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真赤なお
鍬を下ろすと、ケンケンケンケン······
天気は
そこいら
ええら、いい凪だな、沖ぢやまだ眠つてゐるだが、
||そうれ、また、さらさら、ざぶん、ざぶん、んん······
まるで、はあ、鮑の殻見たいにチラチラするだね。
やれ、やれ、
何でも構うこたねえ、
胸をづんと張りきつてな、うんとかう息を吸ひ込んで見るだ。
うねつたり、
真赤なお天道さんが燃えあがる、
雲がむくむく
狂ひ出すと||
わあといふ声がする、
村中で穀物を
ぢつとして居らんねえ、

赤ちやけた麦と蚕豆、
ぐんぐん押しわけてゆくてえと、
たまんねえだぞ······素つ裸で、
まん円いお天道さんが六角に
四方八方真黄色に光り出す。||
そこで、俺ちも
赤ちやけた麦と蚕豆、
ほうれ見ろ、旦那さあが
手に
読んで行かつしやるだ、旦那さあ、
紙がぷんぷん匂ふだ。
おやあ、蝉が鳴いてるだな、
どうしただか、これ、ふんとに
あつはつはつ······これ、ふんとに
何んでも、はあ、
一生懸命に鳴いてるだ。
夏が来ただな、夏が来ただな、
海から山から夏が来ただな。
あつはつはつはつ······
あつはつはつはつ······
真赤なお
輝く崖の上の麦畠、
くわつと燃え立つ杉の木、松の木、
うねつた坂から、
やつこらさ、やつこらさ。······
薄暗い三角
ずり
地がじめ/\、風がじめ/\、
たまさか、
海も見えずよ、
ぐわうと
真赤なお
いつまで、そん

重い暗い蚕豆、
影のふかい蚕豆、
蚕豆が
はや、
日が暮れるだあに、
影のふかい蚕豆、
青臭い蚕豆、
蚕豆に
鈴虫が鳴きしきる。
やれ、
思はず
涙がながるる、
ええ、畜生め、
なけなしの
光るやうだぞい、蚕豆。
青臭い蚕豆、
日が暮れるだあに、
いつまで


蚕豆は
俺ちの畑で、
俺ちが
何が
寂しいか、
小便でもしてけつかれ。
真赤なお
海のどん底まで鐘がごうんと落つこちる。
くわつと燃え立つ杉の木、松の木、
麦が煽つて照りかへすと、
火のやうな
や、や、や、や、
暗い坂から坂の
「
山の
やつこらさつさ、やつこらさ。
もう日が暮れるぞ、
石ころ坂ののぼり坂、
木の葉はきらめく、麓は真つ闇、
時雨はさんざと、
暗い坂、のぼり坂、山
涙垂らすな、お
やれ、
やれ、上見りや
泣いても
やつこらさつさ、やつこらさ、
やれ、もひとつくだれ、
やれ、もひとつあがれ、
やつこらさつさ、やつこらさ。
くわつと
こほろぎはこほろころ、
やつこらさつさ、やつこらさ、
やれ、
お
追つかけて
ふはつはつは、いつひつひ。
やれ、もひとつくだれ、下り坂
やれ、もひとつあがれ、上り坂
やつこらさつさ、やつこらさ。
鍬打つ、鍬打つ、
裸で鍬打つ、
空は円天井、
光は薔薇いろ、藍いろ、利休茶。
鍬打つ、鍬打つ、
並んで鍬打つ。
とべらの木は
光は銀いろ、薔薇いろ、灰いろ。
鍬打つ、鍬打つ。
離れて
向うにライ麦、こちらに人参。
光は利休茶、緑に、
鍬打つ、鍬打つ、
うしろむきに鍬打つ、
一心に鍬打つ、
打たずにやゐられぬ、
とべらの木の
光は薔薇いろ、空いろ、利休茶。
鍬打つ、鍬打つ、
近寄つて鍬打つ、
キラキラするのは巡査のサアベル、
光は薔薇いろ、
鍬打つ、鍬打つ、
振りかへつて鍬打つ、
とべらの木の下ではあかんぼがすやすや、
鶏がコケツコツコ。
光は薔薇いろ、藍いろ、利休茶。
鍬打つ、鍬打つ、
向きあつて鍬打つ、
打たずにやゐられぬ、
光は薔薇いろ、
ぎあとあかんぼが啼き出した。
南は高い粟
重く垂れ下がつた穂波がしみじみ、
無数に寂しく、
道路は照りかへる。
