雨霽の
梅雨空、
曇つてはゐるが
大分蒸し
暑い。
||日和癖で、
何時ぱら/\と
來ようも
知れないから、
案内者の
同伴も、
私も、
各自蝙蝠傘······いはゆる
洋傘とは
名のれないのを
||色の
黒いのに、
日もさゝないし、
誰に
憚るともなく、すぼめて
杖につき、
足駄で
泥濘をこねてゐる。
······ いで、
戰場に
臨む
時は、
雜兵と
雖も
陣笠をいたゞく。
峰入の
山伏は
貝を
吹く。
時節がら、
槍、
白馬といへば、モダンとかいふ
女でも
金剛杖がひと
通り。
······人生苟くも
永代を
渡つて、
辰巳の
風に
吹かれようといふのに、
足駄に
蝙蝠傘は
何事だ。
何うした
事か、
今年は
夏帽子が
格安だつたから、
麥稈だけは
新しいのをとゝのへたが、さつと
降つたら、さそくにふところへねぢ
込まうし、
風に
取られては
事だと
······ちよつと
意氣にはかぶれない。「
吹きますよ。ご
用心。」「
心得た。」で、
耳へがつしりとはめた、シテ、ワキ
兩人。
藍なり、
紺なり、
萬筋どころの
單衣に、
少々綿入の
絽の
羽織。
紺と
白たびで、ばしや/\とはねを
上げながら、「それ
又水たまりでござる。」「
如何にも
沼にて
候。」と、
鷺歩行に
腰を
捻つて
行く。
······といふのでは、
深川見物も
落着く
處は
大概知れてゐる。はま
鍋、あをやぎの
時節でなし、
鰌汁は
可恐しい、せい/″\
門前あたりの
蕎麥屋か、
境内の
團子屋で、
雜煮のぬきで
罎ごと
正宗の
燗であらう。
從つて、
洲崎だの、
仲町だの、
諸入費の
懸かる
場所へは、
強ひて
御案内申さないから、
讀者は
安心をなすつてよい。
さて
色氣拔きとなれば、
何うだらう。(そばに
置いてきぬことわりや
夏羽織)と
古俳句にもある。
羽織をたゝんでふところへ
突つ
込んで、
空ずねの
尻端折が、
一層薩張でよからうと
思つたが、
女房が
産氣づいて
産婆のとこへかけ
出すのではない。
今日は
日日新聞社の
社用で
出て
來た。お
勤めがらに
對しても、
聊か
取つくろはずばあるべからずと、
胸のひもだけはきちんとしてゐて
······暑いから
時々だらける。
······「
||旦那、どこへおいでなさるんで? は、ちよつとこたへたよ。」
と
私がいふと、
同伴は
蝙蝠傘のさきで
爪皮を
突きながら、
「
||そこを
眞直が
福島橋で、そのさきが、お
不動樣ですよ、と
圓タクのがいひましたね。」
今しがた、
永代橋を
渡つた
處で、よしと
扉を
開けて、あの、
人と
車と
梭を
投げて
織違ふ、さながら
繁昌記の
眞中へこぼれて
出て、
餘りその
邊のかはりやうに、ぽかんとして
立つた
時であつた。「
鯒や
黒鯛のぴち/\はねる、
夜店の
立つ、
······魚市の
處は?」「あの、
火の
見の
下、
黒江町······」と
同伴が
指さしをする、その
火の
見が、
下へ
往來を
泳がせて、すつと
開いて、
遠くなるやうに
見えるまで、
人あしは
流れて、
橋袂が
廣い。
私は、
實は
震災のあと、
永代橋を
渡つたのは、その
日がはじめてだつたのである。
二人の
風恰好亦如件······で、
運轉手が
前途を
案じてくれたのに
無理はない。「いや、たゞ、ぶらつくので。」とばかり
申し
合はせた
如く、
麥稈をゆり
直して、そこで、
左へ
佐賀町の
方へ
入つたのであるが。
さて、かうたゝずむうちにも、ぐわら/\、ぐわらとすさまじい
音を
立てて、
貨物車が
道を
打ちひしいで
驅け
