うまし、かるた
會に
急ぐ
若き
胸は、
駒下駄も
撒水に
辷る。
戀の
歌を
想ふにつけ、
夕暮の
線路さへ
丸木橋の
心地やすらむ。
松を
鳴らす
電車の
風に、
春着の
袖を
引合す
急き
心も
風情なり。やがてぞ、
内賑に
門のひそめく
輪飾の
大玄關より、
絹足袋を
輕く
高廊下を
行く。
館の
奧なる
夫人の、
常さへ
白鼈甲に
眞珠を
鏤めたる
毛留して、
鶴の
膚に、
孔雀の
裝にのみ
馴れたるが、この
玉の
春を、
分けて、と
思ふに、いかに、
端近の
茶の
室に
居迎ふる
姿を
見れば、
櫛卷の
薄化粧、
縞銘仙の
半襟つきに、
引掛帶して、
入らつしやい。
眞鍮の
茶釜の
白鳥、
出居の
柱に
行燈掛けて、
燈紅く、おでん
燗酒、
甘酒もあり。
||どツちが
好いと
言ふんですか
||||知らない
|| 都なる
父母は
歸り
給ひぬ。
舅姑、
知らぬ
客許多あり。
附添ふ
侍女を
羞らひに
辭しつゝ、
新婦の
衣を
解くにつれ、
浴室颯と
白妙なす、
麗しき
身とともに、
山に、
町に、
廂に、
積れる
雪の
影も
映すなり。
此時、われに
返る
心、しかも
湯氣の
裡に
恍惚として、
彼處に
鼈甲の
櫛笄の
行方も
覺えず、
此處に
亂箱の
緋縮緬、
我が
手にさへ
袖をこぼれて
亂れたり。
面、
色染んぬ。
姿見の
俤は
一重の
花瓣薄紅に、
乳を
押へたる
手は
白くかさなり
咲く、
蘭湯に
開きたる
此の
冬牡丹。
蕊に
刻めるは
誰が
名ぞ。
其の
文字金色に
輝くまゝに、
口渇き
又耳熱す。
高島田の
前髮に
冷き
刃あり、
窓を
貫くは
簾なす
氷柱にこそ。カチリと
音して
折つて
透かしぬ。
人のもし
窺はば、いと
切めて
血を
迸らす
匕首とや
驚かん。
新婦は
唇に
含みて
微笑みぬ。
思へ
君······式九獻の
盞よりして
以來、
初めて
胸に
通りたる
甘く
清き
露なりしを。
||見たのかい
||いや、われ
聞く。
淺蜊やア
淺蜊の
剥身||高臺の
屋敷町に
春寒き
午後、
園生に
一人庭下駄を
爪立つまで、
手を
空ざまなる
美き
女あり。
樹々の
枝に
殘ンの
雪も、ちら/\と
指の
影して、
大なる
紅日に、
雪は
薄く
紫の
袂を
曳く。
何に
憧憬るゝ
人ぞ。
歌をよみて
其の
枝の
紅梅の
莟を
解かんとするにあらず。
手鍋提ぐる
意氣に
激して、
所帶の
稽古に
白魚の
造る
也。
然も
目を
刺すがいぢらしとて、ぬきとむるは
尾なるを
見よ。
絲の
色も、こぼれかゝる
袖口も、
繪の
篝火に
似たるかな。
希くは
針に
傷つくことなかれ。お
孃樣これめせと、
乳母ならむ
走り
來て
捧ぐるを、
曰く、ヱプロン
掛けて
白魚の
料理が
出來ますかと。
魚も
活くべし。
手首の
白さ
更に
可三寸。
舳に
肌ぬぎの
亂れ
姿、
歌妓がさす
手ひく
手に、おくりの
絃の
流れつゝ、
花見船漕ぎつるゝ。
土手の
霞暮れんとして、
櫻あかるき
三めぐりあたり、
新しき
五大力の
舷の
高くすぐれたるに、
衣紋も
帶も
差向へる、
二人の
婦ありけり、
一人は
高尚に
圓髷ゆひ、
一人は
島田艷也。
眉白き
船頭の
漕ぐにまかせ、
蒔繪の
調度に、
待乳山の
影を
籠めて、
三日月を
載せたる
風情、
敷波の
花の
色、
龍の
都に
行く
如し。
人も
酒も
狂へる
折から、ふと
打ちすましたる
鼓ぞ
冴ゆる。いざ、
金銀の
扇、
立つて
舞ふよと
見れば、
圓髷の
婦、なよやかにすらりと
浮きて、
年下の
島田の
鬢のほつれを、
透彫の
櫛に、
掻撫でつ。
心憎し。
鐘の
音の
傳ふらく、
此の
船、
深川の
木場に
歸る。
五月雨の
茅屋雫して、じと/\と
沙汰するは、
山の
上の
古社、
杉の
森の
