信州の
戸隠山麓なる
鬼無村という
僻村は、避暑地として
中々佳い
土地である、自分は数年
前の夏のこと
脚気の
為め、保養がてらに、数週間、
此地に
逗留していた事があった。
或日の事、自分は昼飯を
喫べて
後、あまりの
徒然に、慰み半分、今も盛りと庭に
咲乱れている赤い夏菊を二三
枝手折って来て、床の間の花瓶に
活けてみた、やがてそれなりに自分はふらりと宿屋を出て、山の方へ散歩に行ったのである、二時間ばかりして宿屋へ帰った、
直ぐ自分の部屋へ入ると私は驚いた、
先刻活けたばかりの夏菊が
最早萎れていたのだ、
一体夏菊という花は、そう
中々萎れるものでない、それが、ものの二時間も
経ぬ
間にかかる
有様となったので、私も何だか一種いやな
心持がして、その日はそれなり
何処へも出ず
過した、しかし
幸と何事も無く翌日になったが、
未だ
昨日の事が
何だか気に
懸るので、
矢張終日
家居して暮したが、その日も別段変事も
起らなかった、すると、その翌日
丁度三日目の朝、突然私の実家から手紙で、
従兄が死んだことを知らして来た、
書中にある死んだ日や刻限が、
恰度私が
活けた夏菊の
萎れた時に符合するので、
未だに自分は不思議の感に
堪えぬのである。