通る。それあぶない、とよけるあとから、
又ぐわら/\と
鳴つて
來る。どしん、づん/\づづんと
響く。
燒け
土がまだそれなりのもあるらしい、
道惡を
縫つて
入ると、その
癖、
人通も
少く、バラツク
建は
軒まばらに、
隅を
取つて、
妙にさみしい。
休業のはり
札して、ぴたりと
扉をとざした、
何とか
銀行の
窓々が、
觀念の
眼をふさいだやうに、
灰色にねむつてゐるのを、
近所の
女房らしいのが、
白いエプロンの
薄よごれた
服裝で、まだ
二時半前だのに、
青くあせた
門柱に
寄り
添つて、
然も
夕暮らしく、
曇り
空を
仰ぐも、ものあはれ。
······鴎のかはりに
烏が
飛ばう。
町筋を
通して
透いて
見える、
流れの
水は
皆黒い。
······ 銀行を
横にして、
片側は
燒け
原の
正面に、
野中の
一軒家の
如く、
長方形に
立つた
假普請の
洋館が
一棟、
軒へぶつつけがきの(
川)の
字が
大きく
見えた。
夜は(
川)の
字に
並んだその
屋號に、
電燈がきら/\とかゞやくのであらうも
知れない。あからさまにはいはないが、これは
私の
知つた
米問屋である。
||(
大きく
出たな。)
||當今三等米、
一升につき
約四十三錢の
値を
論ずるものに、
米問屋の
知己があらう
筈はない。
······こゝの
御新姐の、
人形町の
娘時代を
預かつた、
女學校の
先生を
通して、ほのかに
樣子を
知つてゐるので
······以前、
私が
小さな
作の
中に、
少し
家造りだけ
借用した
事がある。
御存じの
通り、
佐賀町一廓は、
殆ど
軒ならび
問屋といつてもよかつた。
構へも
略同じやうだと
聞くから、
昔をしのぶよすがに、その
時分の
家のさまを
少しいはう。いま
此のバラツク
建の
洋館に
對して
||こゝに
見取圖がある。
||斷るまでもないが、
地續きだからといつて、
吉良邸のでは
決してない。
米價はその
頃も
高値だつたが、
敢て
夜討ちを
掛ける
繪圖面ではないのであるが、
町に
向つて
檜の
木戸、
右に
忍返しの
塀、
向つて
本磨きの
千本格子が
奧深く
靜まつて、
間の
植込の
緑の
中に
石燈籠に
影が
青い。
藏庫は
河岸に
揃つて、
荷の
揚下しは
船で
直ぐに
取引きが
濟むから、
店口はしもた
屋も
同じ
事、
煙草盆にほこりも
置かぬ。
······その
玄關が
六疊の、
右へ

り
縁の
庭に、
物數寄を
見せて
六疊と
十疊、
次が
八疊、
續いて
八疊が
川へ
張出しの
欄干下を、
茶船は
浩々と
漕ぎ、
傳馬船は
洋々として
浮ぶ。
中二階の
六疊を
中にはさんで、
梯子段が
分れて
二階が
二間、
八疊と
十疊||ざつとこの
間取りで、なかんづくその
中二階の
青すだれに、
紫の
總のしつとりした
岐阜提灯が
淺葱にすくのに、
湯上りの
浴衣がうつる。
姿は
婀娜でもお
妾ではないから、
團扇で
小間使を
指圖するやうな
行儀でない。「
少し
風過ぎる
事」と、
自分でらふそくに
灯を
入れる。この
面影が、ぬれ
色の
圓髷の
艷、
櫛の
照とともに、
柳をすべつて、
紫陽花の
露とともに、
流にしたゝらうといふ
寸法であつたらしい。
······ 私は
町のさまを
見るために、この
木戸を
通過ぎた
事がある。
前庭の
植込には、きり
島がほんのりと
咲き
殘つて、
折から
人通りもなしに、
眞日中の
忍返しの
下に、
金魚賣が
荷を
下して、
煙草を
吹かして
休んでゐた。
「それ、
來ましたぜ。」
風鈴屋でも
通る
事か。