下闇に、
夜な/\
黒髮の
影あり。
呪詛の
女と
言ふ。かたの
如き
惡少年、
化鳥を
狙ふ
犬となりて、
野茨亂れし
岨道を
要して
待つ。
夢か、
青葉の
衣、つゝじの
帶の
若き
姿。
雲暗き
山の
端より
月かすかに
近づくを、
獲ものよ、
虐げんとすれば、
其の
首の
長きよ、
口は
耳まで
裂けて、
白き
蛇の
紅さしたる
面ぞ。キヤツと
叫びて
倒るゝを、
見向きもやらず
通りしは、
優にやさしき
人の、
黄楊の
櫛を
唇に
銜へしなり。うらぶれし
良家の
女の、
父の
病氣なるに、
夜半に
醫を
乞へる
道なりけり。
此の
護身の
術や、
魔法つかひの
教にあらず、なき
母の
記念なりきとぞ。
卯の
花の
里の
温泉の
夜語。
裾野の
煙長く
靡き、
小松原の
靄廣く
流れて、
夕暮の
幕更に
富士山に
開く
時、
其の
白妙を
仰ぐなる
前髮清き
夫人あり。
肘を
輕く
窓に
凭る。
螢一つ、すらりと
反對の
窓より
入りて、
細き
影を
捲くと
見る
間に、
汗埃の
中にして、
忽ち
水に
玉敷ける、
淺葱、
藍、
白群の
涼しき
草の
影、
床かけてクシヨンに
描かれしは、
螢の
衝と
其の
裳に
忍び
褄に
入りて、
上の
薄衣と、
長襦袢の
間を
照して、
模樣の
花に、
葉に、
莖に、
裏透きてすら/\と
移るにこそあれ。あゝ、
下じめよ、
帶よ、
消えて
又光る
影、
乳に
沁むなり。
此の
君、
其の
肌、
確に
雪。ソロモンと
榮華を
競へりとか、
白百合の
花も
恥づべき
哉。
否、
恥らへるは
夫人なり。
衣絞明るく
心着きけむ、
銀に
青海波の
扇子を
半、
螢より
先づハツと
面を
蔽へるに、
風さら/\と
戰ぎつゝ、
光は
袖口よりはらりとこぼれて、
窓外の
森に
尚美しき
影をぞ
曳きたる。もし
魂の
拔出でたらんか、これ
一顆の
碧眞珠に、
露草を
鐫れるなるべし。
此の
人もし
仇あらば、
皆刃を
取つて
敵を
討たん。
靈山の
氣、
汽車に
迫れり。
||山北||山北|| 其の
邊の
公園に
廣き
池あり。
時よし、
風よしとて、
町々より
納涼の
人出で
集ふ。
童たち
酸漿提灯かざしもしつ。
水の
灯美しき
夜ありき。
汀に
小き
船を
浮べて、
水茶屋の
小奴莞爾やかに
竹棹を
構へたり。うら
若き
母に
伴はれし
幼兒の、
他の
乘るに、われもとて
肯かざりしに、
私は
身弱くて、
恁ばかりの
船にも
眩暈するに、
荒波の
海としならばとにかくも、
池の
水に
伏さんこと、
人目恥かしければ
得乘らじとよ。
強ひてとならば
一人行け、
心は
船を
守るべし。
舳にな
立ちそ、
舷にな
片寄りそ。
頼むは
少き
船頭衆とて、さみしく
手をはなち
給ひしが、
早や
其の
姿へだたりて、
殘の
杜若裳に
白く、
蘆のそよぎ
羅の
胸に
通ふと、
星の
影に
見るまゝに、
兒は
池のたゞ
中に、
母を
呼びて、わツと
泣きぬ。
||盂蘭盆の
墓詣に、
其のなき
母を
偲びつゝ、
涙ぐみたる
娘あり。あかの
水の
雫ならで、
桔梗に
露を
置添へつ、うき
世の
波を
思ふならずや。
若きものの、
山深く
暑を
避けたるが、
雲の
峰高き
巖の
根に、
嘉魚釣りて
一人居たりけり。
碧潭の
氣一脈、
蘭の
香を
吹きて、
床しき
羅の
影の
身に
沁むと
覺えしは、
年經る
庄屋の
森を
出でて、
背後なる
岨道を
通る
人の、ふと
彳みて
見越したんなる。
無地かと
思ふ
紺の
透綾に、
緋縮緬の
長襦袢、
小柳繻子の
帶しめて、
褄の
堅きまで
愼ましきにも、
姿のなよやかさ
立ちまさり、
打微笑みたる
口紅さへ、
常夏の
花の
化身に
似たるかな。
斷崖の
清水に
龍女の
廟あり。われは
浦島の
子か、
姫の