一方は牛蒡、人参、里芋畑、
爽かな野菜がぷんぷん、
地から
こほろぎも鳴く。······
田舎だね、鍬をかついで、
四角な西洋館のかげから
大きな百姓の姿が躍つて来る、
顔から胸までうつぴろげて
もう日が暮れるのだ、
白いヘルメツトに、気がるな紺背広の
向ふの松林を
犬が二匹火の玉見たいに飛んでゆく。
百舌が鳴く、くゐい、くゐい、くゐい、りりり······
まん円い
くわつと燃えあがる、||
海には帆が光る、光る、光る。
朱のやうな道路が
丘から丘へ、谷から畑へ、
まるで、人間なら
それでも、しんから輝く
野菜がぷんぷん、粟がそよそよ。
日が愈々暮れてゆくのだ、怪しい馬糞には、
露が早やしんみりと草つ葉をよぢのぼる。
而して
玉虫がぢつと、来て
厚く青き悲みは満ち
光は
葉は今驚く、光の重みに堪へかねつつ、
下なる
その
葉よりは葉へ、かづらみながら
ただ
その
空に響く、何ともわかず、
麗らかに甘く、くるしく、
その輪は次第に一
静けさや、かづらの葉、
光は
数しれぬ鈴なりの葉もまた静まる。
時に
光りつつ、
その中の青く青く最も厚く
正午すこし前
虫はいま
不思議なる
高く、
そして
今し、思ひがけなき坂の上に
馬は光る
照りかへる村の
小さく赤く、
をりをりに
馬は動く、いつくしく。
静かなり、ただ遥かなり。
なにものの響をか、その中に
馬は
馬は赤く
その時
大きなる
赤き赤き
あなあはれ、馬は
見るまに不浄の五体より光を放ち
仏の如き
南無馬頭観世音、頓生菩提。
馬は赤く浮かびあがる。
何たる法悦。馬は燦爛と天へ昇る。
秋なり、
草と
もろもろの悪の麝香にぞ
こは路傍なり、
夕暮の崖の下なり、
尻も真白く、
病める、悲しき、取りみだしたるその
大きなる朱の太陽は空にかがやく。
凡ては歎き、小躍りし、光り、驚き、飛び去れり、
さて
その児はこの時、叢に顔さしあてつ、
ただ一心にさしのぞく、
美くしき譬へがたなき
挑むは季節、
沈まむとする太陽光はますます赤く。
またしばし、輝かす、ふくらかに
墓場は
墓場は
秋なり、絶えず
墓場は
草は光り、
一心の
墓場は銀光燦爛たり、
驚きは拡がる。
そが中にただひとつ、飛び
そは誰が愛せし白猫ぞや。
墓場は銀光燦爛たり。
鰌のをどるは苦しきなり。
深く燃え立つ
鰌はをどれり、葦はそよがず、
ただ
鰌のをどるは苦しきなり、
耀く
黒く、いみじき
幻想界に身をうねらす。
鰌は
狂へる彼らを離すことなし、
鰌のをどるは一心なり。
鰌の五感は鳴り響けり、
彼らは
鰌のをどるは苦しきなり、
彼いま燦爛かくやくたる光に飛ぶ。
高きにゐれども眼に低し、
ただ秋風ぞ彼を吹く。
遠樹にかゝる三日の月、
遠樹にのこる昼の雨、
遠樹の
かうかうとしてかつ
遠樹のかげをゆく人は、
身も
遠樹の雨を眺むれば
遠樹の上にちらばるは、
これ釣舟の銀の
消ゆかにしてはまたいくつ、
光りて鳥も飛びゆけり。
遠樹にかかる三日の月、
遠樹にのこる昼の雨、
遠樹の空にわだつみの、
波かぎりなくうちつゞく。
遠樹の赤さ、野の
かうかうと吹く秋の風。
祈るがごとし、いつくしく。
遠樹は遂に遠樹なり、
明るけれどもゆめふかく、
高きに
遠樹の
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太陽が落ちかゝつた。大きな大きな
雲は
その下に
無窮に
さく/\、さく/\、
さく/\、さく/\、······
山の下では
波の音にもうち消されないで、その音が
刈らずにゐられないで刈る、鎌が
心の底から、
『
こんな
やあ、えゝら、
たちまち、
くわつと四方八方が明るくなる。