||振返つた
洋館をぐわさ/\とゆするが
如く、
貨物車が、
然も
二臺。
私をかばはうとした
同伴の
方が
水溜に
踏みこんだ。
「あ、ばしやりとやツつけた。」
萬筋の
裾を
見て、
苦りながら、
「しかし
文句はいひますもののね、
震災の
時は、このくらゐな
泥水を、かぶりついて
飮みましたよ。」
特に
震災の
事はいふまい、と
約束をしたものの、つい
愚痴も
出るのである。
このあたり
裏道を
掛けて、
松村、
小松、
松賀町||松賀を
何も、
鶴賀と
横なまるには
及ばないが、
町々の
名もふさはしい、
小揚連中の
住居も
揃ひ、それ、
問屋向の
番頭、
手代、もうそれ
不心得なのが、
松村に
小松を
圍つて、
松賀町で
淨瑠璃をうならうといふ、
藏と
藏とは
並んだり、
中を
白鼠黒鼠の
俵を
背負つてちよろ/\したのが、
皆灰になつたか。
御神燈の
影一つ、
松葉の
紋も
見當らないで、
箱のやうな
店頭に、
煙草を
賣るのもよぼ/\のおばあさん。
「
變りましたなあ。」
「
變りましたは
尤もだが
······この
道は
行留りぢやあないのかね。」
「
案内者がついてゐます。
御串戲ばかり。
······洲崎の
土手へ
突き
當つたつて、
一つ
船を
押せば
上總澪で、
長崎、
函館へ
渡り
放題。どんな
拔け
裏でも
汐が
通つてゐますから、
深川に
行留りといふのはありませんや。」
「えらいよ!」
どろ/\とした
河岸へ
出た。
「
仙臺堀だ。」
「だから、それだから、
行留りかなぞと
外聞の
惡い
事をいふんです。
||そも/\、
大川からここへ
流れ
口が、
下之橋で、こゝが
即ち
油堀······」
「あゝ、
然うか。」
「
間に
中之橋があつて、
一つ
上に、
上之橋を
流れるのが
仙臺堀川ぢやあありませんか。
······斷つて
置きますが、その
川筋に
松永橋、
相生橋、
海邊橋と
段々に
架つてゐます。
······あゝ、
家らしい
家が
皆取拂はれましたから、
見通しに
仙臺堀も
見えさうです。すぐ
向うに、
煙だか、
雲だか、
灰汁のやうな
空にたゞ
一ヶ
處、
樹がこんもりと、
青々して
見えませう
||岩崎公園。
大川の
方へその
出つ
端に、お
湯屋の
煙突が
見えませう、
何ういたして、あれが、
霧もやの
深い
夜は、
人をおびえさせたセメント
會社の
大煙突だから
驚きますな。
中洲と、
箱崎を
向うに
見て、
隅田川も
漫々渺々たる
處だから、あなた
驚いてはいけません。」
「
驚きません。わかつたよ。」
「いや
念のために
||はゝゝ。も
一つ
上が
萬年橋、
即ち
小名木川、
千筋萬筋の
鰻が
勢揃をしたやうに
流れてゐます。あの
利根川圖志の
中に、
······えゝと
||安政二年乙卯十月、
江戸には
地震の
騷ぎありて
心靜かならず、
訪來る
人も
稀なれば、なか/\に
暇ある
心地して
云々と
······吾が
本所の
崩れたる
家を
後に
見て、
深川高橋の
東、
海邊大工町なるサイカチといふ
處より
小名木川に
舟うけて
······」
「また、
地震かい。」
「あゝ、
默り
默り。
||あの
高橋を
出る
汽船は
大變な
混雜ですとさ。
||この
四五年浦安の
釣がさかつて、
沙魚がわいた、
鰈が
入つたと、
乘出すのが、
押合、へし
合。
朝の
一番なんぞは、
汽船の
屋根まで、
眞黒に
人で
埋まつて、
川筋を
次第に
下ると、
下の
大富橋、
新高橋には、
欄干外から、
足を
宙に、
水の
上へぶら
下つて
待つてゐて、それ、