靈ぞと
見しが、やがて
知んぬ。なか/\に
時のはやりに
染まぬ
服裝の、
却つて
鶯帶蝉羅にして、
霓裳羽衣の
風情をなせる、そこの
農家の
姉娘の、
里の
伯母前を
訪ふなりしを。
洪水は
急なりけり。
背戸續きの
寮屋に、
茅屋に
侘ぶる
風情とて、
家の
娘一人居たる
午すぎよ。
驚破と、
母屋より
許嫁の
兄ぶんの
駈けつくるに、
讀みさしたる
書伏せもあへず
抱きて
立てる、
栞の
萩も
濡縁に
枝を
浪打ちて、
早や
徒渉すべからず、あり
合はす
盥の
中に
扶けのせつゝ、
盪して
逃るゝ。
庭はさながら
花野也。
桔梗、
刈萱、
女郎花、
我亦紅、
瑠璃に
咲ける
朝顏も、
弱竹のまゝ
漕惱めば、
紫と、
黄と、
薄藍と、
浮きまどひ、
沈み
靡く。
濁れる
水も
色を
添へて
極彩色の
金屏風を
渡るが
如く、
秋草模樣に
露敷く
袖は、
丈高き
紫苑の
梢を
乘りて、
驚き
飛ぶ
蝶とともに
漾へり。
山影ながら
颯と
野分して、
芙蓉に
咽ぶ
浪の
繁吹に、
小き
輪の
虹が
立つ
||あら、
綺麗だこと
||それどころかい、
馬鹿を
言へ
||男の
胸は
盥に
引添ひて
泳ぐにこそ。おゝい、おゝい、
母屋に
集へる
人數の
目には、
其の
盥たゞ
一枚大なる
睡蓮の
白き
花に、うつくしき
瞳ありて、すら/\と
流れ
寄りきとか。
藍あさき
宵の
空、
薄月の
夜に
入りて、
雲は
胡粉を
流し、
一むら
雨廂を
斜に、
野路の
刈萱に
靡きつゝ、
背戸の
女郎花は
露まさる
色に
出で、
茂れる
萩は
月影を
抱けり。
此の
時、
草の
家の
窓に
立ちて、
秋深くものを
思ふ
女。
世にやくねれる、
戀にや
惱める、
避暑の
頃よりして
未だ
都に
歸らざる、あこがれの
瞳をなぶりて、
風の
音信るともあらず、はら/\と、
櫨の
葉、
柿の
葉、
銀杏の
葉、
見つゝ
指の
撓へるは、
待人の
日を
算ふるや。
爪紅を
其のまゝに、
其の
木の
葉一枚づゝ、
君來よ、と
染むるにや。
豈ひとり
居に
堪ふべけんや。
袖笠かつぎもやらず、
杖折戸を
立出づる。
山の
根の
野菊、
水に
似て、
渡る
褄さき
亂れたり。
曼珠沙華ひら/\と、
其の
左右に
燃えたるを、あれは
狐か、と
見し
夜戻りの
山法師。
稻束を
盾に、や、
御寮、いづくへぞ、とそゞろに
問へば、
莞爾して、さみしいから、
田圃の
案山子に、
杯をさしに
行くんですよ。
朝の
雲吹散りたり。
風凪ぎぬ。
藪垣なる
藤豆の、
莢も
實も、
午の
影紫にして、
谷を
繞る
流あり。
穗たで
露草みだれ
伏す。
此の
水やがて
里の
廓の
白粉に
淀むと
雖も、
此のあたり、
寺々の
松の
音にせゝらぎて、
殘菊の
雫潔し。十七ばかりのもの
洗ふ
女、
帶細く
腰弱く、
盥を
抱へて
來つ。
汀に
裂けし
芭蕉の
葉、
日ざしに
翳す
扇と
成らずや。
頬も
腕も
汗ばみたる、
袖引き
結へる
古襷は、
枯野の
草に
褪せたれども、うら
若き
血は
燃えんとす。
折から
櫨の
眞紅なるが、
其のまゝの
肌着に
映りて、
竹堰の
脛は
霜を
敷く、あゝ、
冷たからん。
筧の
水を
受くるとて、
嫁菜の
莖一つ
摘みつゝ、
優しき
人の
心かな、
何のすさみにもあらで、
其の
盥にさしけるが、
引とき
衣の
藍に
榮えて、
嫁菜の
淺葱色冴えしを、
菜畠の
日南に
憩ひて、
恍惚と
見たる
旅の
男。うかと
聲を
掛けて、
棟あちこち、
伽藍の
中に、
鬼子母神の
御寺はと
聞けば、えゝ、
紅い
石榴の
御堂でせうと、
瞼に
色を
染めながら。
大正十二年一月|十一月
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