不思議な日だ。たつた舟が一つ、
前面を一心に漕いでゆく。波が
大きな大きな人間が
くつきりと黒く、
遥かに
今こそ
二十、三十、五十、
はては空いつぱいに飛び廻る
海を見れば海にも
山を振りかへれば山には更に
輝く草の
大きく大きく、伊豆の岬へ落ちる。
今まで輝き狂つてゐた空の下から
在る可き山が在る可き処に
太陽が
悲しい悲しい
波が
灰と赤の
遠い岬に曳きはへる、と、
更にパツと
『
今まで目にも見えなかつた沖の小舟が、
||
泣いて
月ほそくかゝりたり、
ほそき月、
また、月はしづきゆく
しんじつに
走りいづるその
島黒く、海黒き
舟ひとつすゝみゆく、
そのうへにほそき月。
なにかわかね、
鈴虫は
闇の夜は
かげわかず、ゆく舟も見えわかず、
ただ光るほそき月、
金光燦爛たる
鰻はめざめつ、囚はれの身より逃れて
今こそ動け、幽かなる声の声、響の響。
空には金無垢のほそき新月、
大きなる銀星
その時鰻は
そのうれしさを誰か知らむ、鰻はすべる。
鰻のすべるは蛇のすべるに異ならねど、
こはもと海のものなれば、
凡て寂しく、
闇に燃え立つくれなゐの花にからまる。
鰻はさあれ一心にゆり動く、驚喜のあまり、
花より花をすりぬけつ、泣かむばかりに、
現はれ歎けばをりをり金の鰻となり、
をりをり消えては草葉の露をこぼす。
深く深く、
皆真に光りいづべき
ここに万歓極まりて涙を落す。
この時彼方に燦爛とかがやくは大海の波。
静けさや、壮厳微妙の夜の鰻、
彼こそは
渾身これ
闇を飛び越え、また、燃え立つくれなゐの花を飛び超ゆ。
雨はふる、ふる雨の霞がくれに
ひとすぢの
その空に城ヶ島近く横たふ。
なべてみな
しみじみと泣きわかれゆく、
その上にあるかなきふる雨の
遥なる岬には波もしぶけど、
棹あげてかぢめ
北斎の蓑と笠、中にかすみて
一心に網うつは安からぬけふ
さるにてもうれしきは浮世なりけり。
雨の
さ緑に投げかくる
また雨に忍び入る。
絶えて影せぬ
波は高くうねる、をりをり、
曇つた
金の
可憐に、寂しく。
白い太陽が
海の空にある。
限りもない波は波のうへに重なり、
光は光のうへに暗く、
ゆるく吹いてくる風にも、
悩ましいものがある。
人間のえしらぬ
波がなだれる、無数の
女が
ふくらかな胸が白く
うしろへなだれる、
いつまでもいつまでも、
波は波に
光は光に重なる、
波は高くうねる、をりをり
曇つた
可憐に、寂しく。
波ゆりくればゆりあげて、
波ひきゆけばかげ
海雀、海雀、
帆が
はじめ白く、
晴れわたつた大海の
帆が
何時か、大きな帆の
遂に白く白く
その上に日光の五色の
帆が
薔薇いろの霞が流れこみ、夏の雲が、
むくむくと銀と灰とに湧きあがる。
帆が辷る、だんだん沖の方へ走つてゆく、
帆が
藍碧の円い海が拡がる。
その間を帆が走る、輪を作つて、一斉に、
帆が
何か強い力で内にひかれる······、波が
思ひあまつて
而も日中、晴れわたつた
一心に帆が廻る。光と
帆が
恐ろしい力で
離れ去らむとし
今や今や廻り澄まうとして
言葉も、色も、光も、
感極まつた
帆が
恐ろしい力で
深く
青い
いつまでもいつまでもゆるがす、
不変 にうつくしく。
あつ、はつ、はつ、は、
あつ、はつ、はつ、は。
ただ寂然 と、無言 の
大きな笑 が空に伝はる。······
其処 には白金 の日輪 が小 さく
ただ光つて廻るばかし、
時折 、微風 が翼 をかへして
雪のやうに散乱 する。
あつ、はつ、はつ、は。
ただ
大きな
ただ光つて廻るばかし、
雪のやうに
いつまでもいつまでもあるかなく、
いつまでもうつくしく。
いつまでもうつくしく。
あづけた
たつた、ひとり。
いつまでもいつまでも擽ぐる、