尋常ぢや
乘切れないもんですから、そのまんま
······そツとでせうと
思ひますがね、
||それとも
下敷は
潰れても
構はない、どかりとだか
何うですか、
汽船の
屋根へ、
頭をまたいで、
肩を
踏んで
落ちて
來ますツて。
······こ
奴が
踏みはづして
川へはまると、(
浦安へ
行かう、
浦安へ
行かう)と
鳴きます。」
「
串戲ぢやあない。」
「お
船藏がつい
近くつて、
安宅丸の
古跡ですからな。いや、
然ういへば、
遠目鏡を
持つた
氣で
······あれ、ご
覽じろ
||と、
河童の
兒が
囘向院の
墓原で
惡戲をしてゐます。」
「これ、
芥川さんに
聞こえるよ。」
私は
眞面目にたしなめた。
「
口ぢやあ
兩國まで
飛んだやうだが、
向うへ
何うして
渡るのさ、
橋といふものがないぢやあないか。」
「ありません。」
と、きつぱりとしたもので、
蝙蝠傘で、
踞込んで、
「
確にこゝにあつたんですが、
町内持の
分だから、まだ、
架からないでゐるんでせうな。
尤もかうどろ/\に
埋まつては、
油堀とはいへませんや、
鬢付堀も、
黒鬢つけです。」
「
塗りたくはありませんかな。」
「
私はもう
歸ります。」
と、
麥稈をぬいで
風を
入れた、
頭の
禿を
憤る。
「いま
見棄てられて
成るものか、
待ちたまへ、あやまるよ。しかしね、
仙臺堀にしろ、こゝにしろ、
殘らず、
川といふ
名がついてゐるのに、
何しろひどくなつたね。
大分以前には
以前だが
······やつぱり
今頃の
時候に
此の
川筋をぶらついた
事がある。
八幡樣の
裏の
渡し
場へ
出ようと
思つて、
見當を
取違へて、あちらこちら
拔け
裏を
通るうちに、ざんざ
降りに
降つて
來た、ところがね、
格子さきへ
立つて、
雨宿りをして、
出窓から、
紫ぎれのてんじんに
聲をかけられようといふ
柄ぢやあなし
······」
「
勿論。」
「たゝつたな
||裏川岸の
土藏の
腰にくつ
付いて、しよんぼりと
立つたつけ。
晩方ぢやああつたが、あたりがもう/\として、
向う
岸も、ぼつと
暗い。
折から
一杯の
上汐さ。
······近い
處に、
柳の
枝はじやぶ/\と
浸つてゐながら、
渡し
船は
影もない。
何も、
油堀だつて、そこにづらりと
並んだ
藏が
||中には
破壁に
草の
生えたのも
交つて
||油藏とも
限るまいが、
妙に
油壺、
油瓶でも
積んであるやうで、
一倍陰氣で、
······穴から
燈心が
出さうな
氣がする。
手長蝦だか、
足長蟲だか、びちや/\と
川面ではねたと
思ふと、
岸へすれ/\の
濁つた
中から、
尖つた、
黒い
面をヌイと
出した
······」
小さな
聲で、
「
河、
河、
河童ですか。」
「はげてる
癖に、いやに
臆病だね
||何、
泥龜だつたがね、のさ/\と
岸へ
上つて
來ると、
雨と
一所に、どつと
足もとが
川になつたから、
泳ぐ
形で
獨りでにげたつけ。
夢のやうだ。このびんつけに
日が
當つちやあ
船蟲もはへまいよ。
||おんなじ
川に
行當つても
大した
違ひだ。」
「
眞個ですな、いまお
話のその
邊らしい。
······私の
友だちは
泥龜のお
化どころか、
紺蛇目傘をさした
女郎の
幽靈に
逢ひました。
······おなじく
雨の
夜で、
水だか
路だか
分らなく
成りましてね。
手をひかれたさうですが、よく
川へ
陷らないで、
橋へ
出て
助かりましたよ。」
「それが、
自分だといふのだらう。
······幽靈でもいゝ、
橋へ
連出してくれないか。」
「
