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林檎のうた

片山廣子




麦の芽のいまだをさなき畑に向く八百屋の店は一ぱいの林檎

深山路のもみぢ葉よりも色ふかく店の林檎らくれなゐめざまし

立ちて見つつ愉しむ心反射して一つ一つの林檎のほほゑみ

みちのくの遠くの畑にみのりたる木の実のにほひ吾を包みぬ

手にとればうす黄のりんご香りたつ熟れみのりたる果物の息

すばらしき好運われに来し如し大きデリツシヤスを二つ買ひたり

宵浅くあかり明るき卓の上に皿のりんごはいきいきとある

わがいのる人に言はれぬ祈りなどしみじみ交る林檎のにほひ

人多く住みける家をおもひいづ林檎をもりし幾つもの皿

饗宴のをはりしあとの静かさに時計を聴きぬ電気あかりさやけく






底本:「燈火節」月曜社

   2004(平成16)年11月30日第1刷発行

底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社

   1953(昭和28)年6月

入力:竹内美佐子

校正:伊藤時也

2010年10月14日作成

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