不変 にうつくしく。
あつ、はつ、はつ、は、
あつ、はつ、はつ、は。
何処 かで環 が鳴る、
岸 と舟とを纜 つた綱 が、
何かの環 をひつぱるのだ。
心がゆらげばゆらぐほど、
小舟がゆらげばゆらぐほど、
環 が鳴る、何かしら鳴る。
あつ、はつ、はつ、は。
何かの
心がゆらげばゆらぐほど、
小舟がゆらげばゆらぐほど、
いつまでもいつまでもたよりなく、
何かしらうつくしく。
何かしらうつくしく。
あつ、はつ、はつ、は、
あつ、はつ、はつ、は。
漣 は心の底から
子供の小舟をうちゆるがす。
頭 の上には暗い大きな松が
むかしむかしの話をする。
その松には鳥がゐる。
あつ、はつ、はつ、は。
子供の小舟をうちゆるがす。
むかしむかしの話をする。
その松には鳥がゐる。
いつまでもいつまでもうつくしく、
たつた一羽 、うつくしく。
たつた
あつ、はつ、はつ、は、
あつ、はつ、はつ、は。
小舟がゆらげばお臍 がゆらぐ、
お臍 がゆらげば小舟がゆらぐ、
あつ、はつ、はつ、は。
小舟がゆらげばお
お
いつまでもいつまでも恐ろしく、
いつまでもただ一人 。
いつまでもただ
子供はふいと泣き出した、
声を放つて。······
燦爛と海は今光りかがやく、
何ものぞ、空を飛び翔 るは、
ただ、これ一面のうねりなり、泣くによしなき
銀の油の溶け合はむ、照り反 さんと狂ふのみ。
凡ては眩 し、痛々 し、笑ふよしなし、
小船は動き、輪に廻 り、また一線 に歎けども
落ちつかむ、狙 ひ射 たむとぞ燥 れども、
照星は照尺を超え、
銀 の櫓櫂は日輪光 に欺かる。
光りかがやく何物かまた飛びめぐる、
雲母摺 なる空高く、また、低く、
恐怖 は銀の翼 より響を拡げ、
声なき舟は一心に波に燦 めく。
銃音 響く、弾丸 は光れり、||
快 き手 ごたへは空に驚く、
耀 は矢と飛び下る。
擾乱 は水面 に起つ。
凡ては眩 し、痛々し、笑ふよしなし、
傷ける鳥と狂へる舟は
燦爛赫耀 、
今こそ互に相憎め、言葉なき言葉激しく、
さてしばし、
深くひそめる鳥はまた飛び去らむとし、
たちまちに眼 をつらぬかる。
玲瓏 たり、燦爛 たり、不尽 の山、
麗 らや大海はるかに辷りあがる。
消防渚に整列し、
まづ不尽山に一礼す。
纏 は金的 、梯子は青竹、
てつぺん玲瓏、人間さんらん、
はつと逆 さで大の字形 。
耀く人数 はかたまりころげて
しみじみ喞筒 をうち動かす。
喞筒 は一台、一念、一向
喞筒 の水はりうりうたり
玲瓏たり、さんらんたり、不尽の山、
喞筒の筒口 りうりうたり。
水はひとずぢ、真実一心、
専 ら目的 は不尽の山、
弾 き飛ばした、ぶん流せ。
よしか、それきた、
動かす喞筒 は飛び切り上等。
りうりうたり、さんらんたり。
驚き飛び立つ千鳥と鴎。
それ、雪がけし飛ぶ、
愈霊山 が流れるぞ。
玲瓏たり燦爛たり、相模灘、
もう一息だぞ、えんやらえんや。
真実一念、十方玲瓏、
喞筒 の水はりうりうたり、
れいろうたり、さんらんたり、
えんやらえんや、えんやらえんや、
消防整列、一心一向、
消 えて失 くなれ不尽の山、やあれ、やあれ、えんやらな。······
盥 は数知れず光に動く。
盥の上には子供座 れり、
裸の子供は腕をひろげて
盥を廻す。晴れわたる海の面に。
正午なり、深くひそめる
精霊 の醒めゆく時なり、
銀星は空にあらはれ、
麗 はしき人ごゑは湾にあつまる。
盥はしづかに迅 さを増す。
盥は光れり、独楽 のごとく、
一斉 に、燦爛たるその飛沫 。
夏なり、碧瑠璃 の海は
円く、緑 の崖をうつす、
天心 にかゞやくは、一 の日輪 。
その時ふと、笑ごゑは中より起る。