||娑婆へ
引返す
事にいたしませうかね。」
もう
一度、
念入りに
川端へ
突き
當つて、やがて
出たのが
黒龜橋。
||こゝは
阪地で
自慢する(
······四ツ
橋を
四つわたりけり)の
趣があるのであるが、
講釋と
芝居で、いづれも
御存じの
閻魔堂橋から、
娑婆へ
引返すのが
三途に
迷つた
事になつて
||面白い
······いや、
面白くない。
が、
無事であつた。
||私たちは、
蝙蝠傘を、
階段に
預けて、
||如何に
梅雨時とはいへ
······本來は
小舟でぬれても、
雨のなゝめな
繪に
成るべき
土地柄に
對して、かう
番ごと、
繻子張を
持出したのでは、をかしく
蜴蟷傘の
術でも
使ひさうで
眞に
氣になる、
以下この
小道具を
節略する。
||時に
扇子使ひの
手を
留めて、
默拜した、
常光院の
閻王は、
震災後、
本山長谷寺からの
入座だと
承はつた。
忿怒の
面相、しかし
威あつて
猛からず、
大閻魔と
申すより、
口をくわつと、
唐辛子の
利いた
關羽に
肖てゐる。
從つて
古色蒼然たる
脇立の
青鬼赤鬼も、
蛇矛、
長槍、
張飛、
趙雲の
概のない
事はない。いつか
四谷の
堂の
扉をのぞいて、
眞暗な
中に
閻王の
眼の
輝くとともに、
本所の
足洗屋敷を
思はせる、
天井から
奪衣の
大婆の
組違へた
脚と、
眞俯向けに
睨んだ
逆白髮に
恐怖をなした、
陰慘たる
修羅の
孤屋に
比べると、こゝは
却つて、
唐土桃園の
風が
吹く。まして、
大王の
膝がくれに、
婆は
遣手の
木乃伊の
如くひそんで、あまつさへ
脇立の
座の
正面に、
赫耀として
觀世晉立たせ
給ふ。
小兒衆も、
娘たちも、
心やすく
賽してよからう。
但し
浮氣だつたり、おいたをすると、それは/\
本當に
可恐いのである。
小父さんたちは、おとなしいし、
第一品行が
方正だから
······言つた
如く
無事であつた。
······はいゝとして、
隣地心行寺の
假門にかゝると、
電車の
行違ふすきを、
同伴が、をかしなことをいふ。
「えゝ、
一寸懺悔を。
······」
「
何だい、いま
時分。」
「ですが、
閻魔樣の
前では、
氣が
怯けたものですから。
||實は
此寺の
墓地に、
洲崎の
女郎が
埋まつてるんです。へ、へ、へ。
長い
突通しの
笄で、
薄化粧だつた
時分の、えゝ、
何にもかにも、
未の
刻の
傾きて、
||元服をしたんですがね
||富川町うまれの
深川ツ
娘だからでもありますまいが、
年のあるうちから、
流れ
出して、
途に
泡沫の
儚さです。
人づてに
聞いたばかりですけれども、
野に、
山に、
雨となり、
露となり、
雪や、
氷で、もとの
水へ
返つた
果は、
妓夫上りと
世帶を
持つて、
土手で、おでん
屋をしてゐたのが、
氣が
變になつてなくなつたといひます
||上州安中で
旅藝者をしてゐた
時、
親知らずでもらつた
女の
子が
方便ぢやありませんか、もう
妙齡で
······抱へぢやあありましたが、
仲で
藝者をしてゐて、
何うにかそれが
見送つたんです。
······心行寺と
確いひましたつけ。おまゐりをして
下さいなと、
何かの
時に、
不思議にめぐり
合つて、その
養女からいはれたんですが、ついそれなりに
不沙汰でゐますうちに、あの
震災で
······養女の
方も、まるきし
行衞が
分りません。いづれ
迷つてゐると
思ひますとね、
閻魔堂で、
羽目の
影がちらり/\と
青鬼赤鬼のまはりへうつるのが、
何ですか、ひよろ/\と
白い
女が。
······」
