マダム・マアテルリンクがこの頃『マダム・ボワリーの故郷』といふ文を書いた。これは、フロオベルが其大作『マダム・ボワリー』の舞臺を訪ねて、其のモデルに使用された實際の人物のことを詳しく探つて書たものだといふ。エムマもボワリーも、レオンも、藥劑師も皆な實在の人間で、誰は何うした、彼は何うした、誰れは死んだ、彼は生きてると言つた風に面白く書いてある。エムマのモデルは數年前に死んで、其墓に行つて見ると、其墓石に、『貞節温良なる細君として、慈愛ある母として、かの女は其一生を送つた。』と書いてあつたさうだ。モデル問題も年月を經た後で見ると、中々趣味があるものだ。