大きく大きく、笑ひくづるゝ純真 。
大きなる月は
まんまろく転 び出でたり。
護謨 の葉は豊 かに動く。
いざや歩まん、二人 して。
生洲 には瑠璃 のさゞなみ、
ゆれゆれて金 の輪 となる、
ああいまし、
麗 くしき玳瑁 の雄 は
雌 の上にそつと重なる。
静かなれ、深く潜 めかし、
月はいま蒼 き暈 きる、
磯煙草 みどりにゆらぐ。
ああ、しばし
玳瑁 は幸福 に住む。
声もなし、さあれ、うつくし、
何物 か、光りとろけて
霊 をゆするがごとし、
玳瑁 はふたつ重なる。
護謨 の葉は豊かに動く。
いざや眠むらん、二人 して。
声を放つて。······
燦爛と海は今光りかがやく、
何ものぞ、空を飛び
ただ、これ一面のうねりなり、泣くによしなき
銀の油の溶け合はむ、照り
凡ては
小船は動き、輪に
落ちつかむ、
照星は照尺を超え、
光りかがやく何物かまた飛びめぐる、
声なき舟は一心に波に
凡ては
傷ける鳥と狂へる舟は
燦爛
今こそ互に相憎め、言葉なき言葉激しく、
さてしばし、
深くひそめる鳥はまた飛び去らむとし、
たちまちに
消防渚に整列し、
まづ不尽山に一礼す。
てつぺん玲瓏、人間さんらん、
はつと
耀く
しみじみ
玲瓏たり、さんらんたり、不尽の山、
喞筒の
水はひとずぢ、真実一心、
よしか、それきた、
動かす
りうりうたり、さんらんたり。
驚き飛び立つ千鳥と鴎。
それ、雪がけし飛ぶ、
愈
玲瓏たり燦爛たり、相模灘、
もう一息だぞ、えんやらえんや。
真実一念、十方玲瓏、
れいろうたり、さんらんたり、
えんやらえんや、えんやらえんや、
消防整列、一心一向、
盥の上には子供
裸の子供は腕をひろげて
盥を廻す。晴れわたる海の面に。
正午なり、深くひそめる
銀星は空にあらはれ、
盥はしづかに
盥は光れり、
夏なり、
円く、
その時ふと、笑ごゑは中より起る。
大きく大きく、笑ひくづるゝ
小笠原にて
大きなる月は
まんまろく
いざや歩まん、
ゆれゆれて
ああいまし、
静かなれ、深く
月はいま
ああ、しばし
声もなし、さあれ、うつくし、
いざや眠むらん、
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大正二年九月某日、相州三崎は諸磯神明宮祭礼当日の事、上層に人形、下段にお囃子の一座を乗せた一台の山車は漁師と百姓とを兼ねた素朴な村人の手に曳かれてゆく。先づその山車は鎌倉街道から横にそれて、一小岬の突鼻の神明宮まで、黍畑や粟畑の高い丘道をうねつてゆく。而も日中、日は天心にかかつてゐる。径は緩い傾斜を登つたり下りたりしてゆく。崖の高みを行くのでその両方に真碧な海が見える。径が山車の幅より狭い位なので、松や蜜柑にぶつかつたり何かする。而して畑の上でも何でも溝はず曳いてゆく。ぶつつかる時は人形の背後に居る奴が高い処からぽきぽきと松の枝でも木槿でも手当り次第にへし折つたり、押し曲げたりする。馬鈴薯は馬鹿囃子に浮かれて大喜びだが、立樹は可哀想だ。山車が進んでゆくと、そこから神明宮と相対した油壺の入江が見え、向ふの丘の上に破れかかつた和蘭風の風車が見えてくる。その下に大学の臨海実験所の白い雅致のある洋館がある。芝生が見えキミガヨランが見え、短艇が二三艘浮いて見える。まるで南伊太利あたりの風景にでも接するやうである。愈丘の畑をすべり下りると平たい、かつと明るい渚に出る。右も左も渚である。ここに神明宮の鳥居がある。そこから円い穏かな丘の登り道になつて、その向ふが愈海になつてゐる。社前の渚には漁船が幾艘も引揚げてある。その間であかい西瓜店や何かが出る。ここで山車を休まして、一同は赤々と日が暮れるまで盛んに酔つぱらつて踊つたり唄つたりする。中には白痴もゐるし、剽軽者もゐる。万祝衣きた大禿頭もゐる。而してここの神主は平素は三崎遊廓の検黴のお医者である。凡てが如何にも馬鈴薯式なので村の祭とか田舎とか云つたりするより却て「畑の祭」とした方が適当かも知れない。この俗謡調はその山車のお囃子として作つて見たのである。