いやな
事をいふ。
「
······又地獄の
繪といふと、
意固地に
女が
裸體ですから、
氣に
成りましたよ、ははは。
······電車通りへ
突つ
立つて、こんなお
話をしたんぢあ、あはれも、
不氣味も
通り
越して、お
不動樣の
縁日にカンカンカンカンカン
||と
小屋掛で
鉦をたゝくのも
同然ですがね。」
お
參りをするやうに、
私がいふと、
「
何だか
陰氣に
成りました。こんな
時、むかし
一つ
夜具を
被つた
女の
墓へ
行くと、かぜを
引きさうに
思ひますから。」
ぞつとする、といふのである。なぜか、
私も
濕つぽく
歩行き
出した。
「その
癖をかしいぢやありませんか。
名所圖繪なぞ
見ます
度に、
妙にあの
寺が
氣に
成りますから、
知つてゐますが、
寶物に(
文幅茶釜)
||一名(
泣き
茶釜)ありは
何うです。」
といつて、
涙だか
汗だか、
帽子を
取つて
顏をふいた。
頭の
皿がはげてゐる。
······思はず
私が
顏を
見ると、
同伴も
苦笑ひをしたのである。
「あ、あぶない。」
笑事ではない。
||工事中土瓦のもり
上つた
海邊橋を、
小山の
如く
乘り
來る
電車は、なだれを
急に、
胴腹を
欄干に、
殆ど
横倒しに
傾いて、
橋詰の
右に
立つた
私たちの
横面をはね
飛ばしさうに、ぐわんと
行く
時、
運轉臺上の
人の
體も
傾く
澪の
如く
黒く
曲つた。
二人は
同時に、
川岸へドンと
怪し
飛んだ。
曲角に(
危險につき
注意)と
札が
建つてゐる。
「こつちが
間拔けなんです。
||番ごとこれぢや
案内者申し
譯がありません。」
片側のまばら
垣、
一重に、ごしや/\と
立亂れ、
或は
缺け、
或は
傾き、
或は
崩れた
石塔の、
横鬢と
思ふ
處へ、
胡粉で
白く、さま/″\な
符號がつけてある。
卵塔場の
移轉の
準備らしい。
······同伴のなじみの
墓も、
參つて
見れば、
雜とこの
體であらうと
思ふと、
生々と
白い
三角を
額につけて、
鼠色の
雲の
影に、もうろうと
立つてゐさうでならぬ。
||時間の
都合で、
今日はこちらへは
御不沙汰らしい。が、この
川を
向うへ
渡つて、
大な
材木堀を
一つ
越せば、
淨心寺||靈巖寺の
巨刹名山がある。いまは
東に
岩崎公園の
森のほかに、
樹の
影もないが、
西は
兩寺の
下寺つゞきに、
凡そ
墓ばかりの
野である。その
夥多しい
石塔を、
一つ
一つうなづく
石の
如く
從へて、のほり、のほりと、
巨佛、
濡佛が
錫杖に
肩をもたせ、
蓮の
笠にうつ
向き、
圓光に
仰いで、
尾花の
中に、
鷄頭の
上に、はた
袈裟に
蔦かづらを
掛けて、
鉢に
月影の
粥を
受け、
掌に
霧を
結んで、
寂然として
起ち、また
趺坐なされた。
櫻、
山吹、
寺内の
蓮の
華の
頃も
知らない。そこで
蛙を
聞き、
時鳥を
待つ
度胸もない。
暗夜は
可恐く、
月夜は
物すごい。
······知つてゐるのは、
秋また
冬のはじめだが、
二度三度、
私の
通つた
數よりも、さつとむら
雨の
數多く、
雲は
人よりも
繁く
往來した。
尾花は
斜に
戰ぎ、
木の
葉はかさなつて
落ちた。その
尾花、
嫁菜、
水引草、
雁來紅をそのまゝ、
一結びして、
處々にその
木の
葉を
屋根に
葺いた
店小屋に、
翁も、
媼も、ふと
見れば
若い
娘も、あちこちに
線香を
賣つてゐた。
狐の
豆府屋、
狸の
酒屋、
獺の
鰯賣も、
薄日にその
中を
通つたのである。
······思へばそれも
可懷しい
······