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まんりやう

薄田泣菫


 夕方ふと見ると、植込の湿つぼい木かげで、真赤なまんりやうの実が、かすかに揺れてゐる。寒い冬を越し、年を越しても、まだ落ちないでゐるのだ。

 小鳥の眼のやうな、つぶらな赤い実が揺れ、厚ぼつたい葉が揺れ、茎が揺れ、そしてまた私の心が微かに揺れてゐる······

 謙遜な小さきまんりやうの実よ。お前が夢にもこの夕ぐれ時の天鵞絨のやうに静かな、その手触りのつめたさをかき乱さうなどと、大それた望みをもつものでないことは判つてゐる。いや、お前の立つてゐるその木かげの湿つぽい空気を、自分のものにしようとも思ふものでないことは、よく私が知つてゐる。

 お前はただ実の赤さをよろこび、実の重みを楽しんでゐるに過ぎない。お前は夕ぐれ時の木蔭に、小さな紅提灯をともして、一人でおもしろがつてゐる子供なのだ。

 持つて生れたいささかの生命をいたはり、その日その日を寂しく遊んで来たまんりやうよ。

 またしても風もないのに、お前の小さな紅提灯が揺れ、そしてまた私の心が揺れる。






底本:「花の名随筆1 一月の花」作品社


   1998(平成10)年11月30日初版第1刷発行

底本の親本:「薄田泣菫全集 第六巻」創元社

   1938(昭和13)年11月発行

入力:門田裕志

校正:noriko saito

2004年7月15日作成

青空文庫作成ファイル:

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