やれやあ引、さの、せえい、せえい、せえええい、
三浦三崎は女の夜業 、男後生楽 寝 てまちる、
ようい、ようい、よやさのせえい。
ええ、そりや、なあ、
秋が来たぞよ、三崎 諸磯 の段々畑 から百舌 が出たで、
えええ、や、ほろほにや、や、ほろほ、
くゐくゐいろうにや、くゐろうにや。
やあれ、日はよし、地 はよし、海や凪ぐし、
今年や豊年歳、穂に穂が咲いた、
やあれ、テケテケ、チヤンチキ、チヤンチキナ、
ありやりや、こりやりや、これわいさのせえい。
五郎作よ。太郎兵衛よ、杢十よ、ちよいと来なせ、
丘や畑は万作じや、おや、俺 ちの陸穂 もやつと熟 れた。
やれ、南瓜 も飛び出せ、牛蒡も踊り出せ、
枝豆、隠元 、ささぎ豆、
なた豆、落花生に胡麻の種、
莢 がはぢけた、赤ちやけた、
化猫 、雉猫 、かま鼬 、粟が尻尾 を黄に垂れた。
稗 は真黒 、真黒、くろんぼ、玉蜀黍 や赤髯、赤髯毛唐人が股くら毛。
蜻蛉 がからんだ、螽
がセ、栗鼠 が駈け出す、鳶 がセ、
お薯 もころげ出せ、馬鈴薯 、里芋、つくね芋。
子を生め、子を生め、山の芋。
こちのお嚊 もどんと殖 せ、
俺 ちも壮健 で、うんと肥 せ、
種蒔け、種蒔け、蒔かずにやゐられぬ、蒔かねば憂 さやの、子種はどつさり、畑は上々で、畝高 で、
水もよくきく、肥料 もよくきく、
種蒔け、種蒔け、づんと殖 せ、
そこら一面鋤いて返せ。
子をうめ、子をうめ、土 の芋。
やれ、その子は誰 が子だ、俺 が子だ、
汝 ちの畑にできた子だ、
それでも誰が子か知んねえだ、
麦だか、粟だか、芋だか、稗だか、子種はどつさり、畑はひとつよ、
誰 が子でもよかんべ、出来た子は俺 が子。
やあれ、なあ、三崎やよいとこ、女の夜業 、
ええ、凪にやええ、凪にや鱶 釣り、夜中は寝まる、
たまに風吹きや畑うち、
うんとこしよ、どつこいしよ、
惚れたその時や命もいらぬ、
いやで別れりや離 れよとままよ、
翌 の晩にはまたできる、
おおさ、やれ、やれ、三崎よいとこ、男の後生楽、
子を生め、子を生め、土 の芋。
やあれ、曳け、笛吹け、鉦 うてよ、
太皷どんどと打つて囃せ、
子供は真 つ先 、地主 どんの音頭で、
花笠そろへた、団扇をそろへた、よいと曳けよ、
お婆 も来 、お嚊 も後押せ、
畑の真中 、お囃子 や、チヤンチキ、チヤンチキ、
浮かれて、はしやいで食 べ酔うて、
而 も生真面目 で泣いて通 ろ。
やあれ、曳け、山車 よ曳け、海が見ゆる、
沖はええ、沖はてるてる、風車 は廻る、磯の神明様 の片時雨 、
ようい、ようい、よういとなあ、
ええ、そりや、退 した、
お巡査 さんが逃げ出す、
神主 さんも笑ひ出す、
支 える、支える、松の木に、木槿 も邪魔 だよ、
切ろやれ、捨 よやれ、やあ、
蜻蛉 がからんだ、螽
がセ、栗鼠 が駈けだす、鳶がセ、
お薯もころげ出せ、馬鈴薯 、里芋、つくね芋、
子を生め、子を生め、山の芋、
南瓜 も飛び出せ、牛蒡も踊り出せ、この冥加 えな、
あれわいせの、これわいせの、この冥加。
さあさ、浮いた。浮いた。
逢ひたかんべ、見たかんべ、添つたらよかんべ、
家 に知れたらやかましかんべ、
世間がわるかんべ。
何だつべこべ、惚れたがどうしただ、
家で知つたちゆて添はずにやをかねえだ、
世間が何だんべ。
草の葉つぱは風吹きや戦 ぐ、
地からしんしん揺り動く。
