挙げずに、すぐ拳闘の構えで向って来る。それはいいが、一ばん始末のわるいのが、ちょいと形だけアメリカ
「おい、支那人、アメリカにいる間は英語で話せよ。」
ここにおいてかM大学弁論科首席のH君、歯切れのいい英語で一場の訓戒を試みて、やつらをあっと言わしたのだが、そのときは僕も愉快だった。この民族的な痛快感というものは一種壮烈な気分である。が、それはそうと、外来移民の子弟と黒人とユダヤ人の問題をどう処置するか||これが今後のアメリカにおける見物だ。