一切合切 投げいだせ、
私 ももとより泣き上戸。
草の葉つぱは雨降りや生 きる。
地までさんざと濡れしとる。
一切合切づぶ濡れだ、
私 ももとより一途 もの。
草の葉つぱは日が照りや躍る、
地から底から沁 み光る。
一切合切照りかへせ、
私ももとより命がけ。
その日ぐらしの山樵 が
斧鉞 かついでたゞ涙。
通草 も真赤 にはぢきれた、
鳥もケンケン飛んでゆく、
うんとこどつこい、よいとこな。
急いで下 りなきや日が暮れる。
うんとこどつこい、よいとこな。
朝は元気な船頭衆も
夕日が転 がりや空矢声 。
浮気な沙魚 めにや逃げられる、
漕いでも漕いでも波の上、
えんやらほいほい、えんやらほい、
急いで上 らにや子が喚 く、
えんやらほいほい、えんやらほい。
郵便飛脚は命がけ、
いつさん走りに、豆畑、
三浦三崎にや燈 がついた。
小便 する間 も気が揉める、
えつさつさ、えつさつさ、
急いで駆 けなきや首が切れる、
えつさつさ、えつさつさ。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
おまへは裸で海のそこ、
朝も早うから海のそこ、
素足 ちらちら、真逆様 に
波を潜 れば、青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
鮑 取ろとて海のそこ、
潜水眼鏡 で波のそこ、
あちらこちらといのちをちぢめ、
泳ぎ廻れど青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
海はしんしん、おへそはひえる。
息がつまれど波のそこ、
岩にべつたりしがみつく、
しがみついても青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
さぞや痛 かろ、虎魚 の針に、
足を刺されて、揺りあげられて、
浮いて上れど青波ばかり、
前もうしろも青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
おまへは裸で海のそこ、
波にや揉まれる、生活 はたたず、
鮑取ろとて潜 つて見たが、
鮑取らいで子ができた。
雨はふるふる、城ヶ島の磯に、
利休鼠の雨がふる。
雨は真珠か、夜明の霧か、
それともわたしの忍び泣き。
舟はゆくゆく通り矢のはなを、
濡れて帆をあげたぬしの舟。
ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる。
唄は船頭さんの心意気。
雨はふるふる、日はうす曇る。
舟はゆくゆく、帆がかすむ。
小鳥は飛ぶ、彼はその飛ぶことすらも
曾て悟らざるがごとし、
小鳥は飛ぶ、金色の光に飛ぶ。
小鳥はただ飛ぶ、形なき一線に飛ぶ。
さながら翼 つけし独楽 の
とめてとまらぬその迅 さ。
かぎりなき大海の上、
ただひとつころがれる日輪の
朱紅 の円 さ。
小鳥は飛ぶ、一線にその面 を横ぎる。
かなしくも突き抜けむとす。
小鳥はこの時まさしく小鳥の姿となる。
三浦三崎は女の
ようい、ようい、よやさのせえい。
ええ、そりや、なあ、
秋が来たぞよ、
えええ、や、ほろほにや、や、ほろほ、
くゐくゐいろうにや、くゐろうにや。
やあれ、日はよし、
今年や豊年歳、穂に穂が咲いた、
やあれ、テケテケ、チヤンチキ、チヤンチキナ、
ありやりや、こりやりや、これわいさのせえい。
五郎作よ。太郎兵衛よ、杢十よ、ちよいと来なせ、
丘や畑は万作じや、おや、
やれ、
枝豆、
なた豆、落花生に胡麻の種、

お
子を生め、子を生め、山の芋。
こちのお
種蒔け、種蒔け、蒔かずにやゐられぬ、蒔かねば
水もよくきく、
種蒔け、種蒔け、づんと
そこら一面鋤いて返せ。
子をうめ、子をうめ、
やれ、その子は
それでも誰が子か知んねえだ、
麦だか、粟だか、芋だか、稗だか、子種はどつさり、畑はひとつよ、
やあれ、なあ、三崎やよいとこ、女の夜
ええ、凪にやええ、凪にや
たまに風吹きや畑うち、
うんとこしよ、どつこいしよ、
惚れたその時や命もいらぬ、
いやで別れりや
おおさ、やれ、やれ、三崎よいとこ、男の後生楽、
子を生め、子を生め、
やあれ、曳け、笛吹け、
太皷どんどと打つて囃せ、
子供は
花笠そろへた、団扇をそろへた、よいと曳けよ、
お
畑の
浮かれて、はしやいで
やあれ、曳け、
沖はええ、沖はてるてる、
ようい、ようい、よういとなあ、
ええ、そりや、
お
切ろやれ、

お薯もころげ出せ、
子を生め、子を生め、山の芋、
あれわいせの、これわいせの、この冥加。
さあさ、浮いた。浮いた。
逢ひたかんべ、見たかんべ、添つたらよかんべ、
世間がわるかんべ。
おさ、やれ、やれ。
何だつべこべ、惚れたがどうしただ、
家で知つたちゆて添はずにやをかねえだ、
世間が何だんべ。
おさ、やれ、やれ。
草の葉つぱは風吹きや
地からしんしん揺り動く。
一
草の葉つぱは雨降りや
地までさんざと濡れしとる。
一切合切づぶ濡れだ、
草の葉つぱは日が照りや躍る、
地から底から
一切合切照りかへせ、
私ももとより命がけ。
その日ぐらしの
鳥もケンケン飛んでゆく、
うんとこどつこい、よいとこな。
急いで
うんとこどつこい、よいとこな。
朝は元気な船頭衆も
夕日が
浮気な
漕いでも漕いでも波の上、
えんやらほいほい、えんやらほい、
急いで
えんやらほいほい、えんやらほい。
郵便飛脚は命がけ、
いつさん走りに、豆畑、
三浦三崎にや
えつさつさ、えつさつさ、
急いで
えつさつさ、えつさつさ。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
おまへは裸で海のそこ、
朝も早うから海のそこ、
波を
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
あちらこちらといのちをちぢめ、
泳ぎ廻れど青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
海はしんしん、おへそはひえる。
息がつまれど波のそこ、
岩にべつたりしがみつく、
しがみついても青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
さぞや
足を刺されて、揺りあげられて、
浮いて上れど青波ばかり、
前もうしろも青波ばかり。
むすめ、むすめ、城ヶ島の娘、
おまへは裸で海のそこ、
波にや揉まれる、
鮑取ろとて
鮑取らいで子ができた。
雨はふるふる、城ヶ島の磯に、
利休鼠の雨がふる。
雨は真珠か、夜明の霧か、
それともわたしの忍び泣き。
舟はゆくゆく通り矢のはなを、
濡れて帆をあげたぬしの舟。
ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる。
唄は船頭さんの心意気。
雨はふるふる、日はうす曇る。
舟はゆくゆく、帆がかすむ。
〔『白秋詩集 第二巻』「畑の祭 補遺」より〕
小鳥は飛ぶ、彼はその飛ぶことすらも
曾て悟らざるがごとし、
小鳥は飛ぶ、金色の光に飛ぶ。
小鳥はただ飛ぶ、形なき一線に飛ぶ。
さながら
とめてとまらぬその
かぎりなき大海の上、
ただひとつころがれる日輪の
小鳥は飛ぶ、一線にその
かなしくも突き抜けむとす。
小鳥はこの時まさしく小鳥の姿となる。